嵐の前の静けさ
泣き疲れてそのまま子供のように寝落ちした私は、珍しく夢を見ていた。
まだ幼い私が、母の腕の中で眠っている。母の隣には父がいて、まるで母ごと私を守るように彼女の肩を抱いている。
両親の前には、見慣れない男。そして、彼の足元には、4人の男の子。彼らは皆、黒い布を頭から被っていた。
やがて、両親が顔を合わせる。そして、母が屈み、私を男の子たちに差し出す。
そのとき、私は目が覚めて、寝ぼけ眼で手を伸ばす。4人の男の子の方へ。
そこで、映像が途切れる。そして、違うイメージが浮かぶ。
少しだけ成長した私。その隣には女の子。金色のふわふわな髪。長い前髪で隠された顔。あれは、エリィ?
2人で、私の家の馬小屋にいる。
藁が積もった横に、座り込んで。
『もーういーいーよー!』と、私が大きな声を出す。しばらくすると、リリックが来て、見つけた、と笑って。
それから、少し残念そうな私と楽しそうなエリィは、リリックと一緒に、まだ見つからないヴィオラを探しに行くの。
『もう!すぐに見つかっちゃった!』
『リィゼの声はよく通るからね。見つけやすくて助かるよ』
そんなふうに明るい笑みを浮かべるリリックに、べーっと舌を突き出すと頭をくしゃくしゃと撫でられる。私は、彼のその撫で方が好きだった。乱暴だけど、どこか優しくて。
『ほら、ヴィオラを探さないと。あいつすぐ拗ねるからな』
『うん!』
大きく頷いてリリックの差し出す手をとると、後ろから袖を掴まれた。
『………リィちゃん』
振り返れば、何かを言いたげなエリィ。
私はリリックと繋いでいた手を解いて、エリィの手を両手で握る。それを見て、リリックが『あらら、取られちゃった』とおどけて笑う。
あぁ、そっか。これは、子供の頃の懐かしい記憶。
世間のことなんて気にしない、何も知らなかった頃の、楽しかった頃の記憶。
目が覚めたとき、まだ日が登る前だった。
微かに白み始めた空は、まだ暗い。そして、ポツポツと雨が降り出していた。
私はそっとベッドから抜け出すと、足音をなるべく立てないように隣室に繋がるドアに向かう。
ドアに手を当てて、額をこつん、と軽くぶつける。
そうすると、ドア越しに僅かなレイ様の気配を感じた。
………そういえば。
レイ様の瞳、いつも無感情な目だなと思っていたけれど、違うのかもしれない。
夢の中で父が見せた瞳。
大切な何かが消えていくような。そう、あれは喪失感。虚無感。そんな感情。
レイ様が時々見せる瞳は、夢の中の父の、あの瞳と似ていた。
………わからない。
私に見せる執着の理由も、あの瞳の理由も。
私を妻として選んでくれたのは何故?
思い出すのは、彼の言葉。
『やっと見つけた』と。
その言葉に、ヒントがある?
私は、貴方のことを何も知らないのね。
ため息をついたとき、外の雨音が一層強くなった気がした。
それから数日、私とレイ様は以前と変わらない日々を過ごしていた。
私は、気にしないようにしていたんだと思う。……相手は露ほども気にしてないだろうけどな。
あの翌日、モニカさんには一月の謹慎が言い渡された。しばらく会えないことに、私も彼女も寂しさを感じていたけれど、『クビにされてもおかしくなかった』とはモニカさんの言葉だ。
けれど、ロムさんに言わせれば『有り得ない』らしい。
なんでも、レイ様が子供の頃からここに務めていたモニカさんがクビになると、仕事が成り立たないらしい。
それはレイ様もわかっていたようで、1ヶ月の謹慎に至った。
モニカさんに関して、ありがとうございますとレイ様にお礼を言ったことがあった。
彼は特に何も言わなかったけれど、あの寂しそうな目はしていなかった。
そんなこんなで、話し相手が再び一時的にいなくなってしまった。
けれど、それを除けば今までと何も変わらない。
あの日の出来事が嘘みたいに、今まで通り。
そして、その後には何かが起きること、いくら鈍い私でも疑わないわけがない。
だから、予感はしていた。
そして数日後、予感は的中するのだった。




