変化の足音
手首に付けたブレスレットが、動く度シャラりと音を鳴らす。実はその音も気に入ってたりする。
ブレスレットをもらってから、数日は平和だった。もう一度言う、数日は、だ。
朝起きて、何気なく1日を過ごし、眠り、また起きて、を繰り返す。平和といえばいいけれど、要は飽きてきたりね。
ただ、一つ変わったこと。ブレスレットをもらった日から、レイ様が眠る前に抱きしめてくるようになったこと。別にいいんだけど、ちょっと心臓に悪いからやめて欲しい。だって耳元でおやすみって言うんだもん。吐息がかかるわ声が色っぽいわ、やめて欲しい。
そんなことがありながら、まだ平和だったと言える。
そんな日常を崩したのは、黒いローブの男性だった。
レイ様を見送ったあと、いつものようにモニカさんと散歩にでる。
天気がいいとか、何気ない話をしながら庭園の方を歩いていると、不意にモニカさんが立ち止まった。私もつられて立ち止まると、前方に人がいることに気がついた。
モニカさんが庇うように私の前に立つと、その人影は私たちの方に歩いてきた。
近づいてくると、その人が黒いローブに身を包んでいることに気がつく。そして、フードから、金色の長髪が垂れていることも。
「お久しぶりです。可愛らしいお嬢さん」
「アレンさん!」
先日あった彼が、一人でそこにいた。
でもここはグルーフィンの敷地内。何故彼がここにいるのだろうと言う疑問を持つ。
ふわりと微笑んだアレンさんは、私へと手を差し出した。
すると、モニカさんが1歩下がり、私も必然的に1歩下がる。その動作に、アレンさんがモニカさんに視線を移した。
「お知り合いのようですが、申し訳ありません。レイ様のご命令で、リィゼ様には触れさせることはできません」
いつも微笑んでいたモニカさんが、こんなにも冷めた表情をするのを見たことがない。
その表情には、私も言葉を失ったけれど、アレンさんは少しも動揺することなく、微笑んでいた。
「そうですか。では、触れることはやめましょうか」
すっと手を引っ込めたアレンさんは、モニカさんから私に視線を移して、首をかしげた。
「どうでしょう、これから、お茶でもしませんか」
えっ、と驚くことしか出来なかった。何せ、お茶に誘われることなど初めてだったので。………えぇ、初めてですよ。
ついでに言えば、罪悪感があるのだ。
他の男のことを考えるな、とまで言うレイ様に申し訳ないという。しかし私とて思うのだ。
何故そこまで強制されねばならぬ。と。
まぁ確かに、恐怖はあるよ。モニカさんたちにレイ様に言われたら終わりだと。
またあの絶対零度の瞳で見られるのか、と思わなくもない。お前は学習能力がないのか、と言われてもおかしくはない。しかし、しかしだ。
暇すぎて死にかけているところに、非日常が飛び込んできたら、捕まえてみたくなりませんか?と、ドヤ顔で言いたい。
というか、1ヶ月ほどそれを守っていた(ちょっと前にリリックにあったことは見逃してほしい)ことを褒めて欲しい。
あとは、モニカさんだ。
彼女が頷かない限り、私はどこにも行けません。
モニカさんを見上げると、彼女は私をちらりと見て。
「……外へは連れていけませんが、紅茶でしたらお出しします。……中へどうぞ」
モニカさんの言葉に目を見開く。いいんですか、と視線で尋ねると、彼女はふわりと微笑んだ。そして、真顔に戻ってアレンさんを振り返る。
「それはありがたいですね」
からからと楽しそうに笑うアレンさんは、モニカさんに睨まれてもなんのその。どこ吹く風で歩き出す。
モニカさんが慌てて彼の前に行って、先導する。私はと言えば、今更な疑問を持っていた。
ここに来るときに一度だけ見た大きな門。そこには警備の人が3人いたはずなのに、どうやって入ってきたのだろう。むしろ、門から入ってきたのだろうか。けれど、その疑問をぶつけていいものか、私にはわからなかった。
私たちは、モニカさんに先導されて、応接間に通された。ちなみに、私も今まで入ったことなかった。
ロココ調にまとめられた部屋は、他の部屋と違い、少しだけ派手だった。
モニカさんにお茶をいれてもらって、それを飲みつつ談笑する。そのうちに、先ほどの疑問は忘れていた。
アレンさんは、ミステリアスな雰囲気から離れ、なかなか気安い人だった。ついでに、天然タラシだった。それはまぁ薄々気がついていたけど。
リリックの仕事の話だとか、どうやって出会ったとか、色々な話を聞いた。私も、レイ様との馴れ初め(ほぼ無いから濁した)やここに来るまでのことなどを話していると、あっという間に時間は過ぎた。
「おや、もうこんな時間ですか。そろそろお暇しましょうかね」
そう言って立ち上がったアレンさんに続いて立ち上がると彼は私の手を取った。
「触れるなと、申したはずですが」
入口に控えていたモニカさんが目を見開いて告げる間際、アレンさんは一瞬にして先日と同じように私の手の甲に口付けて、手を離した。
「申し訳ありません。つい」
ふふ、と笑ったアレンさんは、身を屈めて私に顔を近づけると、
「彼女に嫌われてしまったようですので、次は彼女がいないときに来ますね」
と、次の約束を取り付けた。
目を瞬いていると、アレンさんはドアに向かう。見送ろうと1歩踏み出すと、手で制された。
立ち止まった私に、アレンさんは目を細めるとそのまま部屋を出ていった。
グルーフィン邸を出てから馬車に乗り込み、裏口から出ていく。
彼女に触れた右手を見下ろして、手を広げては握って、を繰り返す。
その度、手の中に何かが流れ込んでくる感覚を覚えた。目を閉じると、自分の中の魔力とも呼べる力が渦をまき、強くなるのを感じる。
「……これは、流石と言いましょうか」
昔、一度だけ触れた時も、同じような感覚だった。あの時は弱々しいものではあったが、今は満ち満ちている。
しかし、この間触れた時よりは抑えられていた。その理由を、自分は理解している。
「…やはり…レイですか」
先日見た時はしていなかったブレスレットが、彼女の手を彩っていた。
恐らくそれが抑えの原因だろう。
「これは、参りましたねぇ…」
微かとも参っていない様子でクスクスと笑った男は、右手をもう一度握ると、目を閉じた。
アレンさんが帰ったあと、モニカさんは少し機嫌が悪いようだった。
部屋に戻ると、私の右手の甲…アレンさんが口付けた場所を、濡らしたタオルで拭って、消毒し始めた。
アレンさんが嫌いなのかと聞けば、
「あの方は油断なりません。リィゼ様に色目を使うなど…」
と、怒っていた。
まぁ、主の妻が他の男に近寄られてたらいい感じはしないだろうけど。
「私、色目使われてました?」
そんな感じしなかったけど。だってあの人天然タラシでしょ?
そう言って首を傾げる私に、モニカさんは困った顔をして。
「当人は気が付かないものですものね…」
と、遠い目をしていた。
うっ、そんな目をしないで。そんな困った娘を見るような目で見つめないで…!!
ふ、と視線を外して苦笑いを浮かべると、モニカさんは消毒に手を動かしつつ、
「次にあの男が来たら追い返しますわ。リィゼ様に悪い虫がついても困りますからね」
ついに悪い虫扱い。
そんなに毛嫌いするほどかなぁ?
というか、そんなに気に入らないなら、どうして私とお茶するのを許可してくれたんだろう。
よくわからないと首を捻る私に、モニカさんは呆れつつも微笑んだ。
「ですが、息抜きにはなったようで、何よりです」
その言葉に、はたと気がつく。
そっか、モニカさん、私を思って許可してくれたんだ。
モニカさんの優しさに、胸がじんとなる。
ありがとう、と小さいながら声をかけると、モニカさんは私の頭を撫でてくれた。
「ですが、人は選ぶべきでしたね。流石に貴女に触れようとした時点でやめるべきでしたか。実際、手を取られたとき、反応に遅れました」
モニカさんが頭を下げ、私が慌ててそんなことない、と言おうとした時。
悪魔の声が聞こえた。
「どういうことか説明しろ、モニカ」
ドアがいつの間にか開いていたことに、私もモニカさんも気が付かなかった。
そして、そのドアから、金髪の、美しい悪魔が見ていたことに。




