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ショートストーリーズ

痛い、花びら

作者: 夏村響

 病室に入るとトモヒロはベッドに半身を起こして、文庫本を読んでいた。

 窓のカーテンがすべて開いてるせいで、日の光が彼の体をきれいに縁取っている。その神々しさにあたしは思わず足を止めた。どうしていいのか分からなくて、しばらくじっと佇んでいると気配を感じたのか、不意にトモヒロが顔を上げた。

「レイコ」

 と、軽く彼はあたしの名前を呼ぶ。その軽さに救われた気がして、あたしは笑顔でベッドサイドに歩み寄った。彼はパタリと文庫本を閉じ、あたしに向き直る。あれ、しおりを挟まなくていいの? そう言おうとしたけれど、それより早くトモヒロの手があたしのセーラー服の肩に触れた。

「春だね」

 と言って笑った彼の指先には、ほのかな色合いの桜の花びらがあった。ここに来る近道で公園を通る。その公園には大きな桜の木があり、風が吹くたびたくさんの花びらが舞った。その一枚があたしの肩に乗っていたのだ。

「春だよ」

 と、あたしも笑った。


 帰り道も、公園を通る。

 桜の木の前であたしは足を止めた。大きく風が吹いて、たくさんの花びらが無情に空に舞う。それはあたしの長い髪につきまとい、次に頬に、それから肩にと、優しい蹂躙を繰り返す。

 不意に泣きそうになったのは、しおりを挟まないまま閉じられた文庫本を思い出したから。

 もう、続きを読まないの? それとも、読めないの?

 君は諦めてしまったの?

 あたしはピンクにかすむ空を見る。

 桜吹雪が痛かった。



(おわり)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後が哀しいですね。 冬が終わり温かい春がやって来たのに閉じられたカーテンの中ではそれが感じられない。 彼は戦うことを放棄してしまったのか? それとも春の遺物につい飛びついてしまったのか?…
[一言]  桜の花びらが舞う美しい風景が見えるようでした。  桜の花は、寒い冬を経験するからこそ美しく咲くそうです。花びらを見上げる少女の心配が、どうか杞憂に終わるように……。  悲しそうな物語を…
[良い点] 病と桜の色が絡んで、センチメンタルさを感じました。 悲しくも綺麗なお話……不思議な読後感に包まれてます!
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