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9 三人と料理

「ミティラ、これを捌いてほしいんだけど、お願いできないか?」


 丁度、食事の準備を始めようとしていた彼女のところにやってきたヴェイセルは、挨拶もせずにいきなりそう切り出した。


 ヴェイセルの隣には、でかいキノコを掲げたゴブリンと、でかい鳥を背負ったゴブリンがいる。


「あのね、ヴィーくん。私は猟師じゃないのよ?」

「じゃあできない?」

「そうは言ってないわ。それくらいならなんとかなるけれど、ここだと器具が少ないから大変なのよ」

「うーん。でも俺はミティラの料理が食べたいなあ」

「もう、そう言ったらなんでもやってくれると思ってない?」

「頼りになるのは君だけなんだよ。俺も手伝うからさ。だめか?」

「仕方ないなあ」


 笑いながら承諾するミティラと、へらへら笑うヴェイセル。

 そんな二人を見ていたリーシャは、不満げに頬を膨らませていた。


「ヴェイセル、そんなに私が作る料理は食べたくないのか」

「え? いえ、リーシャ様もミティラに任せるつもりだったかと思っていましたが」

「それはそうだが……私だって、料理くらいできる……できるんだぞ?」

「リーシャ様、首を傾げながら言わないでくださいよ」


 頼られたいリーシャが頑張っている様子にヴェイセルは微笑ましく思いながら、ゴブリンに食材を運ばせる。まだ家は完成していないため、野外での調理となる。


 それを見たミティラが、リーシャに微笑んだ。


「それじゃあ、串焼きにしましょうか。リーシャ様にも手伝ってもらいましょう」


 彼女にも手伝えるものを選んだのだ。

 そういうことになると、早速準備を始める。


「そういえば、水はどうしてるんだ?」

「この近くで川は見つけてないから、都市から運んできたものを使ってるけれど……もう、そのために調査に行ったんじゃないの?」

「面目ない」


 飲み水の有無は今後の動向に大きく関わる。

 ここに村があったということから、深くは考えてこなかったが、そもそもここが村づくりに適しているかどうかもわかっていないのだ。


 そのうちゴブリンたちに探しに行かせよう、とヴェイセルは思いながら、火種を集めて火をつける。


 それから、コケッコーとにらめっこしているリーシャのところに行き、


「俺がやりますよ。こういう力仕事は任せてください」


 と、すぐに役割を交代する。

 そして懐から鉄の破片を取り出すと、それに魔力を込める。途端、彼の手の中には包丁があった。


 それを瞬く間に振るうと、コケッコーは部位別にきっちり解体されていく。


「見事な手際だが……その魔法道具、どの魔物だ?」

「ランク4の鬼包丁ですね」

「なんという魔法道具の無駄遣いだ……」


 リーシャは呆れてかえってしまう。


 ヴェイセルとしては、魔物の群れが襲ってきたときよりも、リーシャが困っているときこそこういうものは遠慮なく使うべきだと思っているのだが、彼の価値観はいろいろとずれているのだった。


 さて、そうしてバラバラになった肉におろしニンニク、ごま油、塩をかけて下味をつけ、リーシャは串に刺していく。鼻歌を歌いながら、楽しげな彼女を見ていると、ヴェイセルまでなんとはなしに機嫌がよくなる。


 二人がコケッコーの肉を処理している間に、ミティラはゴブリンたちと一緒に、エリンギオスのほか野菜を切り終えていた。


 そうしていろいろ串に刺し終わった頃には、炎はいい感じに燃えていた。

 そのそばであぶり始めると、肉汁が溢れて香ばしい匂いが広がり始める。その匂いは、作業中の兵士たちまでおびき寄せてしまう。


 野生の魔物の肉ということで、じっくり熱を通すようにしているのだが、その分、余計に匂いを撒き散らしてしまっているのだ。


 リーシャはぽん、と手を打った。


「彼らにも分けてあげよう。そしてこれからも張り切って作業してもらわないとな」


 三人では食べきれない量があるため、それで作業がはかどるなら安いものである。ゴブリンたちに運ばせると、そいつらはたまにこっそり、つまみ食いしている。


「見ろヴェイセル。魔物は主人に似るようだな」

「似てないですよ。俺だったら、あんな配膳の仕事なんて誰かに任せますもの」

「それは自慢することじゃないだろー」


 笑いながら、リーシャは串を手にとって、ヴェイセルの口元に持っていく。


「ほら、お前も食え」

「これ熱いんじゃないですか」

「じゃあ私にいつまでも持っていろと言うのか」


 はにかみ口を尖らせるリーシャを見てヴェイセルは、多少口の中が熱くなっても、それは些細なことなのだと思い込むことにした。


 肉を咥えると、熱さのあまり、口の中で転がさずにはいられない。しかし同時に、肉汁が舌の上で躍り、それだけで食欲が刺激される。


 一噛みすると、柔らかくも心地よい弾力が弾け、熱々の肉汁がぶわっと溢れ出した。


「ふあっ、あつっ!……でもめちゃくちゃうまいですね!」

「いずれ、これが毎日取れるようになるんだ」

「リーシャ様、気が早すぎますよ。まだ一匹しか育ててないじゃないですか」


 そんなことを言いながら食べていたヴェイセルだったが、突如、口の中に熱々の野菜が突っ込まれた。


「好き嫌いしないで食べないとだめよ?」

「もちろん、ミティラの料理も食べるよ。この味付け、絶妙だなあ」

「ゴブリンがね、山菜を採ってきてくれたのよ」


 それらを軽く炒めただけなのだが、自然の風味がうまく調和している。たまにはゴブリンもいい仕事するじゃないか、ヴェイセルはそんなことを思っていたが、


「ヴェイセル! もっと食え!」

「ヴィーくん、おかわりたくさんあるからね」


 右から左から次々に料理を口に突っ込まれ、少しした後には、ぐったりした姿を晒すことになった。



    ◇



 食事も終わると、ヴェイセルは眠くなってきた。

 見上げれば、空には星々がうっすらと見え始めてきている。


(ああ、もう寝る時間か、時がたつのは随分と早いものだなあ)


 などと、昼まで寝ていたにもかかわらず、この呑気な魔導師は思うのだ。


 辺りを見回せば、リーシャの家はすでに外観はできており、雨風くらいは問題なくしのげそうだ。


 となれば、これまでリーシャが寝ていた馬車は空くことになる。つまり、ヴェイセルは今日そこで寝ればよいのだろう。


「ふわぁ……今日はよく働いた。明日も頑張るためにさっさと寝よう」


 いつ寝床につこうが昼まで寝ている魔導師は大あくびをしながら、馬車へと向かわんとする。と、そこでリーシャに呼び止められた。


「おいヴェイセル。どこに行くんだ?」

「え? えーっと、その。もうそろそろお役御免とさせてもらえないかなあと」


 まさかまだ働けと言うのではないかと、ヴェイセルはぎょっとしていた。そしてリーシャの表情がむすっとしたものになると、慌てて機嫌を取ろうとし始める。


「あ、その、冗談ですって。このヴェイセル、まだまだ頑張れます」

「……そんなに私と一緒にいるのは嫌か?」


 ぺたんと倒れたリーシャの狐耳を見て、さしものヴェイセルも勘違いに気がつく。彼はなにもリーシャの面倒を見るのを嫌がっていたと言いたかったわけではない。


「いえ、そのようなことはありません。このヴェイセル、リーシャ様に朝から晩まで、食事も寝床もお風呂もお供いたします」

「お風呂までついてこなくていい! まったくお前は、しょうがないやつだ」


 言いつつもリーシャの尻尾が左右にゆらゆらと揺れているのを見てヴェイセルはほっとした。そんな彼の腕をリーシャはしっかりと掴む。


「あの、リーシャ様?」

「お供すると言ったじゃないか、先の言葉は嘘か?」

「いえ、そのようなことは」


 そうしてリーシャに案内されたのは、できあがったばかりの家である。中に入ると、すでにシンプルな机とベッドが存在していた。


「どうだヴェイセル。すごいだろう!」


 はしゃぐリーシャは、これを自慢したかったのかもしれない。ヴェイセルはそんなことを思いながら彼女の話を聞いていく。


「この机のデザインは私が考えたんだ」

「ほほう。スタイリッシュですね」

「そしてこの窓。飾りじゃなくて、ちゃんと空くんだぞ」


 そうして彼女は若干きしむ木の窓を開けてみせた。

 外には、ぐったりして寝ころがっているゴブリンの集団が見えた。ヴェイセルは見なかったことにした。


「すごく機能的ですね」


 ヴェイセルは窓を閉じながら言う。見たくないものを見なくていいのだから。


「そしてこのベッド。どうだ、二人でも広々寝られるぞ!」

「素晴らしいです。おやすみなさい」


 ヴェイセルは早速ベッドイン。

 今回はきちんとしたマットが置かれているので快適だ。このまま朝までぐっすり寝ようとしたヴェイセルだったが、リーシャの尻尾がぱたぱたと彼を叩いた。


「いきなり寝るやつがあるか」

「リーシャ様もどうですか。このマットふっかふかですよ」

「知ってる、それ私のだからな」


 呆れながらも、反対側に入ってくるリーシャ。けれど、馬車で寝たときと違って、距離が離れている。彼女は端っこから近づこうとはしない。


「リーシャ様、あまり寝相がよくないのですから、落っこちてしまいますよ」

「余計なお世話だ。お前の寝相が特別いいだけだ」

「そりゃあ、俺ほどどこでも寝ている魔導師はほかにいませんからね。年季が違いますよ」

「自慢することじゃないだろう」

「まあまあ、リーシャ様もこっちに――」


 ヴェイセルが手を伸ばし彼女の尻尾に触れた途端、パシッと払いのけられてしまう。さっきから拒絶されているようなので、ヴェイセルはベッドを抜けて、彼女に毛布をかけてやった。


「それじゃあ、俺もそろそろ寝ますので、馬車に戻りますよ」

「お供するって言ったくせに」

「ですがベッドにいてほしくないようだったので……」

「なら床で寝ろ」

「そんな無体な」

「寝床までお供する言ったもん」


 ヴェイセルは仕方ないので、ベッドの側に腰を下ろした。

 思ったよりも冷たくないため、寝ていても体が冷えることもなかろう。ヴェイセルは大きな欠伸をして、うとうとし始めた。


 そうしていた彼だったが、人の気配を覚えて顔を上げると、布を手にしたミティラの姿があった。


「あれ……ミティラ。どうした?」

「リーシャ様、寝ちゃったんだ。じゃあいいかな」


 と、彼女は水の入った桶を持って出ていこうとする。


「こんな夜中に部屋の掃除? それともリーシャ様、まだおねしょしてるのか?」

「ヴィーくん、いくらリーシャ様でもそんなこと言われたら怒るよ? あのね、お風呂がないでしょう。だからこうして拭いて……って、ヴィーくんもしかして、着替えって」

「こっち来てからしてないな」

「もう、二日目になるんだよ? ……リーシャ様は拭いてても気にしているって言うのに。無頓着すぎない?」


 ヴェイセルはそこでようやく、リーシャの行動の意味を理解した。

 飲み水だけでなく、風呂にも水は使われている。


 ゴブリンにそのうち水源を探しに行かせようと考えていた彼だったが、明日すぐにでも行かせることにした。あいつらも一日寝ればきっと元気になるだろうと納得して。


 一人頷くヴェイセルの顔を、布がごしごしとこすっていく。


「うわ、ヴィーくん汚い」

「なんだよミティラ、人を汚物みたいに言って」

「せっかく綺麗な水、使わないなら無駄になっちゃうから。ついでよ」


 ミティラはヴェイセルを一通りこすり終えると、さっと片づけて去っていった。


(よく働くなあ。彼女はきっと、労働の神様に愛されてるんだろう)


 などと関心しながらヴェイセルは、綺麗になった顔で大きな欠伸をした。

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