81 皆で始める村づくり!
最後のダンジョンから戻ってきたヴェイセル。
向こうに見えてきたのは、ウンディーネたちがいるダンジョンだった。
「とりあえず、一休みしようか」
機神兵を着陸させ、それからどうやって帰るかを考える。
魔法道具でフェンリルを呼び出し、背に乗っけていってもいいが、機神兵は重くて時間がかかるだろう。
湖からはウンディーネたちが顔を覗かせており、ヴェイセルと契約しているものも、ひょいと現れて久々の里帰りだ。
そうしていると、遠くから足音が聞こえてくる。やがて、木々の合間から天狐が飛び出した。
「ヴェイセル! 無事だったか!」
「リーシャ様。ええ、このとおり。問題も片づけてきましたよ」
目的を達成したのだと告げるヴェイセルに、リーシャはぎゅっと抱きついた。
「よかった……」
絞り出すような、か弱い声。
ヴェイセルはおろおろしながらも、彼女の不安を感じ取ると、そっと背に手を回した。
お互いに無言になると、さらさらと木の葉を揺らす風の音ばかりが聞こえる。
しばらくそうしていたのだが、今度は別の足音も聞こえてきた。
「ヴェイセルさん! お帰りなさい!」
遠くでイリナが手を振っていた。ケルベロスに乗って、皆でやってきたらしい。リーシャだけが慌てて飛んできたようだ。
そしてミティラは二人の様子を見て、
「邪魔しちゃったかしら」
なんて呟くのだ。
それを聞いたリーシャは顔を赤らめて、ぱっとヴェイセルから離れる。
ヴェイセルはちょっと名残惜しく感じながらも、エイネに話をする。
「ただいま。……機神兵が燃料切れっぽいんだけど、魔力を入れてもらえないかな」
「うん、任せて。ところでヴェルくん、その二つ目の魔石は? いったいどうなってるの!? 増えてるよ!」
「ああ、これがダンジョンの成因だったみたいだ。すさまじい精霊が宿っていて、暴走していたんだよ」
「ヴェルっち! 新しい! 魔物!!」
レシアがすさまじい勢いで駆け寄ってきて、抱きついてくる。
ヴェイセルはされるがままにぎゅっとされて、なんだか気恥ずかしくなってしまうのだが、レシアは魔石を手にし、お昼寝スライムを回収すると、ヴェイセルなどほったらかしでそちらをまじまじと眺めるのだ。
ちょっと寂しくなる魔導師である。
「……その魔石も、魔物との契約には使えないぞ」
「そんな……!」
ショックを受けて愕然とするレシア。ピンと起き上がった尻尾は、だらんと垂れてしまった。
意地悪したくなるヴェイセルであったが、いつまでもそうしているのは可哀想だ。
「このダンジョンそのものが、魔物みたいなものだからな。契約済みなんだよ」
「新発見! ヴェルっち、素敵!」
レシアはまたしてもヴェイセルにぎゅっと抱きつく。
「ああ! レシアさん、ずるいです!」
イリナが勢いよく飛び込んでくると、レシアはさっと避ける。そもそも彼女は抱きついたとき、ヴェイセルの心拍を測ったり、契約したことによる異変がないかと見ていただけである。ダンジョンを操るという異例の能力を手に入れた、大事な大事な体なのだ。もちろん、彼の心臓はいつもより早く脈打っているのだが。
ともかく、ヴェイセルはすっかりイリナにぎゅっとされてしまった。腰の辺りにくっついたまま頬ずりして、幸せそうに尻尾を振っている姿を見ると、ヴェイセルもなんだかいい気分になってしまう。
「お、お前たち、ななななにをしているんだ!」
先ほどから呆然と眺めていたばかりのリーシャも、さすがにイリナの行動ほどエスカレートしたのを見れば、我に返るようだ。
けれど、イリナはもう聞いちゃいない。ヴェイセルを堪能するのに夢中なのである。
そしてミティラもまた、そんなリーシャを見て、くすくすと笑うのだ。
「あら、ヴィーくんを独り占めしたいんですか?」
「そ、そんなことはないぞ? 違うんだからな?」
「じゃあ、私がこうしても大丈夫ですね」
ミティラはそっと、ヴェイセルを前から抱きしめた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
ただの挨拶だと思っていたヴェイセルであるが、ミティラはそんな彼の首に手を回す。その仕草はなんとも艶めかしい。
ヴェイセルがあわあわしていると、さらに彼女はヴェイセルとの距離を縮める。
「えっと……」
「ヴィーくん」
「は、はい」
甘い囁きに、息を呑むヴェイセル。そんな彼の表情を見たミティラは、そっと、彼の首筋に口づけをした。
「あ、ああああああああああ」
リーシャの尻尾が逆立ち、言葉にならない声が漏れ出す。
エイネとレシアは顔を見合わせる。
「きゃーっ。ミティラ、大胆だね!」
「リーシャ様。出遅れる」
好き勝手な言葉に火をつけられて、リーシャも臨戦態勢になる。
「み、ミティラ! なにをしているんだ」
「リーシャ様。別に独り占めしたくないんじゃないですか?」
「そ、それは、その……」
「じゃあいいじゃないですか。ヴィーくんも嫌がってないですし。ね?」
ミティラに「ね?」なんて言われてしまったヴェイセルは、照れながら曖昧な言葉を返すことしかできない。
リーシャは「むむむ……」と言っていたが、くっついたままのイリナまでもが、「私もヴェイセルさんにチューします!」なんて言い出すと、じっとしてもいられなくなった。
「だ、だめだ! ヴェイセル、お前はこっちにこい」
「え、えーと。はい」
リーシャに言われて、ヴェイセルは素直に従う。
ミティラが首に手を回しており、腰にイリナをくっつけたままのヴェイセルは、リーシャに向き直る。なんとも情けない姿であった。
「えっと……その……ヴェイセル。ありがとう」
「いえ、リーシャ様のお役に立ててなによりです」
ずっと、そのために力をつけてきたのだから本望である。
しかし、そんなところに冷やかしが入る。
「リーシャ様、頑張ってみるが、いまいち届かない……!」
「圧倒的不利」
「やっぱり、大胆にぐいっといかないとヴェルくんには響かないよ」
「鈍すぎる」
エイネとレシアに評価されてリーシャは、顔を赤らめていく。
けれど、彼女も負けてはいられないのだ。勇気を出して、一歩を踏み出した。
「ヴェイセル! お……お前が好きだ!」
それは精一杯の告白。
もちろん、ここにいる誰もがそのことは知っている。けれど、改めて口にすることに意味があるのだ。
言ってしまった言葉に、すっかり真っ赤になっているリーシャ。
そんな彼女を見ていたヴェイセルは、用意していた言葉を告げることにした。決断してしまうと、あとは躊躇しない男である。
「リーシャ様。俺もリーシャ様が好きです。結婚してください」
「……はい。よろこんで」
リーシャは困惑していたが、嬉し泣きとともに彼の思いを受け入れる。そしてすっかり満足していた彼女へと、ヴェイセルは口づけをした。
びっくりしたリーシャ。不意打ちはずるい。
けれど、悪くない。最高の気分である。
ほんわかしていると、エイネとレシアがはしゃぐ声が聞こえる。そしてミティラの声も。
「リーシャ様も済んだことだし。ヴィーくん。じゃあ、私とも結婚してね」
「え?」
「コーヤン国は重婚が禁止されていないから、なんの問題もないのよ。それとも私は嫌い?」
「いや、ミティラは好きだよ」
「よかった。ヴィーくん、愛してる」
ミティラはヴェイセルに熱烈な抱擁をし、情熱的にキスをした。
一番目はリーシャのものであるが、二番目は誰にも譲らない。ミティラのそんな思いもまた、ようやく叶ったのである。
呆然としているリーシャ。
けれど、イリナが「ヴェイセルさん、イリナと結婚してください!」と叫び、エイネが「ヴェルくん争奪戦だー!」と飛びつき、レシアが「ヴェルくんの体は渡さない」としがみつく。
「まったく、お前たちは……!」
ヴェイセルを取られて不満に思う一方でリーシャもまた、彼女たちとの賑やかな日々が続いていくことに期待をするのだ。
そんな楽しげな少女たちを見て、ケルベロスと天狐はそろって欠伸をするのだった。
今日も平和である、と。
これにて「魔物と始める村づくり!」は完結となります。およそ9ヶ月にわたる連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。
これにてヴェイセルの目的である北の調査は終わり、リーシャの目的であるヴェイセルとの婚姻も成立することになりました。きっと、皆の賑やかな生活はこれからも続いていくことでしょう。
本作品はライトノベルとゲームを意識しながら書いた作品です。ライトノベルでよくある冒頭からいきなりヒロインの裸に遭遇してしまうシーンは、この作品らしくリーシャの尻尾を掴んでしまうシーンになり、ゲームのように拠点となる村から出ることはなく、ダンジョンと村の往復をする形になりました。
その結果がうまくいったかどうかはともかく、初めから最後まで、一貫した作風にはできたのではないかな、と思っています。
本作を楽しんでいただけたなら、大変嬉しく思います。そして狐娘さんを好きになっていただけたら、作者冥利に尽きます。
最後になりますが、お付き合いいただいた皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。




