8 やる気なし魔導師、調査に出かける
えっさほいさとゴブリンに運ばれながら、ヴェイセルは森の中を進んでいく。さすがに魔物がいるかもしれない場所で居眠りすることはないが、あまりの進行の遅さに、次第に飽きてくる。
「もうちょっとペースアップできないの?」
尋ねるも、ゴブリンは揃ってぶんぶんと首を横に振る。どうにも力が弱いせいで、十五匹いてもヴェイセル一人を支えるのは大変らしい。
そこでヴェイセルは、
(あのおっさんの連れてたレッドオーガくらい力があればなあ。いやでも、アレに担がれるのはちょっと見た目がよろしくない。やっぱり四足獣かな。それも毛が多くて乗り心地のいいやつ)
などと考えていたのだが、次の瞬間、ゴブリンが一斉に慌てた声を上げ、ヴェイセルは放り投げられていた。
すてんと尻餅をついたヴェイセルは、腰をさすりながら立ち上がり、そこにいるものを眺める。
真っ白で球体のような形に大きな羽、赤いトサカと黄色い足が生えている。
丸々したそれは焼いて食べてよし、タマゴを生ませてもよし、の庶民的人気を誇る魔物、コケッコーである。
「コケーッ!」
絶叫しながら向かってくる魔物を見てヴェイセルは思い出した。
(昼飯食ってねえ!)
よくよく考えてみれば、食事の類は誰か部下が持ってるからそれをもらおうという魂胆であったが、今、あの兵たちはリーシャに牛耳られている。
ということは、彼女の機嫌を損ねてしまった場合、ヴェイセルはひもじい生活を送ることになる。
(このままではまずい。自給自足の生活をしなければ! そのためには! あいつを!)
ヴェイセルは飛び込んできたコケッコーを見据える。すでにゴブリンたちはヴェイセルを置いて離れ、木陰に隠れていた。
端から当てにしていないとはいえ、もうちょっと使えないのか、と思わないでもないヴェイセルは、魔法道具を使うことなく軽く身を翻し、コケッコーの頭を掴んだ。
そして魔力を手のひらに込めると、すっと精霊が舞い上がってきた。同時にコケッコーは急に意識を失って倒れてしまう。
精霊は魔力に集まる性質があるため、魔物の肉体を持っていても、比較にならない魔力を提示されるとそちらに行ってしまうのだ。そうなると、抜け殻の肉体が残るばかり。
契約が済んでいる魔物では起きにくい現象であり、そもそも膨大な魔力を提示すること自体が難しいため、このようなやり方をするのはヴェイセルくらいのものかもしれない。
それになにより、普通はこんなやり方をせずとも、魔法を使って倒せばいいだけの話だ。魔法道具をケチらねばならないからこそ、使う術である。
ともかく、
「晩飯ゲットだぜ」
とヴェイセルは満足するのだった。ゴブリンの荷台にそれを載せて、自身はてくてくと歩き出す。さすがにゴブリンに彼とコケッコーの両方を運ばせるわけにはいかないのだ。
その代わり、少しペースアップする。彼は黒い羽の魔法道具を用いるとヤタガラスを生じさせる。それは森の中へと飛んでいき、やがて魔物を発見。
キノコ型のそれは柄が真っ白な寸胴で、傘が薄く茶色に染まっている。こちらも食用にできる魔物、エリンギオスである。
「あれバターと醤油で炒めるとうまいんだよなあ。ミティラに作ってもらおう」
ヴェイセルは料理を作るのは面倒で好きではないが、誰かが作ったものを食べるのはやぶさかではないという、ろくでもない性格の持ち主だった。
そんな彼はエリンギオスの背後からさっと襲いかかると、気づかれる前に一気に手を触れ、先ほどと同じように魔力を込める。
そうすると精霊がふっと舞い上がって、魔物は倒れるのだ。
コケッコーやエリンギオスなどランク1の魔物はこれだけでもあっさり仕留められるため、たいした手間にはならない。
ヴェイセルはそんな調子で晩ご飯を取っていく。なかなか上機嫌になりながら。
◇
ゴブリンたちはずるずると、板を引きずっていた。ヴェイセルを乗せているわけでもないので、雑に扱ってもいいだろうと、楽をしているのである。
その板の上には、コケッコーとエリンギオスが二体ずつ乗っていた。
ヴェイセルはあちこち歩き回ったのだが(もちろん彼の基準なので、子供の移動範囲にも劣る)、それだけしか見つからなかったのである。
けれど、それだけあれば二日は食べていけるだろう。
そうして帰ってきたヴェイセルは、馬車の影で退屈そうにしているリーシャの姿を見つけた。
彼女と同じくらいの年頃の少女はミティラしかいないのだ。友達がいなくて寂しい思いをしていてもおかしくはない。
そんな彼女はヴェイセルを見て、嬉しげに尻尾を振って駆け寄ってきた。
「ヴェイセル! どうだった!」
「キノコと鳥が捕れました。今晩はこれを食べましょう!」
「調査はどうなったんだ?」
「へ? ええと……ま、まあ普通じゃないですかね」
「ヴェイセルの言う普通というのは、サボったも同義じゃないか!」
「いくらなんでもひどくないですそれ!?」
ヴェイセルが慌てて弁明しようとすると、リーシャは大きな尻尾で軽くはたいてくる。さっきの様子とはまるで違って楽しげに。
「うむうむ、お前に何事もなかったならいい。それより見ろ、家ができてきたぞ!」
リーシャが示す先では、数十体のゴブリンが総動員でかなりの急ピッチで作業が進められていた。今日中にはできあがるだろう。掘っ立て小屋ではあるが、彼女は満足らしい。
「それならキッチンもほしいところですね」
「そちらはミティラに任せよう」
リーシャもまた、料理は彼女に任せる気だったらしい。
二人はそういうことで合意すると、連れてきた魔物を眺める。
「なあヴェイセル。二つあるんだから、もう一匹は育てないか?」
「確かにそうすれば、また収穫できますが……育てるのが面倒じゃないですか?」
「ヴェイセルにはいい刺激になるんじゃないか? よし、牧場を作ろう、そうしよう」
「牧場っていうほどの規模じゃないですけどね」
ヴェイセルは畑までやっていくと、暇そうなゴブリンに命じて穴を二つ掘らせる。そしてそこにコケッコーとエリンギオスを一体ずつ埋め、手で触れ魔力を込める。
精霊が魔石に宿ったのを確認すると、土をかけて埋めておく。
今回はすでに抜け殻の魔物に精霊を移すだけなので、魔物が形成されるまで時間はかからないだろう。
それゆえにヴェイセルは近くの材木に腰掛けて待つと、リーシャもその左隣にやってきた。
二人してのんびりと、なにをするでもなく変化のない畑を眺める。
「なあヴェイセル」
「なんでしょうリーシャ様」
「こうしていると、なんとなくお前がいつも寝転んでいた理由もわかる気がする」
「じゃあこれから、そんな生活を送りましょう」
「私まで堕落したら、誰がお前を引っ張るんだ」
リーシャは笑いながら、ヴェイセルの左手に尻尾をくるりと巻きつけて、軽く引っ張ってみせる。
ヴェイセルはそっと、リーシャの尻尾を撫でていた。
そうしていると、畑が途端に盛り上がってきた。勢いよく顔を覗かせるコケッコー。そしてもう一カ所から出てきたのは、やけに小さなエリンギオス。
「ヴェイセル、あれ小さくないか? どうなったんだ?」
「転生したっぽいですね。魔物を畑に植えておくと、魔石と能力などを引き継いで、見た目が変わったり種類が変わったりする現象です」
ヴェイセルは小さなエリンギオスのところに行って土をよけてみれば、元となったエリンギオスの抜け殻が埋まっているのがわかる。そこから千切れてできた個体らしい。
「そういえば、このキノコは転生しやすい魔物だったな」
「ええ。ですから収穫しやすく、食用にもばっちりです」
「幸先いいじゃないか。この調子で増やしていくぞ!」
はしゃぐリーシャとヴェイセル。
二人は早速、管理をゴブリンに丸投げして、ミティラのところへ向かった。