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77 居眠り魔導師と錬金術師のお願い

第六章開始です。


 その日も開拓村はいい天気だった。

 ヴェイセルは今日も今日とてベッドの中ですやすやと眠っていたが、ドンドンと窓を叩く音で目を覚ました。


「おいヴェイセル。まだ寝ているのか」


 聞こえてくるのはリーシャの声。

 こんなことは以前にも何度もあった。


 いつまでも寝ていてもいいのだが、そうなると彼女はめっぽう諦めが悪いため、延々と窓が叩かれて、いずれ割られてしまうだろう。


 となると、ヴェイセルがすべきことはたった一つ。

 のそのそとベッドから出ていくと、眠たい目をこすりながら窓を開ける。そこには、嬉しげなリーシャの姿があった。


「まったく、お前はお寝坊だな?」

「人間は朝早くから起きられるようにはできていないんですよ。昨日、夜更かししたので、もう少し寝させてください」

「なに言ってるんだ。お前が一番早く寝たじゃないか」


 ヴェイセルに呆れるリーシャ。

 しかし彼もまた彼で、昇ったばかりの朝日を見て、


(こんな早くからいったい何事か)


 と思わずにはいられなかった。


 そんなリーシャの要件は、


「見るといい。去年は来たばかりだったから、この時期はなにもなかったが、今は作物が取れるようになったぞ」


 春野菜を取ってきたので、ヴェイセルにも見てほしい、ということであった。

 特に急ぎの用でもないし、重要な案件でもない。もっと言えば、お姫様が野菜を持ってはしゃいでいるのも、あまり似つかわしくはない。


 けれど、そんなリーシャの姿を見てヴェイセルが、なんだか幸せな気分になってしまったのもまた事実である。


「それはすごいですね」

「ああ。大収穫だ。……ヴェイセルも手伝ったらどうだ? ゴブリンですら朝から働いているんだぞ?」

「ゴブリンは畑作が仕事ですから。俺の仕事は責任者補佐らしく、寝ることです」

「それのどこが責任者補佐らしいんだ。……まあいい。そのうち、お前にもいろいろと手伝ってもらうからな」


 なにかあとで働かされるらしい。ヴェイセルは暗澹たる気持ちになったが、やはり呑気なもので、


(リーシャ様の機嫌がいいうちに、たっぷり寝ておこう)


 と、窓を閉めるなり再びベッドに飛び込むのだった。

 それからしばらく。またしてもヴェイセルは窓を叩く音で目を覚ました。まだお昼前だというのに、誰が呼びに来たというのか。


 叩くだけ叩くが、声をかけてくることもない。これは悪戯かもしれないと思ったヴェイセルは、ちょっとばかり文句を言いたげにそちらに向かっていく。


 すると、そこにはレシアの姿があった。


「レシア。こんな朝からどうしたんだ?」

「ヴェルっち。ついてきて」

「うーん。急ぎの用?」


 ヴェイセルは尋ねてみるも、無言の圧力を受けてあっさり敗北した。


 しぶしぶ、レシアと一緒に村はずれまで歩いていく。今日は天気がよくて、外でお昼寝するのも悪くなさそうだ。


 そんなことを考えていると、レシアが足を止めた。そこでは、リビングメイルや兵たちが集まっている。


 遠巻きに眺めていたヴェイセルであるが、ゴブリンたちが集まってきて、その背中を押す。


「そういえば……ミスリルゴーレムの魔石を埋めたんだっけな」


 以前、ダンジョンの探索に赴いた際、ランク6の魔石だけでなく、ミスリルゴーレムの素材と魔石を回収してきたのだ。


 そしてヴェイセルはいつものごとく、エイネに頼んで魔法道具を作ってもらおうとしたのだが、今回はレシアが反対したのだ。


 せっかく魔石があるのだから、使わないのはもったいない。このままだと、王都の錬金術師どもに言いくるめられて回収されてしまう。ミスリルゴーレムの肉体は、金属だけだから再生する可能性は高く、そのまま植えれば高確率でミスリルゴーレムにもなるし、別の素材と一緒に埋めておけば新しい魔物ができるかもしれない。みすみすこれを逃すのはもったいない――。


 普段は寡黙なレシアがあれこれと語り、エイネをも言い負かしてしまったのである。


 ヴェイセルもまた、魔法道具を使っていると負債がかさむため、高ランクの魔物を従えてもいいかなあ、などと考えていたところで、


「じゃあ任せるよ」


 と言ってしまったのである。


 そうしてレシアは不眠不休で古い文献を漁って、レアな魔物が出たという条件を探り始めた。


 やがてレアな魔物が複数種類出る可能性がある条件と必要な素材をかき集めて、実現可能な最高確率を計算し、この上ない条件でランク5の魔石を埋めて畑のコンディションを整えたのであるが、それは欠伸をしながら魔石に精霊を宿して契約したヴェイセルの知らないことである。


 そしてレシアもそんな過去のことはどうでもよかった。魔物のことを考えている間は、疲れも感じなかったくらいだから。


 そんなことがあったが、ともかく、彼女が言っているのは、魔物の持ち主であるヴェイセルに見てほしいことがあるということだ。


 ヴェイセルもさっさと要件を済ませて、お昼寝をしたいところなので、文句も言わずに作業をしてあげることに。


 埋めたところに視線を向けると、そこには金属光沢を帯びた球体が、土から露出している。


「ヴェルっち。なんだと思う?」

「……レシアのほうが詳しいんじゃないのか?」

「あの形状の魔物は、できないはずだった。これは未知の発見」


 レシアは目を輝かせて、わくわくして尻尾をぶんぶん振っている。

 いつもぼんやりしているレシアとは打って変わって、興奮を抑えきれないようだ。


 レシアの質問に、ヴェイセルは少し考えてみる。しかし、彼は特に魔物に詳しいわけでもない。


「この金属光沢、ミスリルじゃないな?」

「いろいろな金属を混ぜた。けど、こんなのできないはず」

「あとでエイネに判断してもらおう。専門家に見てもらうのが一番いい」


 単に、面倒ごとをエイネに丸投げしただけである。

 しかし、レシアもヴェイセルに頼りたかったわけでもないため、彼女はこの魔物を引き抜くように指示を出す。


 そんなことくらい、ゴブリンにやらせればいいのに、と思うヴェイセルであったが、機神兵が状況をつぶさに記録していることから、レシアにとっては重要なシーンなのだろう。


 レシアが見守る中、ヴェイセルはいよいよ、その魔物に被さっている土を払っていく。

 しかし、掘り出せば掘り出すほどに、丸みを帯びていることが判明する。そして、いよいよ全貌が露わになった。


 これは――


「……スライムだな」


 どこをどう見ても、スライムなのである。ちょっとぷるぷると動いている仕草なんかは、すっかり見慣れていた。


「埋めるときに混じったんじゃないのか?」


 開拓村にはスライムがいる。きっと、そのうちの一体がどこかで紛れてしまったのだろう。


 呆れるヴェイセル。しかし、レシアの興奮はただならぬものだった。


「すごい!」


 いまだかつて、これほどの大声を上げたことがあっただろうか。


「金属なのに液体の性質。記録にない色や質感。新種の魔物に違いない!」


 ヴェイセルとしては、このスライム、なんの役に立つんだろうか、と思うのであるが、レシアはヴェイセルを引っ張って研究所に連れ込んでいく。


「あの、もうそろそろお昼寝したいんだけど……」

「今夜は寝かせない」


 レシアの笑みに、ヴェイセルはがっくりとうなだれながら、彼女の実験を手伝わされることになってしまったのだった。



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