75 温泉魔導師と五色の尻尾
「我ながら、なかなかよくできたものだ」
ヴェイセルは石造りの厳かな浴室を眺めながら、そんなことを呟いた。
大きさは数人が入れる程度のもので、そこまで大きくはない。レシアなんかは「祠みたい」と評したくらいである。
けれど、雨風はまったく入ってこないし、換気も十分にできる作りになっているため、機能的にまったく不都合はないはずだ。
設計から採石、建築まで機神兵がほとんどの計算を行ったとはいえ、最後まで関わった魔導師は、この出来に納得するのである。
そうして浮かれていたヴェイセルであるが、入り口のほうから賑やかな声が聞こえてくる。
「ヴェルくん、できた?」
「ああ。見てくれ、この機能美を。石造りだと、よく彫像なんかが置かれたりするが、あれは洗う手間がかかるし、隅々まで手入れが行き届かないと汚らしく見えてしまう。しかし、この無駄なものを排除したシンプルな――」
「じゃ大丈夫だね。お湯入れるよー」
エイネは魔石に触れると源泉を流し、水を入れて温度を調整する。
「……最後まで聞いてほしかったんだけど」
「うん、聞いてるよ。ヴェルくんはリーシャ様と一緒に入りたいんでしょ? わかってるって、もうバッチリ」
「一つも聞いてないじゃないか」
ヴェイセルはがっくりしつつも、エイネに引っ張られて脱衣所へ。
そこは男性用と女性用、二つ作られている。ヴェイセル専用浴場とは名ばかりで、リーシャたち全員が利用することになっていたのだ。
それにはきっと、仕事で汚れきった兵たちが入った風呂には入りたくない……という思いもあるのだろう。もちろん、ゴブリンと一緒の湯は言うまでもない。
エイネ曰く、皆のお風呂だから皆で一緒に入ろうとのことである。
そうと決まれば、ヴェイセルもやぶさかではない。
彼がさっと着替えを済ませて、女性たちよりも先に入って、さっさと体を洗っておく。
やがて、上機嫌な声が聞こえてくる。
「ヴェイセルさん! 一緒に入りましょう!」
イリナが駆け寄ってくるも、足元が濡れているのでつるっと足を滑らせた。
「きゃっ」
そんな彼女をヴェイセルはさっと抱き留める。
「お風呂で走っちゃいけないよ」
「は、はい。ありがとうございます」
頬を染めるイリナ。そこでヴェイセルはふと気がつく。
彼女は湯浴み着を纏っており、以前温泉に一緒に入ったエイネのように水着ではなく、かといってあのときのレシアのようにタオル一枚で隠しているわけでもない。
まじまじと眺めていると、
「ヴェルっちが嫌らしい目をしてる」
レシアが蔑んだ視線を向けてくる。彼女もまた今は湯浴み着を纏っていた。
「いや、そういうわけじゃなくて……」
「ヴェルくんが気になるのもわかるよ。繊維が湯船に浮かばないかとか、湯浴み着の下は洗えるのかとか、問題あるからね」
エイネは滔々と語る。
「でも、大丈夫! 実はそれ、魔法道具なんだ! 透けないし、スライムの魔法を応用して着たまま体を洗える特別仕様だよ! そして尻尾も外に出せるから苦しくなくて便利!」
ふふん、と鼻を鳴らすエイネ。
言われてみれば、尻尾を出す穴がある。どうやら使用者に合わせて変化するらしく、隙間から素肌が見えることもない。
「なんという、技術力の無駄遣いだ」
「……そんなに透けるのを期待してたの?」
「そっちじゃない」
「ヴェルっち。さすがにそれは引く」
「どうしてそうなるんだ……」
ヴェイセルがため息をつき、イリナが離れたところでふと、窺ってきている視線があることに気がつく。
リーシャが入り口から顔だけを覗かせているのだ。
「どうしたんですか、リーシャ様。入らないんですか?」
「うむ、入るぞ」
そう言いつつも、彼女はなかなか勇気が出ないようである。
一歩が踏み出せずにいるリーシャの背をミティラが押した。
「リーシャ様。ヴィーくんがエイネちゃんとレシアちゃんと一緒に入ったの、ずっと羨ましそうにしていたじゃないですか。せっかくのチャンスですよ?」
「べ、別に楽しみになんてしてないんだからな?」
「じゃあ、リーシャ様だけ一緒に入るのやめますか? その間にヴィーくんはなにするかわかりませんよ?」
「それはダメだ。仕方ないな、ヴェイセルのやつがなにかしでかさないか、見てないといけないからな」
なんとも素直になれないリーシャである。
そんな彼女はそそくさと入ってくると、頭から湯を被って、いそいそと体を洗っていく。
ヴェイセルは一番風呂に浸かると、ほっと一息つく。
これから毎日、温泉に入れると思うと気分もよくなるというものだ。
そんな彼がのんびり過ごしていると、イリナが入ってきて彼の隣を確保する。そしてエイネとレシアは広々としたところでリラックスし、尻尾を揺らしていた。それから彼のもう片方にはリーシャのお世話を終えたミティラがやってきた。
二人に挟まれながら、ヴェイセルはどうにも目のやり場に困って天井に視線を向けていたが、ちゃぷちゃぷと音を立てながら波が迫ってきたのでそちらを見ると、リーシャが近くでちょこんと座っていた。
身長が低いこともあり、口元までお湯に浸かっている。そんな姿はどことなく子供っぽい。
「なんだよー。イリナとミティラにくっつかれたら嬉しそうにして、私を見たら笑うのか。どうせ子供っぽいの知ってるし、いいもん」
「リーシャ様はそのままで素敵ですよ」
「子供っぽいのは、否定しないんだ」
「いえ、そんなことは……」
ヴェイセルが言うと、頬を膨らませたリーシャがずいと身を乗り出してくる。
上気した頬は赤く、ちょっと不満げな表情は色っぽくもあった。
それだけでタジタジになるヴェイセルであるが、エイネとレシアがやってくる。
「リーシャ様、ヴェルくんを籠絡するには、もっと女性らしさをアピールしないと」
エイネはリーシャの湯浴み着の裾をすすすっと持ち上げていく。
「な、なななななな! なにをするんだ!」
「心配いらない。ヴェルっちはいつもリーシャ様を見て、嫌らしい顔してる」
レシアはさっとリーシャの胸元をはだけさせていく。ミティラは「それはむしろ心配なんじゃないの」なんて笑っていたが、リーシャは笑ってもいられない。
ヴェイセルは目の前に広がっていく肌色に、そして恥じらいながらも彼をじっと見てくるリーシャの潤んだ瞳に、思わず息を呑んだ。
「その……ヴェイセル……」
「リーシャ様、えっと……綺麗ですね」
「そ、そうか。綺麗か。えへへへへ」
リーシャはその言葉で真っ赤になってしまう。そしてエイネが「今こそ攻めるとき!」なんて言い、レシアが「もっと大胆にいける」とリーシャをせき立てる。
ヴェイセルに褒められてすっかり興奮しているリーシャは、言われるがままに、湯浴み着をするすると下ろしていく。
けれど……一線を越えてしまった。悲しいかな、凹凸に乏しい彼女の体には引っかかる場所が少なく、するりと肌の上を滑ってストンと落ちた。
「……あ、あ」
真っ赤になるリーシャ。そして今度は我に返ると、自分の痴態に青くなっていく。
ヴェイセルは生唾を呑み込み、エイネは「きゃっ。リーシャ様大胆!」なんて恥ずかしがる素振りをしてみせる。レシアも「これは想像以上」と。
ミティラはさすがにフォローしきれずに、どうしたものかと彼女を眺めていたが、泣きそうになっていたリーシャを救ったのは、結果的にはイリナであった。
「負けていられません!」
湯浴み着を脱ごうとするイリナに、ヴェイセルはもはや冷静になってもいられなかった。なにしろ、こちらは脱ごうにもなかなか引っかかるのだ。そしてミティラまで「ヴィーくんは、私に脱いでほしい?」なんて囁くのである。
もはやリーシャの失態というよりも、いつもの賑やかな六人である。
ヴェイセルは結局、風呂から上がるまでドキドキしっぱなしだった。
そうして六人仲良く、のぼせたのであった。
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リーシャの気持ちにまったく気づかないおとぼけなヴェイセルの話です。よろしければ読んでいただけると幸いです。
今後ともよろしくお願いします。




