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74 温泉魔導師の建築記



 リーシャの家の裏庭に集められた一同は、集合をかけた本人であるエイネを見ていた。

 彼女は薄紫の魔石を手にしている。となれば、もはや呼び出した理由は明らかだろう。


「それでは、研究の成果を発表します!」


 エイネが告げると、なにが起こるのだろうかとヴェイセルたちは息を呑む。いつしか、暇なゴブリンたちも集まってきていた。


 それらをぐるりと見渡した後、いよいよエイネは魔石に手を加えた。

 途端、魔石の近くに空間のゆがみが生じる。そしてそこから出てきたのは……。


「じゃーん! 温泉です!」


 ちょろちょろと流れ出すのは、ほかほかの湯である。湯気がのぼっているため、結構な高温のようだ。


 あっけに取られるリーシャ。呆れるミティラ。そして――


「エイネ、君は天才だ!」

「だから期待していてって言ったでしょ? 感謝してくれていいんだよ」

「すごい、これならいつでも温泉入り放題じゃないか!」


 感動するヴェイセルの言葉を聞き、ゴブリンたちはそれぞれ顔を見合わせて、


「ゴブー!」「ゴブッブー!」「ゴブゴブ!」


 もうてんやわんやの大騒ぎである。

 冬期間、凍結するということでゴブリン専用温泉、小鬼の湯は、あれから閉鎖されていたままになっているのだ。温泉のあるダンジョンから湯を運んでくるのも大変なのである。


 久しぶりに温泉に入れそうということで、それらは大喜びである。


「ヴェルっち。ゴブリンと似てる」

「ちょっと待て、いくら俺でもその侮辱はひどいと思うんだ」

「飼い主にゴブリンも似てくるのかもしれない。研究成果を報告する」

「俺を国中のさらし者にしようとするの、やめてくれない?」


 そんなやり取りをしていたレシアとヴェイセルである。

 イリナは温泉に手を触れて「すごく熱いですね!」と言い、ミティラは「これがヴィーくんがエイネちゃんとレシアちゃんと一緒に入った温泉なのね」なんて彼まで問題が波及しそうな発言をする。


 けれど今は、それぞれ別のことを考えていたので問題にもならず、ヴェイセルはほっとするのだった。


 ふと、リーシャがぽんと手を打った。


「なるほど、温泉か。確かにこれなら、観光客を引きつける魅力になるな。しかし……供給源がダンジョンなら、いつ枯渇するかもわからないんじゃないのか?」

「その点は大丈夫だよ。まだまだ湧き出るから。自動で源泉を追尾するように制御しているので、ズレる問題もないよ!」


 エイネはそれから、研究の成果をあれこれと告げるのであるが、聞いているものはゴブリンくらいである。


 しかし、所詮はゴブリン。ゴブゴブと言いながらしきりに頷いているが、まったく理解していない。聞いているアピールがしたいだけなのである。


 とはいえ、エイネも別に理解してもらおうと思っているわけでもない。ただ自分が話したいだけなのだ。


「そうなると、立派な大浴場を作ってもよさそうだな」

「リーシャ様、こぢんまりしていていいので、俺専用の浴室がほしいです」

「ふむ……魔石の警備も必要だからな。これまで使っていたのもすっかり古くなったし、屋敷に併設するか」

「それはいいですね」

「ああ。時間を限定して、一般開放で見物できるようにしよう。伝説のランク6の魔石だ。物好きな客が押し寄せるぞ」

「リーシャ様もお金に敏感になりましたね」

「お前がなんにも考えてくれないからだぞ。まったく。補佐するのがお前の役割なんだからな?」


 リーシャは尻尾でぽんぽんとヴェイセルを叩く。ダンジョンの調査に関しては、彼も頑張ってくれてはいる。だから事務仕事は彼女の役割ではあるが、たまには一緒に作業したり、一緒に悩んだりしたいのだ。


 そんな思いも知らずにヴェイセルは堂々と告げた。


「ではこのヴェイセル、頑張ってお風呂の番をさせていただきます」

「そ、そんなこと言って、覗こうとしちゃダメなんだからな……?」

「ご心配なく。警備はリビングメイルに任せますから」

「……お前はそういうやつだったな」


 呆れるリーシャにヴェイセルは胸を張っていた。そして温泉に入るための浴場を作るべく、元気に動き始める。


 珍しくやる気なし魔導師がやる気を出している姿をイリナがまじまじと眺める。


「……あんなにきびきびと動くヴェイセルさん、初めて見ました」

「前も温泉に入ったとき、あんな感じだったよ?」


 エイネはダンジョンで温泉を掘ったヴェイセルの姿を思い出す。あのときも随分張り切っていた。


「これからはお昼寝とご飯の魔導師じゃなくて、お昼寝とご飯とお風呂の魔導師ね」


 ミティラはヴェイセルを見て呆れるのである。


 そして魔石から魔物が作れないということで、しばらく落ち込み気味だったレシアであるが、ゴブリンたちがはしゃいでいるのを見て、頬を緩めるのであった。


 彼女たちは五人でのんびりと過ごしていたが、やがて、いつもは歩くのも億劫そうにしているヴェイセルがなんと、走って戻ってくる。

 リーシャが何事かと思って身構え、イリナが抱き留める準備をしているが、彼から告げられた言葉はまったく別のものである。


「エイネ、機神兵を貸してくれ!」

「仕方ないなー。温泉のためだからね」

「任せてくれ。立派な浴室を作ってみせる!」


 ヴェイセルは真剣な表情で機神兵に飛び乗ると、石材や木材などを集めるべく北に飛んでいった。


「ヴェイセルさん、かっこいいです」

「……えー。イリナ、それ趣味悪くない?」

「ゴブリンよりはかっこいいかも」

「ヴィーくん、いつもあれくらい働いてくれればいいのに」

「本当にろくでもないやつだな」


 好き勝手なことを言い合う少女たちであった。

 やがて兵たちやゴブリンたちが駆り出され、開拓村にヴェイセル専用浴場(といっても実際はリーシャの家の付属品で、彼女の所有なのだが)と、一般用の大浴場、兵舎の風呂場が建設され始める。いつもはぐうたらなゴブリンたちも、せっせと小鬼の湯の整備をし始める有様だ。


 そうして開拓村は、温泉事業に乗り出すのであった。

 最近はあまり大きな建物が作られることはなかったが、カンカンと小気味いい音が響き始めると、発展の気配を匂わせる。


 宮廷魔導師はここぞとばかりに音頭を取る。


「さあ、もう一踏ん張りだ!」


 そんなやる気に満ちた言動をする彼を見た兵たちは、もはや彼を「やる気なし魔導師」なんて呼ぶことはなかった。


 彼はこの日、「温泉魔導師」の名をほしいままにすることになったのである。

 そして日が暮れる頃になってようやく、ヴェイセル専用浴場が完成したのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

いよいよ明日、22日に書籍が発売されます! リーシャたち皆がとても可愛いので、ぜひお手に取ってみてください!

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