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73 天ぷら魔導師と少女たち


 皆がテーブルに着くと、天ぷらを前にして笑顔になる。そしていただきますと、それぞれが手をつけ始めた。


「これおいしいね」

「俺が取ってきたんだぞ」


 フキノトーの天ぷらを頬張るエイネに、ヴェイセルが返す。いつも働いていない魔導師扱いされたお返しである。しかし……


「ヴェルくんは山菜採りの天才なんだね。今度からヴェルくんに頼もう」

「いや、それは勘弁してほしいんだけど」

「なんで? 名人なんでしょ? 誰よりも俺がうまいんだって、自慢したんだから、それくらいお手の物なんだよね?」

「そんなこと言ってない……そこまでして、俺を働かせたいのか」


 ヴェイセルはがっくりとうなだれる。そんな彼をレシアの尻尾がぽんぽんと叩いた。


「あんまり働かないと、ミティラでも怒る」

「……あのさ。俺は今日、これから一年、いや十年くらいは寝て暮らせるはずの戦功を上げたはずなんだけど」

「ありがと」


 レシアはヴェイセルにその言葉を述べると、天ぷらを口にしつつ、エイネと一緒に魔石を弄ぶ。白の尻尾は機嫌よく揺れていた。


 あまり行儀がよくないが、この二人はさっきからずっとこんな調子だ。どうにも好奇心を抑えられないようである。


(……というか、その魔石、あげたわけじゃないんだけどな)


 いつの間にか、所有権はすっかりエイネに移っている。レシアもすでにヴェイセルに返す気なんてなさそうだ。


 ヴェイセルはしょんぼりしていたが、アルラウネがちょっと不安そうに、けれど期待のこもった目で見てくるので、


「おいしいよ」


 と言ってみる。

 彼女はすっかりはにかんで、嬉しげな顔になるのだった。


(たまには山菜採りも悪くないかなあ)


 なんて思ってしまう、こちらもほだされやすい魔導師だった。


「それでヴェイセル。ダンジョンの調査はどうだったんだ?」


 なんにも聞いていなかったリーシャが尋ねてくる。

 本来は開拓村の責任者である彼女に真っ先に報告すべきだったのだろうが、ヴェイセルの頭の中は天ぷらのことでいっぱいだったのだ。


「ダンジョンですが、異なる場所の魔物が流れ込んでくる事件がありました。どうやらその魔石がダンジョン間を繋いでいたようです」

「大事じゃないか! なんでお前は呑気に天ぷらを食っているんだ!」

「リーシャ様だって食べてるじゃないですか。このウドの天ぷらおいしいですよ」


 ヴェイセルが天ぷらをリーシャのところに持っていく。あーん、というやつである。

 リーシャは呑気な魔導師を見て口を尖らせる。


「お前が私をほったらかしにするからじゃないか。もぐもぐ」

「それはその……すみません。隠していたわけじゃないんですが」

「ま、まあ。なんだ……お前が無事だったならいい。もぐもぐ」


 すっかり食べさせられているリーシャである。威厳なんてありゃしなかった。

 妙な雰囲気になると、ミティラがヴェイセルをからかった。


「ヴィーくんはリーシャ様が心配しないように気を遣っていたんだよね」

「そ、そうだ。うん。俺にとっては、そのほうが一大事なんです」


 ヴェイセルはしかつめらしく言ってみる。

 これこそがヴェイセルの本心である。だからこそ、これまで危険な仕事をしてきたことも言っていないし、今回も強力な魔物との戦いは口にしていない。


 そんな彼が珍しく本音を言ってみたのであるが……。


「……そうなのか? いや、ちょっと待て、お前はいつも私を腫れ物扱いしてるじゃないか。いくら私でも、お前がやらかしても寝床を取り上げることなんてしないぞ」


 リーシャはヴェイセルが怒られるのを嫌がっていると取ってしまったようである。


「やった、寝床はあるんですね! ……っと、そうじゃなくてですね。俺はリーシャ様が毎日、安心して寝られるように、心配を取り除いてあげたいと思っているんです」

「まったく、お前は寝ることと食べることしか頭にないのか」

「いえ、リーシャ様のことも考えています」


 真面目な顔で向き合われると、リーシャはその段になっていよいよ、ヴェイセルが冗談ではなく彼女のことを言っていたのだと気づき、真っ赤になって目を泳がせるのである。


 お互いにどうしていいのかわからなくなったところで、


「ヴェルくんがリーシャ様を口説いてる。でも、口元に天ぷらの油がついているときにするのはやめたほうがいいと思うよ?」


 そんなことを言うのである。ますます真っ赤になるリーシャと、困惑するヴェイセル。


「私もヴェイセルさんに口説かれたいです!」


 高らかに宣言するイリナであった。最近、彼女は見境なくなっていた。

 どうしようかなあ、と思っているヴェイセルは、口元を布で拭われた。そして天ぷらの油がすっかり落とされる。


 アルラウネはそんな魔導師の面倒を見つつ、期待のこもった目を向けていた。


「……ありがとう。少し真面目な話をしよう。その魔石がダンジョンの異変の原因には違いないはずなんだけど、今のところ危険性はない。とはいえ、寒冷化の異変がすべてのダンジョンで見られたことから全部が繋がっていると推測されている現状に対し、その魔石だけで全部を達成できる機能はない。そして魔石を持ち出したことにより影響を受けているのも、先ほど調べてきた二つのダンジョンを繋いでいるところだけだ。つまり、この魔石よりももっと強力な機能を持つなにかがあると想定される」


 ヴェイセルはつらつらと述べる。

 リーシャはその事態を重く受け止め、ミティラはヴェイセルが真面目に話をしたことに驚く。そしてイリナはそんなヴェイセルの姿に頬を染めていた。エイネとレシアは魔石を眺めっぱなしである。


 そして当の魔導師は、ただアルラウネとイリナのアプローチに困惑して、その場を切り抜けるために話しただけであった。


 アルラウネも物わかりがいい魔物で、雰囲気を壊すことはしないし、代わりに食後の茶を持ってきてくれた。


 ヴェイセルはずずっとすすりながら、


(天ぷらおいしかったな。まだ山菜も残っているし、畑に植えてみようかなあ)


 なんて考えている。


「ヴェイセル。このことは、父上に報告することになるが、いいか?」

「ええ。さすがに黙っておくわけにもいきませんから」


 そんな言葉を交わしたときには、すでにアルラウネは紙と筆を持って待っていた。

 ヴェイセルがあれこれと告げる内容を彼女は書いていく。彼は最後に署名するだけであった。


「ヴィーくん。その魔石はどうするの? エイネのおもちゃにはできないでしょ?」

「ミティラはあたしをなんだと思ってるの? 遊んでるわけじゃないんだよ。いかにこの魔石を用いて、強力な魔物を生み出せるかと考えていたんだ」

「魔物は大事。魔石は貴重」


 レシアもうんうんと頷く。


「……一応、それ俺のものなんだけど。今回はさすがに、黙って懐に入れるわけにもいかない魔石なんだ。魔物を生み出すのには使えないぞ」

「ヴェルっち! この素敵な魔石を前にして、それはいくらなんでもひどい。悪逆非道の魔導師!」

「いや、俺に言われても……。使いたいなら、宮廷の面倒な貴族たちを説得してくれ」


 そう言うと、レシアはあからさまに面倒くさそうな顔をした。彼女もそれが嫌だから、宮廷で働く話を断っていたのである。


「それでヴィーくんの決断は? まさか、飾っておくわけでもないんでしょ?」

「うーん。そうだなあ。俺の決断は――『魔石を魔石のまま利用するんだ』」


 彼の言葉に合わせて、エイネが告げた。

 彼女に視線が集まると、さらに続ける。


「考えていたんだけど……この魔石、たぶん魔物契約できないよ。精霊が拒絶しているみたいだから。あと、あのダンジョン同士を繋ぐ機能に関しては、ちょっと工夫してあげれば利用できるから、この開拓村からダンジョンに繋げてあげるね」

「ちょ、ちょっと待てエイネ! それをやったら、俺がいつでもダンジョンに駆り出されることになるじゃないか!」

「さすがにダンジョンと違ってこの開拓村の魔力だと、繋げたとしてもヴェルくんは入らないかなあ」

「よし、それならいい」


 安心するヴェイセル。すっかり、魔石はエイネのものと化していた。

 一方でレシアは、魔物が生み出せないと知って、不満そうな顔をしている。


 そしてイリナは首を傾げ、純粋な疑問を口にした。


「あの、エイネさん。ダンジョンとここを繋げるのはいいのですが……ヴェイセルさんが移動できないサイズで、なんの意味があるんですか?」

「たまにはヴェルくんもねぎらってあげようと思ったんだ。というわけで、ヴェルくんも感謝してくれていいんだよ?」

「内容がわからないから不安しかないし、むしろエイネが俺に感謝してくれていいんだけど」

「まあまあ、あたしに任せておけば大丈夫だから。期待していてね!」


 そう言って押し切るエイネ。

 さすがに危険なことはしないだろうとは思うものの、一同はなかなか不安を拭い去れない。


 それから数日後。

 一同はエイネに呼び出されることになった。

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