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72 七人の時間と魅惑の君


 ダンジョンからの帰り道、ケルベロスがせっせと南に向かっていく途中、ミティラはヴェイセルに尋ねた。


「ねえヴィーくん。どうなの?」

「うん? ああ、そうだなあ。天ぷらもいいし、おひたしもいいな」

「もう、晩ご飯のことじゃないよ。さっきのダンジョンのこと」

「そんなことか。ヤタガラスで観測しているところ、ゆがみは縮小しているから、そのうち問題なくなるだろう。時間はかかりそうだから、寝て待つしかないさ」


 ヴェイセルにとっては、晩ご飯に比べればあのダンジョンのことなんて「そんなこと」でしかないのである。

 ミティラは呆れつつも、今日はヴェイセルも非常に頑張っていたし、なにより仕事に関しては手を抜かずにしっかりやることを知っているから、それ以上追求することもしなかった。


「じゃあ、夕食は天ぷらね」

「楽しみにしているよ」


 ヴェイセルはそんなことを言うと、ケルベロスの背にある山菜に視線をくれてから、大きな欠伸をして寝てしまった。


 そうしてしばらく進んでいくと、開拓村が見えてくる。リビングメイルの警備に迎えられると、ケルベロスは歩みを緩めながら、ゆっくりと村の近くまで進んでいった。


 いまだに村内に入ることには、イリナも抵抗があるようだが、それとさして変わらないほど近くまで来てはいる。


 そのため、呑気なゴブリンがそこらで寝転んでいるのが見えるくらいだ。

 ケルベロスが到着したということで姿勢を低くすると、アルラウネがヴェイセルをぽんぽんと叩く。けれど、彼はまったく起きる気配がない。


「ヴィーくん。到着したよ」

「うーん……まだ夕食まで時間があるだろう」

「仕方ないなあ」


 ミティラはゴブリンたちを呼び集めると、山菜と一緒にヴェイセルを彼らに預けた。そうすると、ゴブリンはそれらをミティラの家までせっせと運び始める。


「ケルベロスさん、お疲れ様でした」


 イリナがケルベロスを撫でると、その犬は小さく鳴いて、それから消えていく。

 これでようやく、村に戻って一役目を終えた気分である。


「ゴブッゴブッ」


 えっほえっほとゴブリンたちが進んでいく。

 そうして運ばれるヴェイセルの姿を見た兵たちが呆れつつ眺めるも、ミティラの姿を見ると首を傾げるのだ。はて、あのやる気なし魔導師の姿を見てなにも言わぬとは、なにがあったのかと。


 やがてヴェイセルたちがミティラの家に到着すると、彼はソファに寝ころがり、ミティラとイリナ、アルラウネは夕食の下ごしらえをすることになる。


 そんな姿を見ていたヴェイセルは、


(うーん。確かに、ミティラの家に泊まるのはよさそうだ。本当にリーシャ様に聞いてみようかなあ)


 などと思うのである。

 そうして寝ころがっていると、元気な声が玄関から聞こえてくる。


「ミティラ、いる? 今日のご飯はなにかな?」


 エイネが入ってくると、


「天ぷらだぞ」


 ソファの背もたれ越しにヴェイセルが堂々と答える。


「……寝そべっているヴェルくんが答えると、なんだか偉そうに見えるなあ。亭主関白だね」

「そう言うなよ。俺だって、働いて疲れることだってあるんだぞ」

「ごく希にでしょ? いつもちょっと動いただけでくたびれてるんだよ」

「そんなことを言うエイネには、これをあげないぞ」


 ヴェイセルが取ってきた魔石をひょいと掲げると、背もたれの向こうにいるエイネの狐耳がピンと立った。


「それって……!」

「ランク6の魔石だ」

「すごい! あの噂、本当だったんだ! 早速、頂戴!」


 ぴょんとエイネが飛びつくと、ヴェイセルはさっと手を下ろした。

 興奮した彼女の尻尾がパタパタと揺れる中、獲物を狙い定めた顔のエイネにヴェイセルは一瞥をくれる。


「ちょっと動いただけでくたびれてしまったから、もうエイネと話をする元気もないな」

「そんなこと言わないでよヴェルくん。いよっ、いつも素敵な宮廷魔導師!」

「別に宮廷魔導師の地位とかいらないしな……」

「仕方ないなあ。ヴェルくんが意地悪するって、そして悪巧みしているってリーシャ様に言ってこよう」

「ちょ、ちょっと待てエイネ!」


 ヴェイセルが慌てて起き上がると、エイネが苦笑いしていた。


「やっぱり、ヴェルくんはリーシャ様じゃないと動いてくれないんだね」

「そんなこともないけれど……」

「最近、構ってくれないから寂しいなあ」


 エイネが狐耳を倒して、物憂げな表情を浮かべる。ヴェイセルがおろおろすると、しなだれかかってきて、それから彼に顔を寄せた。


 いつもは元気いっぱいで、少しばかり子供っぽくも見える彼女が、今はどうにも大人びて見える。


 ヴェイセルがどうしていいかもわからずにいると、エイネが上から乗っかってきた。いつものふざけた調子ではなく、女性らしい仕草で。


「エイネ……?」

「君が欲しいんだ」


 いつもと声音が違って、大人しくて切なげに告げる彼女の吐息がかかる。ヴェイセルは思わず息を呑み――さっと、魔石を奪われた。


「んー! 会いたかった!」


 ぎゅっと魔石を抱きしめるエイネ。彼女の言葉は「(ませき)が欲しいんだ」ということであった。


 してやられたヴェイセルであったが、次の瞬間、


「ヴェイセルさん! イリナも! イリナも寂しいです! 構ってください!!」


 勢いよく飛んできたイリナに、ヴェイセルもエイネごとぎゅっと押し潰されるのだった。


 二人の少女に抱きしめられた(エイネは間に挟まれて押しつけられただけだが)ヴェイセルは、得も言われぬ柔らかさに、これまたどうしていいのかわからなくなって、早鐘を打つ心臓に困惑するばかりであった。


「おーい、ミティラ。ご飯は……」


 家に入ってきたリーシャとレシアは、激しく揺れるイリナの尻尾を見て駆け寄ってくると、ヴェイセルを見て、


「お、おおおお前は! 人の家でなにをやっているんだ!」

「ヴェルっち。せめて相手は一人にすべき。無節操」


 そんなことを言うのであった。

 困り果てたヴェイセルと顔を赤らめるリーシャを見たエイネは、ちょっぴり恥ずかしげな顔をしながら、呟いた。


「ヴェルくんがどうしてもって言うから」

「い、言ってない」

「リーシャ様はこういうことしてくれないからって、強引に抱き寄せられちゃった」


 エイネがチラリと視線を向けると、リーシャはエイネとヴェイセルの間で視線を行ったり来たりさせていたが、やがてヴェイセルのところまでやってくる。


「お、おおおおおお前は、お前は私とそういうことがしたかったのか。それとも誰でもよかったのか」

「ええと……?」


 はっきりしないヴェイセルに頬を膨らませたリーシャが詰め寄る。

 そしてエイネはぱっと飛び退くと、身を翻してリーシャと入れ変わり、彼女をヴェイセルに抱きつかせた。


「きゃっ……」


 倒れ込むリーシャをヴェイセルはさっと抱き留める。そうなると、彼女はすっかり顔を赤らめてしまうのだ。


 エイネは親指を立てて、「魔石のお礼だよ」なんて言うのである。


 リーシャはパタパタと尻尾を振って、すっかりデレデレになっているし、イリナは先ほどからずっとヴェイセルにくっついたままである。


 エイネは魔石を撫でて嬉しそうにし、レシアは「ずるい、私にも見せるべき」なんて一緒になってそれを眺めていた。


 そしてミティラは――


「私に天ぷらを揚げさせておいて、随分楽しそうじゃない。熱々ね。この油よりもずっと」


 料理を終えたあとの熱々の油が入った鍋を持っていた。


「ま、待ってくれミティラ。その油のほうがずっと熱い!」

「ふーん。ということは、すっかり冷え切った関係なの?」


 そう言われると、ヴェイセルはおろおろするばかり。

 リーシャに冷たい態度を取るわけにもいかないのだ。


「ヴィーくんは天ぷら、食べなくてもよさそうね」

「そ、そんな! 待ってくれ、ミティラ。俺は君の料理がないと困るんだ!」


 ヴェイセルはすっかり威厳もなく、リーシャとイリナがくっついた状態のまま、彼女に懇願するのだった。


 そんな姿を見たミティラはちょっとばかり嬉しそうにしながら、


「仕方ないなあ、ヴィーくんは」


 なんて微笑むのである。すっかり、やる気なし魔導師を手玉に取るのはお手の物であった。


 ほっとするヴェイセルのところに、テーブルに料理を並べ終えたアルラウネがやってくると、彼の頭を撫でてから、食べてほしいのだと、視線を天ぷらに向ける。実にけなげな少女である。


「そ、それじゃあご飯にしようか」


 ヴェイセルがそう言うと、てんでバラバラだった少女たちもテーブルに着いていく。そもそも、エイネはレシアとリーシャに前もって、ご飯のことを聞きに来たのである。結局、遊んでいて二人が来るほうが早かったが。


 やがて賑やかな食事会が始まるのであった。


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