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71 魔導師の力は解き放たれて



 岩場を軽々と飛び越えていくフェンリルの上では、着地の衝撃すらも感じさせない快適さである。


 しかし、向こうからロックゴーレムが次々と迫ってくると、そうも言っていられない。

 一体が岩の腕をぐるぐると回すと、そのまま体の一部が千切れるようにして、ヴェイセル目がけて撃ち出してくる。


 フェンリルから延びる縄、グレイプニルを軽く引くと、その狼はヴェイセルの意のままに動いていく。


 そうして攻撃を回避していくが、敵の集団に対してなにもしなければ、一方的にやられるばかりだ。


 魔物が次々と飛び出してくることから、空間のゆがみから繋がっているダンジョンは、おそらく魔物がたくさんいるのだろう。向こうにも岩肌が見えるため、環境的に近かったこの岩場に繋げた可能性が高い。となれば、偶然でもなく、なんらかの意図によって魔物を送り出したのだろう。


 ヴェイセルが見据える先では、紫の魔石を守護するように立つミスリルゴーレムと、どんどん迫ってくるロックゴーレムがいる。


(……試してみるか)


 これほど多くの相手と戦うにあたって、魔法道具だけではとてもやっていけない。魔力や技術の問題ではなく、彼の力に魔法道具が耐えきれないのだ。


 だが、今はそれ以外の力もある。

 ヴェイセルは魔物の集団を見据えると、手をかざした。そして「魔法」を発動させる。


 魔力を消費する感覚はなかった。ごく自然にそれは発動し、手元に炎を生み出す。


(随分と簡単なもんだな。魔法というのは)


 人工的に魔法を発動させる魔法道具と違って、制御に気を遣う必要はない。これまでずっと、高度な技術を用いてきた彼にとって、難しいことはなんにもありはしなかった。


 思うままに操られたサラマンダーの炎はロックゴーレムの集団を焼き払っていく。

 膨大な魔力を流し込み魔法を用いていくも、魔力が底をつく気配は一向になく、炎は敵中に広がっていく。


 あたかも地獄の業火さえ連想させる激しさに、人々が見ていれば恐れおののいたに違いない。


 だが、その中からゆらりと、ミスリルゴーレムが姿を現した。その個体は炎をも越えてきたのだ。


(……平気ってわけでもないか)


 見れば、先ほどとは形が変わっている。熱により膨張したのだろう。

 無傷ではないなら、やりようもある。


 ヴェイセルはグレイプニルを掴み、フェンリルを移動させる。灼熱地帯と化した岩場を軽々と進んでいくが、その足はジュウジュウと音を立てていた。長くは持たないだろう。


 距離を詰めると、ミスリルゴーレムは勢いよく腕を振り下ろしてくる。

 轟々と風を切る音は、暴風すら感じさせるほど。


 さっと回避すると、金属の腕は岩場を叩き、激しく砕片を撒き散らす。ヴェイセルはグレイプニルでそれらを弾きつつ、ミスリルゴーレムに絡みつかせる。そして全力でフェンリルに駆けさせると、引きずるようにして回し、勢いをつけて岩壁に叩きつけた。


 すさまじい轟音とともに砂を舞い上がる中、ヴェイセルは敵を見据える。しかし、この攻撃では傷ついてはいないようだ。


 グレイプニルの束縛力をもってすれば、敵を動かずに縛り上げておくことはできるだろう。しかし、その前に魔法道具が壊れてしまう。なにより、状況は一向に好転しない。


 かといって、ヴェイセルが持つ武器では、物理的に削るのはなかなか難しい。

 ならば……。


「さて、ここで倒させてもらおうか」


 ヴェイセルはグレイプニルをほどくと、ミスリルゴーレム目がけて炎を放った。炙られた敵の肉体は赤熱していく。


 そして敵が動き出すとフェンリルを駆使してさっと距離を取り、別の魔法道具を取り出した。


 それは霜の巨人、フリームスルスの力が込められているものだ。

 ヴェイセルは魔法道具を用いると、氷の槍を生み出し、ミスリルゴーレム目がけて放つ。


 そして狙いどおりに接触すると、すさまじい衝撃が起きた。


 ドォン!


 響き渡る爆風と吹き荒れる金属音。

 ヴェイセルは目を細めながら、すさまじい水しぶきが飛び散る様子を眺めていた。


 急激に熱せられた氷が水蒸気となり爆発。そして金属が過熱と冷却により、伸び縮みして変形することで、金属音を奏でたのだ。


 吹き飛ばされたミスリルゴーレムはほとんど原型をとどめておらず、起き上がるのに一苦労しているようだ。ならば、わざわざ待ってやる道理はない。


 ヴェイセルは炎の魔法とフリームスルスの氷を交互に使用すると、そのたびに耳をつんざく轟音が上がる。


 それが数度行われると、彼が手にしていたフリームスルスの魔法道具は砕け散っていった。


 そしてミスリルゴーレムはすっかり粉砕されており、中の魔石が剥き出しになる。濃い青色だから、ランク5の中でも強力な部類に属するのだろう。

 ヴェイセルはそちらに手を伸ばした。


「あちちっ」


 まだ熱が冷めていないようで、なかなか温度が高い。

 けれど、取り出したので、これでもはや動くことはないだろう。


 ヴェイセルはヤタガラスを生み出してロックゴーレムの魔石を回収させ、フェンリルにはミスリルゴーレムを構成していた金属を回収させる。


 そして自身は紫色の魔石へと向かっていく。


 どうにもそれが、このミスリルゴーレムがいるダンジョンとここを繋ぐ空間のゆがみを発生させているようだ。


 ヴェイセルはその魔石を眺めると、可視化されるほど濃い魔力を帯びた精霊が飛んでいるのがはっきりする。


「さて……悪戯はここまでにしてもらおうか」


 彼が魔石に自身の魔力を込める。そうなると、精霊はそちらに釣られてやってくるはずだった。


 けれど、その気配はない。


「……うーん。高濃度の魔力への暴露に耐性があるんだろうか」


 かといって、このままにしておくわけにもいかない。近くにおいておけば、いつまでもダンジョンを形成してしまうから。


 ヴェイセルは精霊との契約ができないまま、ひとまず魔石が生み出す影響を抑えるように魔石を調整すると、手に持って歩き出した。


 そのときにはヤタガラスとフェンリルはすでに回収を終えている。

 魔石を持って移動するとダンジョンのゆがみは大人しくなっていく。念のためヤタガラスでここを監視させておくが、離れておけば自然に元に戻っていくだろう。ダンジョン自体に、修復作用があるのだから。


 そうして紫と青、黄色の魔石を持ったヴェイセルは、イリナとミティラ、アルラウネが待つところに戻っていく。


「ヴェイセルさん! 無事でなによりです!!」


 勢いよく飛び込んできたイリナは、彼の腰にぎゅっと抱きついて尻尾をぶんぶんと激しく揺らす。


 そしてミティラもまた、ほっとしたような表情になるのだ。


「魔法、かなり使っていたみたいだけど、魔力は大丈夫?」

「全然なんともない。けど、今回は魔法道具を思った以上に使ってしまったから、このままだと赤字だなあ。うーん、フリームスルスの魔法道具、あれ高いんだよな。ほかに氷の魔法を使える魔物がいないから」


 ヴェイセルがそんなことを悩んでいると、ミティラも苦笑い。


「今回は私からリーシャ様に報告しておくから、その分は経費にしておいてあげる」

「……また、無駄遣いをしたって怒られないだろうか?」


 彼はリーシャの姿を思い浮かべてぶるりと震えた。

 このやる気なし魔導師が恐れるのは、どんな強力な魔物でも、国家権力でもなく、たった一人の少女だった。


 そんな様子を見たミティラは、仕方なさそうにしつつも、ポンポンと尻尾で彼を叩いた。


「そのときは慰めてあげる」

「……庇ってくれるとかじゃないのかよ」

「私もヴェイセルさんを慰めます!」


 ぎゅっと抱きついていたイリナの手に力がこもる。

 そしてアルラウネは、彼の代わりに仕事を手伝うのだと、可愛い仕草で伝えてくる。


 少女たちに喜ばれながら、ヴェイセルはやがてケルベロスをぽんぽんと叩くと、その背に荷物を載せるように姿勢を低くしてくれる。まだまだ、荷物を運べる頼もしいわんこだ。


 やがてここですべきこともなくなると、四人を乗せたケルベロスは駆け出す。いずれ、このダンジョンは成因を失って、崩壊することだろう。


 開拓村に来てから、初めてのダンジョン攻略である。


 けれどやる気なし魔導師が考えることは、名誉でも報酬でもなく、夕食のことであった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

書籍版の発売まで残り二週間となりました。4月22日発売です。よろしくお願いします!

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