70 ダンジョンの異変
山中を進んでいく中、ダンジョン産の植物や魔物を仕留めて、ヴェイセルたちは進んでいく。
その最中、アルラウネは食べられる食物とそうでないものを見分けていく。彼女は植物の特徴を見極める能力があるようだ。
だから今晩の食事もきっと、おいしいものが食べられるだろう。
ヴェイセルはそう思っていたのだが……。
「ミティラさん、この植物は食べられるんですか?」
「マンドラゴラね。アルラウネはこれの魔物よ。鎮痛作用や幻覚作用があるけれど毒性が強くて……アルラウネがいるなら、その作用を抑えて使えるはず」
ミティラが視線を向けると、アルラウネは小さくこくりと頷いた。
そして彼女たちの様子を眺めていたヴェイセルに微笑むのだ。
(……なんで俺を見たのだろう? もしや……俺がアレの実験台にさせられるということだろうか!?)
ぶるりと震えたヴェイセルは、よくと確認してから晩ご飯を食べよう、などと思うのであった。
そんな彼のところに、イリナたちがパタパタと駆け寄ってくる。
「ヴェイセルさん、おいしそうな山菜が採れました! 食べてくださいね!」
張り切るイリナは尻尾を元気に揺らしているが、このおっちょこちょい狐のすることだから、毒草も交じっているのではないかとヴェイセルは不安になりながら、曖昧に頷くことしかできなかった。
そんな調子の四人であったが、ふとヴェイセルは違和感を覚えた。
「……どこかで魔力が高まっている。ダンジョンの成因かもしれない」
「それは本当なの?」
「おそらく。これまではハズレばっかりだったが、今回こそ、ようやく突き止めたと言ってもよさそうだ」
とはいえ、魔力が高まっているということは、それだけ強い魔物、あるいはダンジョンの荒れた地形などがあるということで、危険だって伴う。
ヴェイセルが単独で行こうとするが、
「行きましょう!」
と、イリナはケルベロスに乗って待っていたし、ミティラとアルラウネもついていく気だ。ヴェイセル一人に任せようとは思ってもいない。
実に仲間思いの少女たちである。しかしそうならば、わざわざお昼寝しているところを引っ張り出さないでくれればよかったのに、という言葉をヴェイセルは飲み込み、出発することにした。
「基本的に俺がなんとかするから、警戒と状況の確認、それから――」
ヴェイセルはケルベロスの背に視線を向ける。
「山菜、ちゃんと持ち帰れるように、落とさないでくれよ」
その犬は背にくくりつけられた荷物を一つの頭で確認し、別の頭で承知の意を示すべく鳴いた。
魔女の噂が立つほどの狂犬はすっかり忠犬になっているようだ。ヴェイセルはそんな昔のことを思いながら、いよいよ魔力が高まっている場所へと進んでいく。
獣道をかき分けながら歩いていると、やがて視界が開ける。そこにあったのは岩肌。緑豊かなこのダンジョンのほかの光景とはまるで見た目が異なる。
そしてなによりも異質なのが、岩山の天辺付近だ。
そこはダンジョンを外から見たかのように、空間が歪んでいる。
「あれは……どこかのダンジョンと繋がっているようだ」
「ここもダンジョン内なのに?」
「呑み込んで中にまた別のダンジョンができているというよりは、その可能性のほうが高いはずだ。……これがダンジョン同士がくっついてしまう、という話なんだろう。それにしても、このダンジョン自体はほかのものとは離れていたはずなんだが」
もし、離れたところのダンジョンと繋げることができるのであれば、あちこちの魔物が一カ所に集まるのが容易になってしまう。そうなると、急激に接近、襲撃される可能性が出てくる。
「うーん。でも便利そうだなあ。俺の部屋とミティラの家を繋げれば、いつでも夕食を取りに行けるし」
「ヴィーくん、それなら私の家に泊まってみる?」
ミティラがからかうように言ってくる。
家事は彼女だけじゃなくイリナやアルラウネもやってくれるから、そうなると一日中お昼寝できるかもしれない。
悪くない提案である。
しかし、そもそもヴェイセルは自分だけの寝所が欲しくて、今の部屋に落ち着いたのだ。もちろん、自分用の家が欲しかったのだが、それは却下されて、いつの間にかリーシャと一つ屋根の下で暮らすことになっていたのだが。
「黙っていくとリーシャ様に怒られそうだから、リーシャ様も一緒に誘わないと」
「……もう、ヴィーくんは変なところで律儀なんだから」
「仕方ないだろ、俺だって怒られたくないし」
「いつも金色尻尾で叩かれて嬉しそうにしてるのに」
そう言われると心外なヴェイセルである。
「叩かれるよりも、枕にしたいとは常々思っている」
「もう……」
「ヴェイセルさん! イリナの尻尾をどうぞ!」
ぶんぶんと左右に揺れる真っ黒な尻尾が差し出される。しかし、この尻尾は暴れん坊なので、枕には向いていない。
遠慮したいが、そう言えばイリナはしょげてしまう。大人しくしてくれるなら、この尻尾も悪くないのだが……。
どうしたものかと考えたところで、向こうのゆがみがひときわ大きくなった。
そして繋がっている先がはっきりと見えるようになった次の瞬間には、ズシンと音を立てながら姿を現した存在がある。
列をなして進んでくるのは、ロックゴーレム。ランク3の魔物である。
「やっぱり、魔物も移動できるのか。さて、あのゆがみの原因でも探すとしよう」
ヴェイセルは懐から魔法道具を取り出すと、ヤタガラスを飛ばした。
その鳥は空高く舞い上がって、上空からの光景を映し出していく。けれど、目立ったものは見当たらない。
となれば、大型の魔物などではないだろう。
慎重に探っていくと、視界の端にキラリと輝く薄紫色があった。
「あの紫のは魔石か。しかし、妙だな。普通は魔石剥き出しの状態で活動することはないんだが、肉体を持つ気配がない」
魔石を元にしつつ、肉体を得たものが魔物と呼ばれて活動することになるのだ。そのままの状態で動くのなんて、見たことがなかった。
目を凝らしてみれば、魔石のところでひらひらと舞い踊る精霊の姿が見える。具現化されるほどの膨大な魔力は、やはりあの魔石に秘められていたのだろう。
どこからその魔力が供給されているのか、など謎はまだ多い。けれど、放っておくわけにもいかないだろう。
「ヴェイセルさん、どうするんですか? 紫って……ランク6の魔石ですよね?」
ランク6の魔物はなかば空想の産物とされている。そんな国家規模の被害をもたらす魔物がいるなど公表されていないからだ。
ヴェイセルはかつて倒したことがあり、魔石もそのときに手にしているから見間違えるはずがない。
「とりあえずは回収する。それから考えよう。あのままにはできない」
彼の表情がすっかり変わると、イリナとミティラもその雰囲気に呑まれた。
彼らは宮廷魔導師としてのヴェイセルを見たことはない。けれど、今こそがその姿なのだとはっきりとわかった。
アルラウネが視線を向けるとミティラとイリナはケルベロスに乗ってその場を離れていく。
その姿を横目に見つつ、ヴェイセルは一歩を踏み出した。
目的は魔石の回収だ。けれど、その間には向かってくるロックゴーレムを乗り越えていかねばならない。
ヴェイセルは魔法道具を取り出すと、ランク5の魔物フェンリルを呼び出した。そしてその狼に飛び乗ると、勢いよく岩山へと進んでいく。
魔物が彼に気づくとともに、空間のゆがみから、金属光沢が輝くひときわ大きなゴーレムが姿を現した。
ランク5の魔物、ミスリルゴーレムである。
その硬い体は並の魔物では傷すらつけられやしないだろう。
ヴェイセルは立ちはだかる金属の巨人を見据えつつ、フェンリルを駆った。




