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69 山菜採りは命取り?


 開拓村は春を迎え、畑では種まきが始まり、養蜂場ではコガネバチが蜜を集め始めていた。


 賑やかに動き始める兵やゴブリンたちは、二年目ということもあって、作業もすっかり板についていた。とはいえ、本業であるはずの北の調査および防衛に関しては、むしろ不慣れになってきているのではないかという懸念はあるのだが。


 しかし開拓村の周りを行き来するリビングメイルは弱い魔物など近づけやしないし、魔物がたくさんいるこの村の戦力はよそとは比べものにならない。


 そして今日は、お昼寝魔導師は畑を見ながら寝ころがっていた。

 そちらではミティラの魔物であるノームとアルラウネの二体が畑仕事に精を出している。


 ヴェイセルはそれらを見ながら、おいしい作物ができればいいなあ、などと夢想するのだ。彼もいつも寝てばかりいるわけではない。たまに起きているときは、夕食のことを考えたりもする。


 はて、そんな呑気なヴェイセルであったが、彼のところにミティラがやってくると、彼女は隣に座ってこんなお願いをするのだ。


「ねえヴィーくん。山菜を採ってきてくれない?」

「うーん。そういう仕事は、兵たちがいつも行ってるんじゃないのか?」

「今は畑仕事をしているから。暇そうなヴィーくんにお願いしようと思って」

「俺もそんなに暇じゃないんだよ?」

「どうせ、お昼寝とか晩ご飯のことを考えていたんでしょ?」

「ミティラはすごいな。読心術が使えるのか」

「誰でも当てられるよ、そんなの。それじゃ、晩ご飯のために頑張ろう?」


 そうしてミティラに引っ張られると、いつしかアルラウネも隣を歩いていた。手伝ってくれるのだろう、なかなか優しい魔物である。


 ミティラの魔物だから同行するのはごく自然なことではあるが、大型の魔物でもないため、上に乗ることはできない。


 となれば、きっと遠出はしないで、そこらの山菜を採って戻ってくるだけでいいのだろう。


 すぐに済みそうだと頷くヴェイセルであったが、村はずれに行くとイリナがケルベロスを用意して待っていた。


「ヴェイセルさん、行きましょう!」


 嫌な予感がするヴェイセルであったが、イリナが彼の腕をぎゅっと抱きしめながらケルベロスの上に案内すると、ミティラ、アルラウネと四人で乗っかることになる。


 そして三つ頭の犬は、北に向かって走り出した。

 駆ける速度はとても速く、どう考えても近場で山菜採りをする雰囲気ではない。目的地も決まっているのだろう、一目散に進んでいく。


「……なあイリナ。これってどこに向かってるんだ?」

「聞いてなかったんですか?」


 ヴェイセルに抱きついたままのイリナが顔を上げて、狐耳を動かす。その視線がやがてミティラに向かった。


「山菜採りよ?」

「……こんな遠くに?」

「ちょっとダンジョンに入って、さっと魔物を倒して採ってくるだけじゃない」

「……騙された!」


 ヴェイセルは嘆くが、もう遅い。ケルベロスはせっせと足を動かしていた。

 そうして随分と遠くまでやってきてしまう。普段はこんな遠くにこない場所にまで到達するくらいだ。


「こんな遠くまで来る必要、本当にあったの?」

「本来はヴィーくんが調査するはずなんだけど……いつも寝てばかりいるから、兵たちが調査していたんだよ。それで、新しいダンジョンが見つかったから、こうして山菜採りに向かうことになったわけ」

「……以前にはなかったはずだけど。いつの間にかダンジョンが増えているのか」

「ええ。あとはダンジョン同士がくっついてしまっているそうよ。体積が増えているところもあるとか」

「そりゃあ、一大事だなあ」


 ヴェイセルは呑気な口調である。

 けれど、一大事なのは間違いないだろう。仮にダンジョンが次々と増殖しているのであれば、原因となっているものがわからず、ダンジョンを解体できない現状では、いずれ南まで侵食されてしまう可能性もあるのだから。


 そんな状況にも、やはりやる気なし魔導師は動じない。

 ダンジョンが見えてくると、眠たげな目をこすりながら、そちらに視線を向ける。


「なるほど。山菜採りというのは嘘でもなかったようだ」


 歪んだ空間の向こうには、青々とした山菜が動き回っている。


「ここのダンジョン、かなり魔力の影響が強いみたいで、新鮮な野菜が多いのよ。だからヴィーくんにお願いしたの」

「生きがいいのにもほどがある」


 呆れて眺めるヴェイセルに、ケルベロスの三つの頭のうち一つが困ったように視線を向けてくる。彼はその魔物の主人であるイリナを見るも、こちらはいまだにヴェイセルばかり見ていて、幸せそうに尻尾を振っていた。


 これでは使い物にならない。

 ミティラは行く気でいっぱいなので、残るアルラウネはと窺ってみると、彼女はいつになく楽しげな表情で、山菜を眺めていた。


(……育てたいんだろうか?)


 こうなると、誰も止める者はいなくなる。

 ケルベロスは小さく唸ると、そのままダンジョンに飛び込んだ。


 中に入ると魔力が濃くなっていることがわかる。これでは兵たちも尻込みしてしまうのも無理もない。


 早速、アルラウネがケルベロスの上から飛び降りて、土を撫でてみる。

 ヴェイセルには善し悪しなんてさっぱりわからないが、肥沃な土地らしい。


 遠くに視線を向ければ、元気に飛び跳ねていくエリンギオスの姿があちこちに見られる。弱い魔物のはずのそれらが活発に動いているのだから、なるほど、とヴェイセルも納得するのだ。


 そんな彼であったが、ふと、飛来するものを視界に捕らえると、魔法道具を用いて膂力を強化し、ケルベロスの上から飛び出した。


 勢いよくアルラウネを地面に押し倒すと、二人の頭上を勢いよく通り過ぎていくものがある。


(あれは……魔物か)


 ヴェイセルが視線を向けた先では、弾丸のように丸みを帯びた形をした緑色がある。つぼみの魔物、フキノトーであった。


 あの直撃を食らっていれば、大きな傷を負っていたに違いない。

 ほっとしたヴェイセルは次の攻撃を避けるべく動こうとするが、今度はぎゅっと抱きしめられて困惑する。


(おかしい、イリナはケルベロスの上にいるはずだが……)


 彼女はそんなに早く移動するだろうか。

 ヴェイセルが疑問を抱きながら視線を落とすと、顔を赤らめたアルラウネの姿がある。そして彼女は魔法を用いると、植物を操ってヴェイセルと一緒に絡まっていく。


「ちょ、ちょっと待って! アルラウネ、今はそれどころじゃ……」


 けれど彼女が頬ずりしてくると、ヴェイセルはすっかり混乱してしまって、されるがままに蔦に包まれていく。


(ああ、これが栄養満点な土で育った植物なのか)


 などとほうけたことを考えていた彼であるが、こうなっては魔法道具もろくに使えない。


 なんとかしてフキノトーを倒さなければと振り返ると、そこには粉砕された魔物とすぐ側に佇むミティラの姿がある。


「……ねえヴィーくん。なにしてるの?」

「え、いや、その……蔦に束縛されているんだけど」

「ふーん。アルラウネを押し倒しているようにしか見えなかったんだけど?」


 タジタジになるヴェイセル。恥ずかしがるアルラウネ。そして――


「ずるいです! 私もヴェイセルさんに押し倒されたいです!」


 飛び込んだイリナがすかさずヴェイセルのところにやってきて、そのまま抱きついてくるかと思いきや、すぐ近くに寝転んだ。


 なにをしているのだろうかと思ったヴェイセルに、


「さあ、イリナをどうぞ!」


 と、彼女は気合い十分に告げてくる。

 どうぞ、と言われても、ヴェイセルはどうしていいのかわからない。仰向けになって、お腹を見せながら尻尾を振っているイリナはチラチラと見てくるが、そもそもヴェイセルはアルラウネと一緒に絡まっていて手も足も出ない。


 そんな状況で困っていたヴェイセルは、いよいよ助けを求めてケルベロスに視線を向けると、そのわんこはてくてくとやってきて、欠伸をしつつも、ヴェイセルを助けてくれるのだった。


 葉っぱまみれになった魔導師は、


「ふむ。あの魔物は強敵だった。気を引き締めていこう」


 なんて言ってみるのだが、少女たち三人はなんだか言いたいことがあるような顔をしていた。


(うーん。おかしいな。俺はダンジョンに来てから真面目に働いているはずなのに)


 これならリーシャと来たほうがマシだったかもしれない。

 そんなことを思ってしまうくらいに、この少女たちはまとまりがないのであった。


 このままでは晩ご飯の危機である。ヴェイセルは渋々、山菜採りに精を出すことにした。


いつもお読みいただきありがとうございます。

新年度最初の更新となりました。

今月22日には本作の書籍版が刊行されます。そちらも手に取っていただけると嬉しいです。40原先生の素敵なイラストが表紙です!

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