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64 魔導師はかまくらで眠る


 その日、開拓村では兵たちがせっせと働いていた。

 彼らを指揮するのは尻尾のない男、ジェラルドである。


「ほら、お前ら! しっかり働かねえと、お姫様の尻尾でひっぱたかれちまうぞ」

「なに言ってるんすか、おやっさん。相手をしてくれるのは宮廷魔導師だけっすよ」

「わかってるんじゃねえか。てめえらがサボってりゃ、飛んでくるのはゴブリンの棍棒よ!」


 あのお姫様ならやりかねない、と彼らは笑うのだ。

 そんな兵たちが運んでいるのは大量の雪である。雪像作りのため、まずはかき集めるところから始めないといけない。そして、彼らが従えている魔物たちも一緒になって働いていた。


「うーん。朝からご苦労なことだなあ」


 そんなことを呟いたのは、かまくらの中にいるヴェイセルである。

 朝からリーシャに引っ張り出されて、どんな具合かと監督するように言われたのだが、今は入り口から見える部分に視線をくれるのみ。


 中にはサラマンダーがいて、丸くなっているためにぽかぽかと暖かい。そしてイリナが作ってくれた着る布団も完成したため、非常に快適なのだ。


 そうしてぬくぬくしていたヴェイセルだったが、突如、ぶつかってきたものがある。


「痛い! 誰だよ、いきなり……」


 見れば、ぶつかったのは雪玉である。外では、おサボりゴブリンたちが雪玉を投げ合って遊んでいた。


「まったく、雪像作りもしないで。あいつらめ」


 自分は寝ていながらに、この台詞である。なお、このかまくらもゴブリンが作ったものだ。


 ヴェイセルは寝返りを打ちながら、かまくらの中でごろごろしていると、今度は上のほうから音が聞こえるようになってきた。ゴブリンたちが雪合戦の舞台に使っているのだろう。


「くそっ。俺の快適な睡眠を妨害しやがって!」


 ドスドスと音がうるさく、心地よく寝てもいられない。

 そして今度はそれよりも大きな足音が聞こえてくる。あれはおそらく……


「レッドオーガじゃないか! つぶれっちまう!」


 ヴェイセルは慌ててサラマンダーをそこから消して、かまくらを飛び出す。次の瞬間、ドスンと大きな音を立てて赤鬼の足がかまくら内に入ってきた。そしてぼとぼととゴブリンがおちてくる。


 外に出たヴェイセルは、レッドオーガに追い立てられたゴブリンたちが持ち場に戻っていくのを見ながら、初めからサボらなければいいのに、と思うのだった。


 が、そんな彼のところにリーシャがやってくる。


「おいヴェイセル。せっかく作ったかまくらが台無しじゃないか」

「ええ、まったくです。ひどいものですね」

「ひどいものですね、じゃない。そのためにお前に監督を任せたというのに、お前というやつは……」


 リーシャはすっかり呆れてしまう。

 そしてヴェイセルに次の指示を与えるのだ。


「雪祭りで事故があったら大変だからな。今後、このようなことがないように。それから、お前はこのままだとどこでも寝てしまうから、この布団は私が預かっておくぞ」

「そ、そんな……!」


 リーシャはヴェイセルが着ている布団をさっと奪い取り、自分で着てしまう。尻尾があるためひっかかるが、小柄な彼女のためスペースは余っており、なんとかなる。


「うぅ、寒い!」

「体を動かせば暖かくなるぞ。仕方ないな、お前がサボらないよう、私が見ていてやる」


 リーシャはそんなことを言う。

 ヴェイセルはすっかり困り切ってしまった。これでは寝てもいられないと。初めからサボらなければよかったが、こうなってはどうしようもない。


 そんなヴェイセルを見たゴブリンたちは、遠くから小馬鹿にしたように指を向けて「ゴブゴブ」と笑っている。


「くそっ。ゴブリンに馬鹿にされるなんて!」


 そんなゴブリンたちであったが、よそ見をしていたせいか、魔物が引くそりに轢かれて、飛ばされていった。


 ヴェイセルはそこでようやく、ジェラルドの指示の元、雪像作りが本格的に組織的に動いていることを知る。


(これなら俺が介入する余地もないんじゃないか?)


 そう思っていると、リーシャがじっと見てくる。


「雪像作りでも、かまくら作りでも構わないぞ?」


 そう言われたヴェイセルは、どうしたものかと考える。すでに兵たちの魔物が使う分しかそりは残っていない。


 そこで彼はふと気がついた。

 村の警備をしているリビングメイルを使おうと。


 ヴェイセルが魔力を込めると、その魔物はガシャンガシャンと勢いよく動き出す。そして中に雪を詰め込んでから戻ってくると、ドバッと中身をぶちまけた。


「リビングメイルはたくさんいますから、これで能率が上がるはずです」

「なるほど。……それで、お前はどうするんだ?」

「えっ」

「ほかの兵士たちを見てみろ。魔物と一緒に働いているぞ?」

「そんな……」


 ヴェイセルはがっくりとうなだれる。

 そんな彼を見たリーシャは、ぺたんと狐耳を倒す。しょんぼりとした顔になってしまった。


「そんなに私と一緒に作業するのは嫌か?」


 悲しげな顔をされてしまっては、ヴェイセルも落ち込んでなどいられない。


「いえ、リーシャ様と一緒に作業できることは光栄です。しかし、働いた時間だけで評価するのはよくないと思うのです。見てください、あのゴブリンたちを。一見すると、たくさん働いているように見えますが、その実、半分くらいはサボっています」

「それを監督するのがお前の役割なんじゃないのか?」

「所詮はゴブリンです。作業効率はたかがしれているでしょう。そこで俺はこう思うんです。だらだらと作業するより、さっさとすべきことを終わらせれば、あとは自由にしてもなんら問題はないと」

「いつもすべきことをやらずに寝ているお前が言うことじゃないぞ。……まあいい。なにか考えがあるんだろう?」


 リーシャが尋ねると、ヴェイセルはエイネの工房に行く。

 中はすっかり暖かく、もう今日はここから出ないことにしようと思うのだった。

 そんなヴェイセルは早速彼女に声をかけた。


「やあエイネ。機神兵を貸しておくれ」

「いいけど、なにに使うの?」

「氷像を作ろうと思って。データを一度取っておけば、あとは量産できるだろう?」

「そうだね。でも、氷はどうするの? 型を作って冷やしておく?」


 エイネが尋ねると、ヴェイセルは懐から魔法道具を取り出すと、魔力を込めた。途端、一瞬で氷の塊が生み出される。


「霜の巨人、フリームスルスの力だ。これを使えば、あっという間に作れる」


 リーシャはそんなヴェイセルに呆れる。なんという魔法道具の無駄遣いだと。


「なるほどー。じゃあ、機神兵に今あるデータでサンプルを作ってみるね」


 エイネは機神兵にあれこれと小さなサイズのものを作らせていく。

 寝ころがっているゴブリン。穴掘りするノーム。蜜を集めるコガネバチ。次々とできていくそれに、リーシャは感心せずにはいられない。


 これならば、村中を飾ることだってできよう。


 そうしてリーシャとヴェイセルの視線が機神兵が作る氷像に向かっていると、やがて今度は大がかりなものに取りかかり始める。


 ゆっくりと形が作られていき、できあがったのはリーシャを抱えたヴェイセルの姿。


「な、ななななんでこんなデータがあるんだ!」


 慌てるリーシャに、あっけらかんと告げるエイネ。


「リーシャ様、雪の中に飛び込んだとき、抱えてもらっていたから。この像のすごいところはね、しっかり構造解析が行われていて、倒れたり折れたりする危険性がなく、かつスタイリッシュなところなんだ。複数のデータの中から比較して……」


 エイネの説明がつらつらと続く中、リーシャはすっかり顔を赤くしている。

 ヴェイセルはそんな彼女と氷像を見比べて、


「このリーシャ様も可愛いですね。とても素敵です」

「そ、そうか。可愛い……えへへ」

「今日は展示するものを選びませんか。リーシャ様も、俺に抱えられている姿以外に素敵な姿はいくらでもありますし」

「……私と一緒なのは嫌なのか?」


 リーシャが不満げに頬を膨らませる。


「いえ、そういうわけではなく……俺は新人族ですから。雪祭りを開催すれば、各地から観光客が訪れます。そのとき尻尾がない俺に抱えられている姿は、リーシャ様にとってはよくないでしょう」


 ヴェイセルはこのコーヤン国で唯一と言ってもいい新人族である。開拓村ではすっかり誰も気にしなくなったが、よそから来る者たちが見れば、どう思うことか。


 彼はずっと気にしていたのだが、リーシャはそんなヴェイセルの尻をぺしぺしと叩いてみた。


「……なにをするんですか、リーシャ様」

「お前は確かに尻尾がないが、私の一番の部下だ。この開拓村があるのはお前のおかげじゃないか。そんな批判など気にすることはない。むしろ、気にするべきは、宮廷魔導師としての威厳だな」

「リーシャ様……」

「だから気にすることはないんだ。うん、自然なことなんだぞ。私が抱きかかえられているのも。私は責任者で、お前が補佐なんだからな。うむ」


 一人納得するリーシャ。

 そしてどうせなら、と続ける。


「ほかに素敵な姿があるというし、この像の完成度を高めるために、再現する必要があるな?」


 そんな必要があるのかと思うヴェイセルであったが、リーシャが言うのだから余計な口は挟まないことにした。


 そうすると、ヴェイセルは再現とやらをするために、リーシャを抱きかかえることになる。


「えへへ……抱っこされちゃった……えへへ」


 リーシャはすっかり尻尾をふりふり、上機嫌になっている。もう責任者としての威厳は、居眠り宮廷魔導師の威厳と大差ないところまでなくなっていた。


 それから「氷像作りに必要なんだからな」と告げるリーシャの言うままに、ヴェイセルは彼女を支えたり、抱きしめてみたり、いろいろとさせられる。


 こんな氷像など、とても表に出せるものではないのではないか。

 そう思ったヴェイセルであるが、「冬の寒さも吹き飛びそうなくらい熱いねー」などとエイネも乗り気になってしまったから、リーシャも雰囲気に飲まれてしまうのだ。


 そんなことがずっと続いたその晩は、興奮のせいでリーシャはなかなか寝付けなかった。


 けれどその翌日。

 リーシャは工房に行って氷像を見ると、「こ、こんな破廉恥なものを展示できるかー!」と正気に返るのだった。


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