62 ほかほかの魔導師と炎の魔物
ヴェイセルがヤタガラスの魔法道具を用いて探っていく先で見つけたのは、赤々とした炎だ。
以前来たときは、そこかしこから火が噴き出しているような有様であったが、今はちょろちょろと漏れている程度に過ぎない。
この近くになにかないものかと探っていくのだが、上空から見えるのは、ロックゴーレムなどの岩の魔物がいるばかり。ちっとも温かそうには見えない。むしろ、冷え切っているような印象すらある。
これでは、暖炉に入れておく魔物など見つかりそうもない。
ヴェイセルが困っていると、ミティラが尋ねてきた。
「ヴィーくん、そっちはどう?」
「うーん。ダメっぽい。当てが外れたかな。それにしても、寒冷化の影響がこのダンジョンに及んでいるのは、奇妙だな」
「ほかのダンジョンよりはマシではあるけれど……普通はこんなにはならないよね」
通常、ダンジョンはそれぞれが独立した環境になっており、外部とはまるきり異なっている。そのため、夏だろうが冬だろうが、ダンジョンの中はそれとは別の、独自の生態系を持っているのが普通だ。
しかし、今回は北の土地が寒冷化すると、すべてのダンジョンがその影響を受けている。灼熱地帯が冷え切っているというのだから、かなり強い影響が窺える。
「こっちのダンジョンは、探したところで成因となっている魔物や物質も見つからないし、全部のダンジョンがまとめて同様の変化をしているし、どうなってるんだろうなあ」
ヴェイセルがぼやくと、リーシャがぽんぽんと尻尾で叩いてくる。
「それを調べるのがお前の役目じゃないか」
「最近は頑張ってるじゃないですか。宮廷魔導師の名に恥じない活躍ぶりだと自負しております」
「布団に包まれた宮廷魔導師がいてたまるか」
リーシャは呆れるのだが、ヴェイセルはそれでも布団は手放さないのだった。
そんな彼にイリナは張り切る。
「宮廷魔導師に相応しい素敵なお布団を作ります!」
「本当か!?」
「任せてください!」
そしてクリスタルゴーレムを動かしていたレシアだったが、そんな二人に呆れた視線を向けると掘り出した結果を告げる。
「異常なし」
たった一言。それだけで彼女は興味を失って、あとはそのクリスタルゴーレムと戯れ始める。
そしてエイネはミティラのところに行って、そわそわしていた。
「どう? どうかな? 鉱石は取れそう?」
「前に来たのはヴィーくんだけだから、変化はわからないけれど……たぶん、それなりにあるんじゃないかな?」
「やった! レシア、クリスタルゴーレム貸して!」
エイネはすっかり、そちらに夢中になっている。
誰もが好き勝手に動いている。これなら、一人で来たほうがよかったんじゃないかと思うくらいだ。
と、ミティラが狐耳をぴょんと立てた。
「ヴィーくん。熱源が見つかったよ」
「本当か!? 魔物がいるんだな? 暖炉に入れられるやつ!」
「魔物がいるのは確かだけれど……ちょっと、様子が変なの」
ミティラが言葉で表現しにくそうにしていると、リーシャがやる気満々になる。
「調べに行くしかないな」
「リーシャ様、ほかほかのお家目指して頑張りましょう」
「まったく、お前はそればかりだな」
「俺だって、考えているんですよ。次のお祭りが成功したら、リーシャ様も喜ぶんじゃないかと。そう思うと、居ても立ってもいられません」
「そ、そうか。私のためか。えへへ……」
もちろん、ヴェイセル自身が快適に過ごすためでもある。
そんな彼は、さあ機神兵に乗って出発だ、と考えたが、その魔物が見当たらない。探すと、クリスタルゴーレムと一緒に掘削中だ。
「あの、エイネ。機神兵を貸してほしいんだけど」
「今は作業中だから手が離せないよー」
「いや、魔物を捕まえるために来たんだけど……」
こうなったら、エイネは作業が終わるまで手を離さないだろう。ヴェイセルが困っていると、すかさずイリナがやってきた。
「ヴェイセルさん! 行きましょう!」
ケルベロスに乗ったイリナが告げると、座り心地はよくないが、この際仕方がないのでヴェイセルはそちらに飛び乗る。そうすると、レシアもそちらに行きたそうにするのだが、クリスタルゴーレムは発掘中なので置いていくわけにもいかない。
そしてミティラも、いつの間にかエイネに発掘の手伝いをやらされることになっていたので、「ヴィーくん、そっちは任せてもいい?」と申し訳なさそうにお願いするのだ。
「もちろん。期待しててくれ」
「ミティラ、心配するな。私がヴェイセルをしっかり監視するから、サボらせないぞ」
いつの間にかリーシャはヴェイセルの後ろに乗っていた。そしてえへんと胸を張っている。
「リーシャ様、ヴィーくんをお願いします」
「うむ。任せるといい」
(……うーん? 俺が捕まえに行くと言っているんだけどな?)
珍しくやる気を出しているというのに、相変わらずひどい扱いを受ける魔導師であった。日頃の行いのせいである。
それからヴェイセルは魔法道具によってノームを生み出して地下を調べさせながら、ケルベロスに乗ってミティラが指示したところへと向かっていく。
そうすると、温度が上がってくる。
「うーん。気分がいいなあ」
お布団魔導師は温かくなってきて、いい気分だ。
しかし、そのうちに今度は
「ちょっと暑くなってきた。もう少し温度下がらないの?」
などと言い出す。
リーシャは呆れるのだが、イリナは「エイネさんと協力して、快適な温度を保てるお布団にしましょう」などと提案するのだ。彼女も彼女で、なかなかにズレている。
そんな三人も、向こうに炎が見えてくると、さすがに気を引き締める。
そこには四大精霊の一つ、サラマンダーがいた。燃える炎や溶岩の中に住むランク4の魔物である。姿は赤いトカゲで炎を纏っている。
それらが一塊になって、炎のところに集まっていた。
「おお、暖炉にぴったりじゃないか!」
ヴェイセルは歓喜するのだが、ケルベロスが近づいた瞬間、サラマンダーは炎を吐き出した。
撒き散らされる火の粉を避けるべく、さっと距離を取る。どうやら、こちらに対してはかなり攻撃的なようだ。
「ヴェイセル。どうするんだ?」
「倒して回収してから、残ったパーツと魔石を埋めて育てると、ランクが下がる可能性があります。それだと、ランク3。姿を消すことができず、夏でも燃えてひどいことになるかもしれません」
「お前には得意技があっただろう。ほら、魔力を込めて触れると精霊が飛び出して、無傷のまま確保できるやつだ。あれなら、サラマンダーをそのまま捕まえられるんじゃないか?」
「ちょ、ちょっと待ってください! あの燃えるトカゲに触れろと!?」
「なんとかならないのか? ユニコーンの魔法で治せるだろう?」
「それ火傷する前提じゃないですか!」」
さすがのヴェイセルも、火傷してまで捕まえようとは思えない。それに、サラマンダーはかなり警戒しているようで、こちらの接近を許さない。
どうやら、あの炎を死守しようとしているようだ。
どうしたものかとヴェイセルは考えていると、ふと、外れたところにサラマンダーがいることに気がついた。
ちょろちょろと漏れる火に当たっているのだが、それも消えかけている。そのためか、本体も弱って見える。
「ヴェイセル、向こうのよりも、こっちのほうが元気だぞ? 弱いのを捕まえても温かくならないんじゃないか?」
「元気すぎて捕まえられないんですよ。イリナ、向こうのサラマンダーのところに行ってもらえる?」
「任せてください! ケルベロスさん、今度は相手がびっくりしないようにしてくださいね!」
ケルベロスはゆっくりと、そちらに向かって歩いていく。
しかし、たった一体でいたサラマンダーは怯えて縮こまってしまった。近くで見れば、ほかの個体よりもずっと小さい。
「なるほど。どうやら、先ほどの炎に住める数が限られていて、追い出されてしまったようですね。かわいそうに。誰だって、温かいところでのんびり暮らす自由があるはずなのに」
ヴェイセルは哀れみつつ、ケルベロスから飛び降りると、そのサラマンダーのところへと歩いていく。
「ヴェイセルさん、危ないですよ!」
「大丈夫だ。昼寝の自由を奪われた相手を俺は救わなきゃいけない」
「おいヴェイセル。ちっともかっこよくないぞ、その台詞」
堂々と歩いていくヴェイセルに向かって、サラマンダーは火を吹きかける。しかし、ほとんど出ていないため、彼はひょいと躱してしまう。
そして縮こまるサラマンダーは、彼に火を吐こうとするが、今度はそいつがいた場所の火が消えてしまった。
そうなると、もう力も残っていないのか、仲間がいる炎に悲しげな視線を向けるばかり。
「サラマンダーくん。君に提案があるんだ」
ヴェイセルが話しかけるが、そもそも言葉が通じているのかどうか。
「俺と契約してくれたら、日がな一日温かいところでお昼寝できるようになる。あんな小さな炎じゃなくて、爆ぜるいい感じの炎に住めるぞ」
しかし、反応は芳しくない。
そこでヴェイセルは、とっておきを見せる。彼が秘めている膨大な魔力の一端を見せると、サラマンダーはふらふらと寄ってくる。
魔物は魔力を糧にして生きている。そしてここのサラマンダーは、ダンジョンの魔力を炎から摂取していたのだろう。
しかし、寒冷化の影響でこちらには魔力が回ってこなくなったのかもしれない。
ヴェイセルの魔力を食らえば、有り余るエネルギーで発火することも容易だろう。
サラマンダーは相当弱っていたらしく、ふらふらと近づいてくる。精霊たちにとっては、魔力はとてつもなく魅力的なものだ。相当強い意志がなければ断れやしない。
餌で釣った形であるが、互いに利のある契約のはずだ。
そしてサラマンダーがヴェイセルに飛びついた。
「よし、契約は成立だ」
サラマンダーにヴェイセルの魔力が流れ込む。その途端、大爆発が起こった。
「おいヴェイセル!」
「ヴェイセルさん!」
二人の悲鳴が上がる中、彼の姿を覆い隠していた炎はゆっくりと散らされて、次第に明らかになってくる。
そこにヴェイセルの姿はない。
あるのは、布団とサラマンダーであった。
中からひょっこりと顔を覗かせたヴェイセルは、火の粉がかかって「あちちっ」と慌てるが、健康そのものだ。
「ヴェイセルさん、大丈夫ですか!?」
「もちろんだ」
「どうやって助かったんだ? ユニコーンの魔法で火傷するなり回復しまくったのか?」
「いえ、俺はただ引っ込んだだけですよ。なにしろこの布団、フェニックスの羽毛でできていますから。ちょっとやそっとじゃ燃え尽きません」
「そういえば、素材を無駄遣いして作った布団だったな」
無駄遣いといいながらも、リーシャはほっと胸を撫で下ろした。ヴェイセルの身を守ってくれたのだ。これほど価値のあるものはない。けれど、素直にそう言うこともできないリーシャであった。
イリナが「本当に大丈夫ですか? 痛いところとかないですか?」とべたべたしているのを見ると、頬を膨らませて、
「まったく、心配をかけるな。元気ならもっとシャキッとしろ」
と言うのである。
そうして契約が済んだサラマンダーを見ると、主人であるヴェイセルとはとても似ても似つかないほどにシャキッとしている。先ほどまで弱っていたのが嘘のようだ。
「リーシャ様。暖炉の中だけじゃなく、これなら村中でも暖かくできそうですよ」
ヴェイセルは布団で包んだ手で、サラマンダーを撫でてやると、そのトカゲは元気よく動くのだった。なかなか、愛嬌がある。
「本当です、とても温かいです!」
イリナはそう言いながら、ヴェイセルにぎゅっと抱きついた。
リーシャは大慌てで引きはがそうとするが、黒の尻尾が応戦する。
ぱたぱたと揺れる金の尻尾と黒の尻尾。それらを見ながらヴェイセルは、
(二人とも嬉しそうだ。気にしていない振りしていながらも、そんなに温かい家がほしかったのか。サラマンダーが捕まえられてよかったなあ)
などと見当違いのことを思うのだった。
そして村に戻るまでは、移動することになるから、この熱々の魔物を連れていくわけにもいかない。
ランク4以上の魔物の能力として、一時的に消えていることができるものがあるため、そちらを利用すると、一件落着となる。
ケルベロスに乗って帰途に就く中、ヴェイセルは考える。
(こんな燃えるダンジョンの主が、寒冷化を好むとは思えない。そして北の寒冷化。ダンジョンの成因の不明。もしかすると、ここのダンジョンはすべて繋がっているんじゃないか?)
どこか一カ所に成因となったものがいて、それの変化によって全体が寒冷化したと考えるとつじつまが合う。
けれど、複数のダンジョンを束ねるような存在など、一つくらいしか思い浮かばない。
(ランク6の魔物。エイネが言っていたが……さすがにそれはないだろうな。滅多にあることでもない)
世界的な危機となる強力すぎる魔物。それがいるとなれば油断してもいられないが、ほんの過程に過ぎない。
なにかあれば対応できるようにヴェイセルは考えつつ、「ヴェイセルさん温かいです」と抱きついてくるイリナと、阻止しようとするリーシャを見て、今日はいい成果があったと満足するのだ。
そしてミティラたちのところに戻ると、たくさんの鉱石を積んだ機神兵が見える。エイネはすっかり泥だらけになっているが、楽しげに尻尾を振っていた。
一方でレシアは、白の尻尾は汚れが目立つためか、ちょっと気にしてる。けれど、それよりクリスタルゴーレムに汚れの色がついてしまわないように、丁寧に拭いていた。優先するのは自分よりもレアな魔物らしい。
「ヴィーくん。お帰りなさい」
「ただいま。目的は達成したよ。これで雪祭りもできそうだ」
「それは楽しみね」
そうして六人は村へと戻ることにする。
リーシャやミティラは調査ができて喜んでいるし、エイネは鉱石を見てうっとりしている。そしてレシアはクリスタルゴーレムが鉱石を食べて変化することを発見したらしく、珍しく尻尾は楽しげに揺れていた。イリナはヴェイセルにくっついたまま、あれこれと布団の話をしてくれる。
(イリナは俺と同じで、布団が好きなんだなあ)
などと勘違いをするヴェイセルである。もちろん、ヴェイセルが好きなのは布団で寝ることであり、イリナが好きなのは裁縫であり、ヴェイセルその人である。
ともかく、そんな賑やかな一行は、機神兵に乗ってダンジョンを出るのだった。




