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61 やる気なし魔導師、赤の尻尾に翻弄される


 ミティラの策によって北のダンジョン調査に向かうことになってしまったヴェイセルは、とぼとぼと一人で工房までやってきて、戸を叩いていた。


「はーい。空いてるよー」


 元気なエイネの声が聞こえてくると、ヴェイセルは扉を押し開けて、中に入ってため息を一つ。


「ヴェルくん、失礼だなー。女の子の顔を見てため息なんて」

「エイネはこっちを見もしないんだから、顔なんてわからないじゃないか。見えてるのは尻尾だけだ」


 視線の先には、揺れる赤い尻尾がある。

 彼女は相変わらずに、作業中はそちらから目を離すことはない。これはヴェイセルのみならず、誰が相手だろうが同じなので、特別ひどい扱いを受けているというわけでもない。


「どっちにしても、失礼だよ。それで、なにをしに来たの? リーシャ様に、この怠け者って追い出された?」

「残念、今回はミティラなんだな。機神兵を借りたいということで、ミティラが行くよりは俺が行ったほうがいいだろう、というわけでやってきたんだ」


 元々ミティラが呼びに行く予定ではあったが、彼女は今、リーシャの面倒を見ているのだ。ヴェイセルも「リーシャ様より俺の面倒を見てくれ」なんて言うこともできず、こうして一人でやってきたのである。


 作業を終えたエイネは、てくてくとやってくる。そして布団にくるまっているヴェイセルを見て狐耳をぴょこぴょこと動かす。


「うーん。ヴェルくん。なにかで代用できない?」


 どうにもエイネとしては、機神兵を貸したくはないようである。


「できないこともないけれど……なにかあるのか?」

「えっとね」

「うん、なんだ?」

「燃料がなくなりそうだから、機神兵をヒーターにしてたんだ」

「無駄に万能だな! というか、燃料はどうしたんだよ。国王のおっさんから、一時的に配られたはずなんだけど。節約すれば、一冬越せそうなくらいあったはずなんだけど」


 そう言うと、エイネは視線をついと逸らした。

 ヴェイセルが回り込むと、またしてもそっぽを向かれた。


「なにに使ったんだ?」

「えっと……高温の処理が必要な鉱石があったから……つい、ね?」

「全部使ったのか」

「……そこに鉱石があったんだよ? 誰だって精錬するでしょ?」

「しないっての。というか、普通はできないからな」


 開き直るエイネに、ヴェイセルは呆れるのだった。この赤い気ままな尻尾の相手はなかなかに大変である。


「というわけで、機神兵は貸せないかなーって」

「その件なんだけどさ。リーシャ様と雪祭りをやろうって話になってて……そういえば、機神兵でかき氷作れる?」

「もちろん。厚くスライスするのも、薄くスライスするのもバッチリ! ヴェルくんが居眠りしている時間で一万人分は作れるよ!」

「そりゃすごい。ところで、俺が居眠りしている時間の見積もりってどれくらいなんだ?」

「一日くらい?」

「それもう、居眠りって長さじゃないだろ。普通に寝てる。というか、そんな曖昧な単位使っていいのか? 職人として、厳密な単位で誤差とかもきちんと計測しないと気が済まない、とかないの?」


 ヴェイセルが尋ねてみる。エイネは技術者として、そういうところに誇りを持っていたのではないかと思ったのだ。


 けれど、返ってきたのは。


「ヴェルくん。かき氷に、なんでそんな真剣になってるの?」


 呆れたエイネの言葉であった。

 ヴェイセルはがっくりと肩を落とす。


「雪祭りで出す予定なんだよ」

「えー。こんな冬に? ヴェルくん、熱でもあるの?」

「いやだからさ、その熱源を――」


 ヴェイセルが説明をしようとすると、リーシャとミティラが入ってきた。そして早速尋ねるのだ。


「ヴェイセル。準備はできたか?」

「いえ、今説明していたところです」

「なるほど。エイネ、いつ頃、ダンジョンに行けそうだ?」


 リーシャが尋ねると、エイネが首を傾げた。


「ヴェルくん、ダンジョンに行くの?」

「だからそう言って――なかったな」


 思い返してみると、一度もそう言ってはいない。ただ、機神兵を借りたいとだけしか告げていない。


「エイネちゃん。ヴィーくんからなにを聞いたの?」

「えっとね、ヴェルくんがミティラの尻に敷かれている話。あと、かき氷を作れるかって」

「……ヴィーくん、なにしてたの?」


 ミティラの呆れた視線がヴェイセルに突き刺さる。


「リーシャ様が雪祭りをしたいと言うので、頑張ってたんですよ?」

「雪祭りがしたいと張り切ったのは私ではないぞ。ヴェイセル、お前だ」

「そんな……」


 口々に言われてしまって、へこたれるヴェイセルであった。

 そんな彼らであったが、ミティラが説明していくと、エイネの狐耳が立った。


「あのダンジョンに行くの!? それなら鉱石もいっぱいだ! レシアから、クリスタルゴーレム借りてこないと!」


 張り切る彼女に、ヴェイセルは困惑せずにはいられない。


「え、まだ鉱石ほしいの? さっき、燃料が――むぎゅ」


 ヴェイセルが言おうとしたところで、赤い尻尾が顔を覆ってきた。そしてエイネはヴェイセルの手を引っ張って、


「さあ、研究所に行くぞー」


 と飛び出してしまう。燃料の話は秘密にしろということらしい。

 引っ張られながら、地面にずるずると跡をつけていた魔導師は、やがて研究所に到着する。


 そして研究中と思しきレシアが、二人に厄介そうな視線を向けてきた。

 けれどエイネはおかまいなし。


「今日もいい天気だね、レシア」

「さっき、吹雪いていた」

「ところでダンジョンに行くから、クリスタルゴーレムを貸してほしいんだ。ヴェルくんが、たくさん鉱石を掘ってくれるんだって」

「ちょっと待て、そんなこと言ってないんだけど……」


 ヴェイセルはすっかり、エイネのペースに持っていかれてしまっていた。

 レシアはクリスタルゴーレムのところに向かうと、それから尻尾を振ってみる。あれで意志の疎通ができるのだろうか、とヴェイセルは自分の魔物でありながらに思うのだ。


「あ、それでヴェルくんがね、魔物を捕まえたいんだって。燃える魔物を捕まえて、金属精錬の手伝いをしてくれるんだー」

「そんなこと、一言も発してないんだけど……」

「ヴェルっち。魔物。捕まえる」


 レシアはそれで興味が惹かれたらしい。

 レアな魔物であるクリスタルゴーレムが取れたのも、あそこだった。


「炎の魔物がほしいんだ。できれば、出したり消したりできるランク4以上の魔物。夏に燃えていられると、暑くてかなわないからね」


 ヴェイセルが告げると、レシアが白の尻尾をひょいと一振り。クリスタルゴーレムが荷物を持って動き出した。


 てくてくと彼女も歩いてきて外に出る。そして小首を傾げた。


「ヴェルっち。行かないの?」

「行きたくないけれど……はあ、仕方ないな」


 こうなっては、断るわけにもいかない。

 機神兵の側には、すでにリーシャとミティラ、そしていつの間にか来ているイリナ。


「さあ、ヴェルくん。早く行かなきゃ!」


 エイネが告げると、機神兵のアームが伸びてきて、ヴェイセルを掴んで背に乗せた。


「うーん。荷物じゃないんだから、もうちょっと丁寧に扱ってほしいものだ」

「布団に包まれてるんだから、似たようなものじゃない?」


 エイネの辛辣な言葉に、ヴェイセルはため息をまたしてもついた。すっかり息は白くなっていた。


 そして機神兵が北へと向かう中、眼下にゴブリンたちが見えた。

 ゴブリン専用温泉「小鬼の湯」はすっかり凍結している。


(そういえば、あのダンジョンにあった温泉はどうなっただろうか?)


 ヴェイセルはそんなことを考えながら、北のダンジョンへと進んでいく。そちらに近づくほどに寒気は強くなっていく。


 やがて目的のダンジョンの中に入ったヴェイセルは、ぬくぬくと心地よい暖かさを期待していたのだが、想像以上に温度が下がっていて、がっかりするのであった。


「前に来たときは汗が出るほどだったけれど、今回は全然だなあ」

「ヴィーくん。ちょっと調べてみるね」


 ミティラはノームを呼び出すと、この辺りの土地を調べさせ始める。

 その間、ヴェイセルはヤタガラスの魔法道具を用いて地上を探し始めた。そうすると、岩の茶色ばかりの中に、明るい赤が見えてきた。


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