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6 お姫様、わがままを言ってみる

「遅いじゃないか……って、なんでそれ持ってきてるんだ?」


 天狐に寄りかかっていたリーシャは、ヴェイセルの狐のぬいぐるみを見て、頬を膨らませる。


「リーシャ様のお気に入りと聞いて持ってきたのですが……お気に召しませんでした?」

「そんなことはない……いや、でも……ミティラのやつめ、余計なことを吹き込みおって……」


 不満げな態度のまま、リーシャは狐のぬいぐるみを抱きかかえる。ぎゅっと握った姿は年相応の女の子にしか見えない。


 リーシャとしては、幼く見えるためこんなところはヴェイセルに見せたくなかったのだ。そして予想どおり、彼はちょっぴり笑い気味になった。


「なんだよー、私が持ってるのがそんなにおかしいか」

「いえ、そんなことはありませんよ。とても可愛らしいです」

「か、かかかわいいって……そ、そうだな。うん、とても可愛いぬいぐるみだろう! 誕生日にもらったんだ。普段は小遣いもなかったからな。ずっと大切にしてきたんだ」


 リーシャが小遣いなしになったのは、ヴェイセルのために前借りしたからである。


「あ……リーシャ様、ごめんなさい」

「ん? ああ、気にするな。私は私の選択に不満はないぞ。とびっきり上等なお金の使い方をしたと思っている。これでもうちょっと、働いてくれればいいんだがな?」

「善処します」


 ちょっぴり機嫌のよくなったリーシャは、寝床を整えているヴェイセルを眺める。いつも寝ている彼は、ベッドメイキングなどお手の物であるようだ。彼女と違って、随分手際がいい。


「どうかしました?」

「なんでもない」

「そうですか。もうちょっと待っててくださいね」


 毛布が敷き終わると、普段と違ってちょっぴり堅いその上に寝転がるリーシャ。だけど、今はそんなことも気にならなかった。別のことで頭の中はいっぱいだったから。


 そうしている間に、ヴェイセルはいつの間にか馬車の外に出て、懐から黒い羽を取り出していた。それは手のひらを離れてひらりと舞ったかと思えば、三つ足の黒い鳥の姿になって闇夜の中へと消えていく。


 魔法道具だ。


 精霊契約を済ませて使う魔法が、魔物へと常時魔力を供給する必要があるのに対し、魔法道具は使用時のみ魔力を使えばいい利点がある。


 しかし、取り扱いが難しいことや、消耗品であること、魔法ほどの威力が出ないことから、積極的に使っていく者はいない。


 リーシャはそんな彼を見て、


(もしあのとき……私が魔法を使うなと言わなければ、ヴェイセルが魔法道具に長けることもなかったんだろうか)


 と、昼間の出来事を思い出さずにはいられなかった。


 そうしていると、ヴェイセルが戻ってきて、馬車の中で魔法道具を使用する。小瓶の中で燃えていた炎が一度膨れ上がったかと思えば、すぐに薄暗い色にまで変化する。


 そしてリーシャのことを心配してくれる。


「温度はどうですか? 寒くないですか?」

「ああ、問題ないぞ」

「それはよかったです」


 どっかと腰を下ろし、燃える炎をぼんやりと眺めるヴェイセルから、リーシャは目が離せなくなる。なんだか自分の知らない姿にも思われて。


 だからリーシャは、先ほどまでは一緒にいてくれるだけいいと思っていたのだが、もうちょっとだけ、わがままを言ってみたくなった。


「なあヴェイセル」

「なんですか?」

「どうしてそんなことをしてるんだ?」

「リーシャ様が言ったからですよ。不寝番をしてるんです」


 ヴェイセルはなかなかにやる気がない男だが、リーシャが言ったことだけはしっかり守ってくれる。もちろん、失敗することも多いが。


 そんな彼を見ていると、リーシャは尋ねずにはいられなくなった。


「……じゃあ、私が言ったら、なんでもしてくれるのか?」

「その内容にもよりますが……できる限り、希望に添いたいと思います」


 律儀な回答である。やる気なし魔導師のものとは思えないほどに。


「あのな、ヴェイセル。なんだか寒い気がする」

「では、温度を上げますね」

「いや、それはいい。それはいいから……お前もちょっと、こっちに来てくれ」


 言われるがままに、ヴェイセルはリーシャのところまで来てくれる。


「あの――」


 声をかけようとしたヴェイセルに、リーシャは自分がくるまっている毛布をかけた。

 とうとうやってしまった。


(子供っぽいと思われただろうか? それとも、はしたないと思われただろうか?)


 そんな思いを隠すように、リーシャは言い訳を口にする。


「二人でいるほうが暖かいと、書物で読んだことがある」

「ええ、そうでしょうけれど」

「だから、もうちょっと、こっちに来るといい」


 顔を逸らしながら言うリーシャへと、困惑気味なヴェイセルが距離を詰めてくる。そうすると、指先が彼女の尻尾に触れた。


「あっ。……近すぎるぞ」

「すみません」

「だからって、そんなに離れなくてもいい」

「わかりました」


 ちょっぴりわがままな注文もヴェイセルは聞いてくれる。

 そうしているうちに、このお姫様はすやすやと寝息を立て始めた。



    ◇



 その晩、ヴェイセルは隣のリーシャの寝息を聞きながら、考え事をしていた。

 なんだか緊張して寝つけなかったというのもあるが、なにより、今はそんな気分ではなかった。


 彼女と出会ったのは、見識を広めるために隣国にやってきていたときのことだ。それ以来、リーシャが外に出ていたという話は特に聞いていないため、こんな屋外で寝る経験なんてありゃしないだろう。


 そう考えると、昔といい今といい、自分は彼女の人生を随分と変えてしまったのではないか、という結論に行き着いてしまう。


 こんなにも近くにいる少女に、手を伸ばせば届く距離にいる彼女に、ヴェイセルは触れることすらできなかった。


 狐人族の国で、新人族に向けられる視線は望ましくない。そうわかっているから、彼女までなにかと巻き込む気はなかった。


 けれど、こんな人もいない田舎に来てしまえば、そんなことも関係なかろう。


 そんな矛盾した思いを抱いていたヴェイセルだったが、遠方の視覚情報が入ってきた。先ほど用いた魔法道具で、周囲を探り続けていたのだ。


 あの黒い鳥――ヤタガラスは視界を共有することができる魔法を用いることができ、その力を利用したのだ。


 リーシャを起こさないようにゆっくりと丁寧に毛布をめくって、そしてヴェイセルは抜け出した。


 寝ている彼女を一瞥すると、北に視線を向ける。

 そこには夜警に立っている兵たちの姿があった。そして大剣を構えたおっさんの姿も。


「……ヴェイセルか。その様子だと気づいてるようじゃないか」


 ジェラルドのおっさんが真剣な顔で見てくる。


 ヴェイセルはこのおっさんも頭を使うことがあるのか、と感心していた。だが、おっさんが得意げに話し始めると、肩を落とした。長話になりそうだったから。


「盗賊の被害があったのはこの村じゃねえ。ってことは、ここが盗賊の村だったってことよ。どこかに今も潜んで――」

「北に三十九人潜んでいる」

「なんだと!? そんな数、ここにいる人数じゃ――」

「おい、大きい声を出すな。リーシャ様はな、夜中に一度目が覚めたら、なかなか寝つけないんだ」


 状況にそぐわないヴェイセルの言葉に、ジェラルドのおっさんは口を噤みつつも、口を不満げに曲げた。


 しかし、ヴェイセルはそちらに配慮することはなかった。


「彼らにはすぐに退去願おう。リーシャ様には天狐がいて、匂いですぐにわかってしまうから、穏便にな」


 先ほどと同じようにリーシャを中心とした言葉を言い終わると、獣の尾で作られた魔法道具を用いる。途端、力と俊足が与えられ、ジェラルドを掲げて北へと駆け出した。


 その速さにおっさんは驚きのあまり、なにも言えなくなる。


「お、おいヴェイセル! どうする気――」


 ようやく言葉をひねり出したとき、前には数十人の男がいた。

 慌てるおっさんを放り投げたヴェイセルは、男の前に立つ。


「なんだてめえ!」

「取り込み中悪いが、ここから去ってもらおう」

「はっ! 一人でなにができる! おい、オークロード!」


 呼びかけに答え、豚頭の魔物の頂点に立つ存在が現れた。オークの中でも上位の種であり、ランク3の魔物に属する。


 ジェラルドが咄嗟に剣を構え、表情に焦りを浮かべる。ランク3の魔物は、盗賊にしては強力すぎる魔物だからだ。


「あいつをひねり潰せ!」


 男が声を上げた瞬間、オークロードが動いた。

 だが、それは男の予想とはまるで違ったものだった。


 豚の肉体が地に倒れている。そして、その頭上でゆらゆらと浮かんでいるのは、鎌を持った死神。魂を引きはがすと言われている魔物レイスだ。


 その目玉のない眼窩が男たちに向けられていた。


 そしてその背後には、死神よりもよほどぞっとするほど冷たい視線を向けるヴェイセルがいる。その手には模様が刻まれた骨片があった。


「ひ、ひぃ! な、なんでレイスが! ランク5の化け物がこんなところに!?」


 慌てて後じさりした男たちだったが、次の瞬間、彼らの肉体を刃が通り過ぎていった。


 胴体を真っ二つに切られた感覚に男は震えたが、彼らはまったくの無事。どういうことかと見上げると、そこにはふわふわと浮かぶ光の球がいくつもあった。


 レイスが使える魔法は、鎌で一撃で切り殺すほどのダメージを与える代わりに、魂を奪うことができるというものだ。


 ヴェイセルは一歩、その男の前に出る。


「お前たちの命は預かった。妙な動きをした瞬間、それはなくなるものと思え。お前たちはこれから、避難民として南へ向かえ。そして王都に着いたところで盗賊として自首しろ。余計なことは口にするな。わかったか?」


 そう言われて盗賊たちは、もう頷くことしかできなかった。意思に反すると取られた瞬間、この男は間違いなくためらいもなく命を奪う人間であると直感したのだ。


 ヴェイセルはその死神を身に宿し、姿を消しておく。リーシャが見たら眠れなくなってしまう、と。


「おっさん。あいつらの案内頼むよ」

「は……? あ、ああ。それはわかったが……」

「俺はすぐに戻らないといけないんだ。万が一、リーシャ様が目を覚ましたとき隣にいなかったら、一日不機嫌になってしまうからな。それじゃあ」


 圧倒的な力を見せつけた魔導師は、あっという間に去っていく。

 しかし、レイスの影響が消えたわけではない。


 その場の者たちは一様に呆然としていたが、やがてジェラルドは


「これから移動する。ついてこい」


 と、盗賊たちを連れて南へ向かい始めた。

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