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55 初雪と少女たち

長らく期間が空いてしまいましたが、4章の更新を始めます。


 窓から差し込む日差しの眩しい朝だった。

 ヴェイセルは思わず身じろぎして、その光から逃れるように寝返りを打つ。そうすると、それまで自分の体温で暖まっていたところと違う部分に触れることになる。


「さむ……!」


 慌ててもう一度寝返りを打って、元の体勢に戻る。


 それから彼はふと思い出して、魔力を用いる。ヴェイセルの布団はエイネ特製のフェニックスの魔法道具なのだ。


 一瞬で布団はあったまり、ぬくぬくして心地よい。ずっとこんな時間が続けばいいのに。そう思うヴェイセルであったが、ドンドンと窓が叩かれた。


「見ろヴェイセル! 雪だぞ!」


 ガラス越しに聞こえてくるリーシャの声を聞きながら、ヴェイセルは眠っていることにした。


 そうすると、窓を叩く激しさが増してくる。このままでは、きっと割られてしまう。そうなったら、寒気が一気に入ってきてしまう。かといって寝たままでいるわけにもいかない。


 ヴェイセルはさんざん悩んでいたが、リーシャの声に苛立ちが含まれてきているのを感じ取ると、布団を抜け出して、欠伸をしながら窓際に赴いた。


 外にはうっすらと雪が積もっている。地面はすっかり白くなっており、窓に近づくだけでも外の冷え込みが感じられる。


「リーシャ様、こんな朝からどうしたんですか?」

「ようやく起きてきたか。このお寝坊魔導師め。雪が降ったんだぞ」

「ええ、そうですね」

「……ほかになにか言うことはないのか?」

「すっかり寒くなりましたね。お布団が恋しい季節になりました。おやすみなさい」


 ヴェイセルはベッドに戻ろうとするのだが、リーシャは窓をバシバシと叩く。いまだにヴェイセルは開けてすらいなかったのである。


「お前も早く来るんだ! 村の見回りをするぞ!」


 リーシャはそう言うので、放っておくわけにもいかない。ヴェイセルは渋々、朝から出かけることになったのである。



    ◇



「うぅ、寒い。なんで朝から動かないといけないんだ……」


 外に出るなり、吹き付ける風の寒さにヴェイセルは涙目になった。しかし、そんな彼とは対照的にリーシャは元気いっぱいである。


「情けないな。これからもっと寒くなるんだぞ。そんなんでやっていけるのか?」

「やっていけませんので、かわいそうな魔導師に思いやりとお布団をください」

「動けば暖まるから心配するな! 行くぞ!」


 ご機嫌なリーシャの後ろについていくヴェイセルは、揺れる金色尻尾を見て、


(うーん、あったかそうだ。いいなあ。あれほしいなあ。でも、掴んでたらリーシャ様怒るだろうな……)


 などと思うのだ。

 さて、そうして歩いていくと、マモリンゴが見えてくる。すでに収穫は終わり葉は落ちて、枝ばかりになったところに、白い雪がうっすらとかかっている。


 近くにアルラウネのつぼみもない。彼女は元々寒い地域の魔物ではなく、暖かいところで日向ぼっこしているのを好んでいる。だから今はミティラの家の中にいるのだろう。


(いいなあ、俺も暖かい家でごろごろしていたいものだ)


 ヴェイセルが吐く息はすっかり白くなっている。

 それから養蜂場に行けば、コガネバチたちはすっかり巣の中に引っ込んでしまっている。身を寄せ合って蜂球を作っているのだろう。


 それと同様に鶏小屋ではコケッコーたちが寄り添って、じっとしたまま体を温めている。

 まだ大丈夫かもしれないが、これ以上寒くなればなんらかの対策が必要になるかもしれない。


 そうして見回っていると、ヴェイセルは雪の中に紛れてしまうような白い尻尾を見つけた。レシアはふわふわとした大きな尻尾を外に出しつつも、自身はやけに着ぶくれしている。普段の三倍くらいの体積がありそうだ。


 彼女はいくつも積み重ねられたワイン樽からゴブリンを取り出していた。あれから、これがそのままゴブの巣になってしまったのである。


 レシアは樽の蓋を開けると、そこからゴブリンの頭を引っ張り出す。災難であるが、眠たい目をこすっているゴブリンたちは、朝から体操をさせられていた。


 気を抜けば、レシアが連れているクリスタルゴーレムが無理にでも動かすため、サボる暇もないようだ。


「レシア、なにやってるんだ?」

「運動」

「それは見たらわかる」

「人も魔物も動かないとだめになる」


 彼女はじっとヴェイセルを見つめる。

 反論したいが、反論するとヴェイセルの行いも批判されてしまう。そこで彼は話題を変えることにした。


「ゴブリンに寒そうなことさせておいて、レシアは随分温かそうじゃないか。中になに着てるんだ?」


 ヴェイセルがじっと眺めると、レシアは表情を変えないまま体を抱くようにして告げた。


「下着を見たいなんて……えっち」

「なんで下着なんだよ。膨れてるからちょっと気になっただけじゃないか」


 ヴェイセルがため息をつくと、レシアは彼の手を取ってやけにもこもこになった衣服のところに持っていく。


「……コケッコーの羽毛か」

「イリナがくれた」


 レシアが上着を軽く叩いてぼふぼふと音を鳴らしながら自慢する。ヴェイセルも作ってもらおうかなあ、などと考える。


 しかし、それよりもレシアの尻尾のほうが気になる。この白い尻尾はとても温かそうなのである。


 ヴェイセルがそちらを眺めていると、視界の端で金色の尻尾が揺れている。

 リーシャは全然気にした様子ではない素振りを装いながら、ちらちらとヴェイセルを眺めていた。


(なるほど、リーシャ様は早く見回りの続きをしたいんだな。レシアの邪魔をしても悪い)


 ヴェイセルはそう解釈すると、


「リーシャ様。それじゃあ見回りに行きましょうか」


 そう告げるのだ。少しあっけにとられていたリーシャだったが、ヴェイセルを見て呆れつつもそういうことになった。


 別のところに移動していく二人だったが、ふと近くを見れば、何食わぬ顔で隣を歩いているゴブリンの姿がある。うまいことレシアから逃げてきたらしい。


(どうせあとでサボったってバレるのになあ)


 そんなことを思いつつ歩いていたヴェイセルだったが、浄化槽まで行くと、すっかりスライムの入っていた水が凍っている。


「ヴェイセル、大丈夫なのか?」

「うーん。どうでしょうね? 死んではいないと思いますが、活動停止しているかもしれません」


 二人でスライムの心配をしているのを余所に、ゴブリンは氷を見て嬉しげに駆けていく。そして両手を羽のように広げ片足で、すーっと滑っていく。


 軽やかに跳躍し、回転しながらどうだといわんばかりの顔で見てくるゴブリン。


 そして優雅に着地――するかと思いきや、パリンと氷が割れた。


「ゴブゥー!?」


 叫び声を聞きながら、ヴェイセルは冷静であった。


「そりゃそうなるよな」

「表面しか凍ってないからな。全部凍っていたら、スライムもどうなっていることか」

「あんな冷えた水に入るなんて、酔狂なゴブリンもいるものだ」


 呑気な会話をしていると、青白い顔をしたゴブリンが上がってくる。そしてぶるぶると震えると、ガチガチと歯を鳴らす。


 そんなゴブリンを見ていて、ヴェイセルはふと思い出した。


「そうだ、工房に行こう」

「なにかあるのか?」

「あそこは火を使っていますし、前にフェニックスで作った温風が出る魔法道具もあるはずです」

「なんだ、ただ暖を取りたいだけじゃないか」


 そう言いつつも、リーシャも一緒についてくる。

 呑気なヴェイセルは


(やっぱりリーシャ様も寒かったんだろうなあ)


 などと思うのであった。


 それから工房に入ると、そこにはミティラとイリナの姿があった。


「あれ、二人とも暖まりに来たのか?」

「もう、ヴィーくんと一緒にしないでよ。燃料がなくなっちゃったから、分けてもらいに来たんだよ」

「なるほどなあ。工房はよく使うから、たくさん配分されてるか」


 機神兵は魔力を燃料として動いているため、内燃機関などは必要ない。

 ヴェイセルは目的であるフェニックスの魔法道具をエイネから借りると、濡れているゴブリンに温風を当てて乾かしていく。


 エイネは二人に燃料を分けつつも、


「予定していたよりも寒いみたいだから、このままだとなくなっちゃうかも?」


 などという。

 それに対してリーシャは


「ならば、王都から持ってくるようにしないといけないな。こんなに寒くなるとは思っていなかったから、備蓄もそんなにないはずだ」


 などと今後の予定を立て始める。大規模な物資の搬入には最高責任者である彼女が関わっているのだ。


 そうして危機感を抱いている四人たちに対し、ヴェイセルはいつもの調子であった。


「寒くなったんですから、一日中お布団で過ごしましょうよ。燃料がなくてもあったかいですよ」

「そんなこと言うヴェルくんのお布団は改造して、灼熱地獄にしてやるっ!」


 エイネならば本気でやりかねない。余計なことを言わなければよかったと思う魔導師であったが、ときすでに遅し。


「ヴィーくん。今までこれほど急に寒冷化した例もなかったみたいだから、ダンジョンが関わっているかもしれないの。調査に行かない?」


 ミティラは提案の形を取っているが、ヴェイセルに拒否権はないようだ。

 リーシャはもう決定済みとばかりの顔をしているし、イリナは「お弁当作りますね!」などとお出かけを楽しみにしている。そしてエイネも普段は軽装なのに、いつの間にかこちらも三倍くらいまで膨れ上がっていた。もこもこである。


「さあヴェルくん、お出かけだ! 動物だって冬眠する前には頑張って働くんだよ?」

「はあ、朝からたたき起こされた魔導師に思いやりをくれる人はいないのか」


 ヴェイセルは少女たちの暖かい歓迎を受けながら、うなだれた。

 落ち込んでいると、手を止めている間に熱風を同じところに浴び続けていたゴブリンが熱さのあまり跳び上がって悲鳴を上げた。



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