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54 お祭りと少女たち


 その日、北の開拓村はこれまでにない賑わいを見せていた。

 住人がせいぜい百数十人しかいないこの村だが(ゴブリンなどを合わせればその倍近くにはなるが)、今は数百人もの人が集まっている。


 彼らのお目当ては、ここで取れたワインやミード、シードルだ。まだワインは熟成していないものゆえに、さほど完成度が高いものではないが、普通はダンジョンでしか取れない仰天ブドウを用いたものということで平民では滅多に口にできないものだ。


 遠方からの旅費よりもずっと高いものが、破格の安さで提供されるのだから、酒好きには嬉しいイベントだった。


 そんな村では、本来は戦いを生業にしている屈強な兵たちがそこかしこにいるため(というより、兵しかいないのだが)、酔っ払って暴れる者もいない。


 だから酒宴とはいえ、平和なものだった。


 そしてヴェイセルは、アルラウネと一緒に村を見て回っている。今日は尻尾と一緒ではなかった。


 先ほどまではアルラウネと一緒にお昼寝していたのだが、なにか問題がないかと、あちこち調べるように指令が下されてしまったのだ。


 これほど人が多くなったこともあって、いつもの少女たちは皆忙しそうにしていたため、ヴェイセルも渋々、働くことにしたのである。


 そうして二人で歩いていると、アルラウネは隣でにこにこしている。はにかみながらヴェイセルと手を繋いでいるのだ。


 そんな彼女の気も知らず、呑気な魔導師は欠伸を交えつつ、賑やかな人々の姿に視線を向けていた。


(うーん。皆よく、朝からこんなにはしゃげるなあ。眠くないんだろうか?)


 不思議に思うヴェイセルであった。

 そんな彼はあまり人付き合いが得意なほうではなかったので、人混みから逃れるように移動していると、できたばかりのワイン樽の工場が目に入った。


 そこでは王都から職人たちが招かれており、匠の技を見せている。これからここで勤務してもらうことになっているのだ。そんな様子を見ているのは、ゴブリンたち。


 しきりにゴブゴブと言いながら頷いているが、本当にわかっているのかは疑問である。

 とはいえ、ここの開拓村での作業も分担が進んできているため、こちらで専門に手伝うゴブリンがいてもおかしくはない。最悪、荷運びくらいの役には立つだろう。


 そしてそこでは、赤い尻尾もぱたぱたと動いている。


「あ、ヴェルくんだ。どうしたの? 邪魔だからって追い出された?」

「どうして俺を見ただけでそんな感想が出てくるんだ。どう見ても立派な魔導師が巡回している姿じゃないか」

「うんうん、すごく立派な寝癖だね!」


 ヴェイセルは言われて頭を撫でると、毛がぴょんと跳ねている。どうやら、アルラウネの花弁で寝ていたときについてしまったらしい。


「……チャームポイントだ」


 そう言うヴェイセルに肩をすくめるエイネだったが、それから機神兵を用いて鉄板の加工に忙しそうにする。


 工房からこちらに出張してきているのだ。遊んでいる魔導師とは違うのである。

 ここでも樽作りを見学している者もいるが、彼らを案内しているのはゴブリンだ。ゴブゴブと言うが、説明を理解できているかははなはだ疑問であった。


 邪魔になっても悪い、とヴェイセルはアルラウネと一緒に見回りを続ける。


 そうして村から少し外れたところを歩いていると、ゴブリンの声が聞こえてきた。見れば、そちらでは色とりどりに顔に模様を塗ったゴブリンがいる。そのリーダーは、レッドゴブリンだ。


 なにをしているのかと言えば、曲芸をしている。それを指揮しているのは、真っ白な尻尾だ。


 レシアはほとんど無言だが、ゴブリンたちをうまく操っている。以前の祭りでも出し物をやっていたこともあって、ゴブリンどもも慣れているのだろう。


 それを見たヴェイセルは、


(レシアはすごいな。ゴブリンをまるで手足のように扱っている)


 と、自分の魔物だというのに感心するのだった。


 観客はさほど多くないが、酒が入っていればくだらないゴブリンの姿にも笑いが起きる。


 アルラウネがくいくいとヴェイセルの服を引っ張るので、彼もその意図を理解して、客席に並んで見物することにした。


「なにか飲むかい?」


 ヴェイセルが尋ねると、アルラウネは首を横に振る。

 彼女は素面だというのに楽しげにしていた。一方でヴェイセルは、


(うーん。ゴブリンも災難だなあ。こんなに働かされて。それにしてもアルラウネは一体、なにが楽しいのだろう?)


 ゴブリンを見てこれまた欠伸をするのだった。


 出し物が一旦終わると、レシアがやってくる。


「お疲れ様。大好評みたいだな」


 褒めると、表情こそほとんど変わらないが、胸を張ってみせるレシアだった。

 そんな彼女は、ヴェイセルの寝癖をつまんだ後、


「整髪剤」


 とだけ告げると、引っ張っていく。


(なるほど。ゴブリンに化粧とかしていたから、そういうものも用意していたんだろう。直してくれるとは、なかなか親切じゃないか)


 そう思いつつも、


(ゴブリンに毛なんてあったか?)


 とも思うのだった。

 ともかく、ヴェイセルはそうしてレシアによって整髪剤をつけられることになった。


 ヴェイセルが座っていると、レシアは整髪剤を手に取って、彼の髪をいじり始める。そうすると、ヴェイセルは笑いを堪えているようなアルラウネの表情を目にすることになった。


 そして彼女は近くにあった鏡を持ってくる。そこに映っている魔導師の髪は、元気に飛び跳ねて、あたかも狐耳のようになっていた。


「レシア、これはどういうことだ?」

「お揃い」


 そう言いながら彼女は白い耳をぱたぱたと動かして見せた。


(……なるほど。確かに寝癖を直すとは言ってなかった!)


 納得するヴェイセル。彼は彼で、なかなか柔軟な思考をしていた。そして彼の最大の特徴は、やる気がないこと。直すのも面倒だと、そのまま見回りを続けることにした。


 それから賑やかなほうへと近づいていくと、そこでは働くイリナとミティラの姿があった。そしてジェラルドの奥さんも一緒だ。


 給仕はほとんど兵たち、あるいはゴブリンが行っている。

 どうやら、あのできたての兵たちの食堂で働くゴブリンも決まっていたようだ。皿洗いや注文などもこなしている。


 が、どうにもすっころんで料理をぶちまけるのではないか、とハラハラしてしまうのはなぜだろうか。


 ヴェイセルは何食わぬ顔でアルラウネと一緒に席に着くと、料理を注文する。


「アップルパイとブドウのゼリーがいいな。アルラウネは……ブドウのスムージーで」


 ゴブリンはさらさらとメモを取る。


(……こいつ、文字なんて書けたのか!?)


 気になってヴェイセルはそちらに視線を向ける。すると、そこには記号がいくつか書かれているだけだった。


(なるほど。それだけならゴブリンでも覚えられるか)


 ほっとするヴェイセルであった。

 さて、少ししてやってきたアップルパイをヴェイセルは口にする。ぱりぱりと心地よい音。そしてやってくるリンゴの甘み。


 上品なのに、くせになる味だ。


 アルラウネもスムージーを飲みながら、にこにこしている。彼女のほうもおいしいのだろう、とヴェイセルは思うのだ。


 そうしていると、暇ができたイリナとミティラがやってきた。


「ヴェイセルさん! お腹空いてたんですか!? たくさん作りますよ! ドンドン食べてください!」

「ちょっと待てイリナ。特大サイズのアップルパイ作ろうとするのはやめてくれ」


 尻尾を激しく揺らしながら張り切るイリナを制するヴェイセル。

 そんなヴェイセルを見て笑うミティラは、彼の頭に作られた耳モドキをつっつく。


「ヴィーくん。女の子の好意は素直に受け取っておくものよ?」

「なるほどなあ。ミティラ、いつもありがとう。さっきのアップルパイ、作ったのミティラだろう?」


 意外そうな顔をするミティラ。


「……味の違いとかわかるの?」

「いや、さっき作ってるところ、見てたんだ」

「そんなことだと思った」


 笑いながらも、ミティラは嬉しそうにしていた。


「ヴィーくんでも好意、気づくことあるんだ?」

「当たり前だろう。いつも世話になってるからな。これで厚意(・・)に感謝しないわけにはいかないさ」


 ヴェイセルが言うと、ミティラは髪をくるくると弄んでいた。

 それからイリナがふと、思い出す。


「そういえば、もうそろそろじゃないですか? リーシャ様の出番」

「ヴィーくん。行ってあげないと、今頃寂しくて不安でちっちゃくなってるはずよ」


 そう言われてヴェイセルは、


「そうですね。見回りも問題ないことを知らせて安心させたいですし、行ってきます」


 見回りなどろくにしていないのに、この台詞である。

 アルラウネは食堂が少し忙しくなったこともあって、ここで手伝っていくそうだ。


 一人で賑やかな広場のほうへと向かっていくヴェイセルは、やがてそこで、樽の中に仰天ブドウが詰められているのが見えてきた。


(はて、リーシャ様はどこだろう?)


 ヴェイセルは見回した後、近くのテントに気がついた。

 そこにひょいと顔を覗かせた彼は、リーシャの姿を見つける。


 今は普段のドレスとは違って、どことなく村娘っぽい雰囲気のあるスカートを身につけていた。しかし、それでも生来の気品は隠せないものである。


(こんな格好のリーシャ様も可愛いなあ)


 ヴェイセルが眺めていると、リーシャが気がついた。


「なんだお前、その頭」


 苦笑するリーシャに、ヴェイセルは胸を張って見せた。


「リーシャ様が緊張していると思って、和らげてあげようと思ったんですよ」

「お前がそんな機転が利くとはな」

「いつだって、リーシャ様のことを考えていますからね」


 それはそれで嘘ではない。もちろん、彼の頭の理由は、今思いついただけだが。

 そんなヴェイセルを見ていたリーシャは、やがておずおずと尋ねてくる。


「なあヴェイセル。その……この格好、変じゃないか?」

「全然そんなことないですよ。とても素敵です」

「本当か?」

「ええ、もちろんですよ」


 リーシャはうつむきがちになりながらも、金色の尻尾をぱたぱたと振る。

 それから彼女はやはり心配そうな顔になった。


 リーシャは出し物としてブドウ踏みの実演をすることになっていたのだ。それだけでは盛り上がらないということで、ちょっとした躍りもすることになっている。


 だから失敗しないかと不安になっているのだ。


「大丈夫ですよ、リーシャ様。気負わないでください。いつだってこのヴェイセル、リーシャ様のために働きますから」

「……お前がそんなことを言うなんて、よほど情けない顔を見せてしまったのか。これは頑張らないといけないな」


 苦笑するリーシャだったが、元気になったようだ。ヴェイセルは満足げな顔をする。


「では、俺は外に出ていますね」

「うむ。見ているといい。……ちゃんと見てるんだぞ?」

「もちろんですよ」


 ヴェイセルはテントの外に出て、近いところで待機している。

 そうしていると、やがてリーシャが出てきた。客たちは、このコーヤン国のお姫様がブドウ踏みをするということで、興味津々だったのだが、はにかみながらも出てきた彼女の姿を見るとすっかり心を奪われる。


(やはりリーシャ様は素敵だからなあ)


 そんなことを思うヴェイセルは、やがてリーシャがスカートの裾をつまんで挨拶した後、ブドウ踏みを始める姿を眺める。


 彼女がブドウを踏むと、パンッと仰天ブドウが心地よい音を奏でる。

 リズミカルに彼女はステップを踏むと、ちょっとぎこちないながらも、愛らしい踊りを見せるのだ。


 それに合わせて、ヴェイセルは手拍子を打つ。すると観客たちも一緒に始めた。

 今はその一体感が心地よい。


 あれほど寂れた寒村は今、賑やかな音で満たされていた。

 人々の顔に笑みが浮かび、楽しげな声が上がる。


 そして魔導師は、大切なお姫様が嬉しげにしている姿を見守る。

 これからこの村はもっと発展していくだろう。そして彼女の笑顔も絶えないはず。


 晴天に賑やかな音が響き渡る。未来は晴れやかだった。



第三章 完

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