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53 やる気なし魔導師の見回り



 その日、ヴェイセルはアルラウネに寄りかかってお昼寝していた。

 彼を撫でているアルラウネの視線の先には、マモリンゴのほかに、仰天ブドウがなっている。


 ダンジョン産の作物は、魔力が濃いところでしか育たないが、その性質すらも変えてしまう常識外れの魔力を秘めた魔導師がいれば、村でも育てることが可能だった。


 その魔導師、今日は仰天ブドウを確認するという名目でお昼寝している。一応、やるべきことはやったのだ。ざっと眺めたところ、すでに果実がなっており、特に問題ないだろうと判断しただけで。


 というのも、普段はヴェイセル以外のものが手入れをしているのだから、彼が働く必要自体はあまりないのだ。作業しているのがゴブリンという不安要素はあるが。


 そうしてすやすやと寝息を立てていたヴェイセルだったが、


 カンカンッ!


 と小気味いい音が聞こえてきた。

 そして続いて


「ゴブッ!?」


 と間抜けな声も。


(うるさいな。まったく。今はお昼寝の時間だろうに。少しは考えてくれ)


 と、昼間からごろごろしていながらにして、この魔導師は不満に思うのだ。しかし、その音がやけに大きくなってくると、さすがに寝てもいられない。


 体を起こして音がするほうへと視線を向けると、木材にハンマーを打ちつけているゴブリンの姿が見えた。指が腫れているのは、間違えて自分の手を打ったのだろう。


「なにやってるんだあいつら……?」


 ヴェイセルは気になったので、欠伸をしつつそちらに向かっていく。

 そうすると、ゴブリンたちが作っているものが明らかになってきた。


 樽である。


 なるほど、どうやらワイナリーで熟成をするための樽を作っているようだ。

 ヴェイセルがそちらに赴くと、ゴブリンたちが彼に気づいて、ちょっと小馬鹿にしたような顔をしてくる。まったく、お前は昼間からごろごろして駄目なやつめ、とでも言いたげに。


 ヴェイセルはゴブリンにそんな視線を向けられるのは気にくわなかったが、作ってくれるというのであれば、気にはしない。そもそも、そんな人目を気にするくらいの常識があれば、今頃きびきび働いていたはずだ。


 ゴブリンが鼻高々にしており、一つの完成された樽を見せてくる。どうやら、もう使えるようになったらしい。


「ゴブッ!」


 どうだとばかりのゴブリン。ヴェイセルはうーん、と悩んだ後、リビングメイルに貯水槽から水を汲んでこさせる。


 そしてそれを樽に流し込むと――


「……思いっきり、漏れてるな」


 水は隙間からちょろちょろと流れ出てくる。欠陥品というレベルではない。

 慌てるゴブリンだが、所詮やつらの技術などこの程度である。そもそも、ここの兵たちにも樽作りをしたことがある者がいないため、指導もできないのだ。


「どうするんだこれ」


 ゴブの巣のスペースを確保するため切った木材を使ったのだろうが、このままではまったくの無駄遣いである。


 ゴブリンたちは集まって相談し始める。それから、使い物にならない樽を抱えて、ゴブの巣建設予定地に持っていった。そして樽の中にすっぽり収まると、蓋をしてしまう。穴があったら入りたいというやつだろうか。


「……家、あれでいいのかよ」


 狭いし堅いし暗くないか。

 そう思うヴェイセルだったが、ゴブリンはそもそもサイズが大きくないため、十分なのかもしれない。再利用するならそれはそれでいい。


 特に気にしないことにして、ヴェイセルはお昼寝を続行しようとする。

 が、そんなところにリーシャがひょいとやってきた。


「ヴェイセル。このワイン、どうだ?」

「昼から酒盛りですか。酔っ払ってしまうから控えてくださいね。まだお酒はリーシャ様には早いです」

「まったく、子供扱いするんじゃない。っと、そうじゃなくてだな……これは私が作ったんだぞ」


 えへん、と胸を張るリーシャ。

 どうやら、すでに収穫した仰天ブドウで作ったものらしい。かなり仕事が早い。


「リーシャ様はすごいですね」

「うむ。もっと褒めてもいいんだぞ?」

「いやはや、こんなにも早く作るなんて、度肝を抜かれてしまいました」


 ヴェイセルがお世辞を言うと、リーシャは満足げにしている。

 そんな彼女はヴェイセルにワインを少しだけグラスに注いで渡してきた。


 口をつけると、結構な甘みがある。


「……発酵の期間を短くしたんですね」

「試作品だからな。味が悪くないなら、これを祭りで出そうと思っているんだ」

「問題ないと思いますよ。ところで、確か瓶を使って作っていましたよね? 樽、間に合うんですか?」


 ゴブリンの進行ペースでは、試行錯誤を重ねても何年かかるかわからない。


「今回は樽は使わないことにしたんだ。ゴブリンも失敗ばかりだからな。その件に関しては、王都から職人に来てもらうことになったんだ。頑張って、頼んだんだぞ?」

「それはありがたいですね」

「うむ。ああ、そうだ。食堂ができたから、見てくるといい。お前もミティラが忙しいときは、そっちを利用するといい」


 そう言われるも、ヴェイセルはやっぱりミティラの料理がいいのであった。なにしろ、至れり尽くせりなのだから。


 あまり気が進まないも、とりあえずできたということだから、そちらに向かっていく。


 食堂は結構立派な外観で、中に入ると何十人もの分の席が用意されている。そして厨房には、見慣れない女性の姿があった。


 年齢は三十かそこら。綺麗な色の尻尾を上機嫌に揺らしている。


(わざわざ王都から呼んできたコックさんかな?)


 ヴェイセルはそんなことを考えていると、ジェラルドのおっさんが一緒になって、彼女とせっせと片付けを行っている姿が見える。


 王都から調理器具などいろいろ持ってきたものらしい。

 ヴェイセルはふと、近くを通りがかった兵に声をかけてみる。


「よくこんなおっさんばっかりのところに来てくれる人がいたものだなあ」


 兵はそれを聞き、困った顔になる。

 なにしろ、そういう魔導師はいつも可愛い女性に囲まれているのだから。


「……あの方は、ジェラルドさんの奥さんですよ」

「え、おっさん結婚してたの? あんなおっさんでも結婚できるなんて、世は理不尽なものだなあ」


 そんなことを言うヴェイセルに、兵はますます苦笑するしかなかった。

 これほどぐうたらした男の伴侶になる者は、いったいどれほど寛容なことか。あるいは、すっかり尻に敷いて働かせるのが上手な人かもしれない。


 ヴェイセルはここにいても仕方ないと、移動を始める。

 すでにワイン樽を作る小屋は建てられつつあるのが見える。それから暇な彼はミティラにお菓子でも作ってもらおうかな、などと思いながら彼女を探すのだが、見つからない。


 ミードを貯めている小屋をこっそり覗くと、イリナとミティラはせっせと作業しているところだった。


「イリナちゃん。そっちはどう?」

「バッチリです! もうお客さんにも出せますよ!」


 そんな会話を聞いていた小腹を減らした魔導師は、


(うーん。お菓子は諦めよう)


 そう思うのだった。それこそが、自分にできる最大の手伝いだと。

 作業に関わる気にはならないヴェイセルであった。あんなに忙しそうな環境は、彼には合わないのである。


 そして研究所に顔を覗かせれば、レシアは熱心にフラスコを傾けている。

 あの温泉で取ってきた湯の花の成分を調べたりしているらしい。そんな彼女はヴェイセルを見ると、


「ヴェルっち。飲んでみて?」


 そのフラスコをずいと近づけてきた。温泉を飲むという習慣がないこともないが……。


「ちょっと待て、それなにが含まれているんだ」

「大丈夫。健康に害はない……はず。まだ検証してないけど」

「実験台じゃないか。そういうのはゴブリンでやってくれ。あいつら数も多いし、研究しやすいだろう」


 レシアは不満げであったが、渋々そういうことにしたようだ。

 ここにいてはさらなる実験台にされてしまいそうだったので、ヴェイセルはすぐにそこを出て、隣の工房に入っていった。


 そこでは金属音を立てながら、エイネが作業を行っている。


「あ、ヴェルくん。いいところに」

「そう言われると、嫌な予感しかしないんだけど」

「実はね、ワイン樽の金具を頼まれちゃったから作っているんだけど、炎の調整やってくれないかなーって」


 ヴェイセルの返事も聞かずにエイネは彼の背を押して、機神兵の一部を使って拘束し、席に着かせる。


「あの、やるって言ってないんだけど」

「大まかな調節はこっちでやるから、魔法道具で微調整だけお願いねっ!」


 エイネはまったく話を聞く気がないようだった。


(うーん……食堂で寝ていればよかったかなあ?)


 などとヴェイセルは思いながら、皆が皆、祭りに向けて動いているのだな、と感心するのだった。


 これもリーシャの人徳のたまものであろう。

 少女たちはヴェイセルがいるから、こうして集まってきたのだが、そんなことはちっとも気づかない魔導師は、大きな欠伸をしながら働くのであった。


 もうすぐ、祭りの日はやってくる。

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