51 やる気なし魔導師はご飯にありつけない
開拓村は今日も平和であった。
村を警備しているリビングメイルには小鳥がとまってさえずっており、村外れには、ゴブリンたちが昼間からできたばかりのゴブリン専用温泉「小鬼の湯」(木箱に湯を入れただけ)に浸かっては息抜きしている。
北ではコガネバチがせっせと蜜を集めており、持ち帰った巣箱の近くでは世話係のゴブリンが暇をもてあまして鼻提灯を作っている。
そしてやる気なし魔導師は、せっつかれて家を追い出されたところだった。
「ヴェイセル! 頼んだぞ!」
そうリーシャに言われたのが先ほどのことである。
彼女もこれまでヴェイセルが働いていることを考慮して、起きてくるまでは待っていようとしてくれたのだが、この男、腹が減ったとき以外は、放っておけば日が沈むまで起きてこない。
それゆえに昼になると、起こされて仕事をすることになってしまったのだ。
「ダンジョンの作物か……うーん。そんなすぐに見つかるかなあ……リーシャ様も無茶を言う」
祭りの前に、それらを取ってくるのが彼に与えられた使命だ。
しかし、まずはその前にお昼ご飯を取らねばならない。それは生きるために必要な義務なのだ。
「ミティラ、ちょっといいかな?」
こんこん、とドアをノックするも、反応がない。
どうやら留守にしているらしい。つまるところ、皆はすでに昼食を終えてしまったのだろう。
(ああ、俺はいったい、どこで飯を食えばいいのだろう? 神はなぜこんなにも、俺に試練を与えたがるのだろうか)
ヴェイセルはお腹をさすりながら、てくてくと歩いていく。
と、そこで兵舎の近くに新しい建物が作られているのが見えてきた。
そこには、ミティラとイリナの姿もある。これが理由で留守にしていたようだ。ならば、こちらの用事が終われば、ご飯もくれるに違いない。
ヴェイセルは早速そちらに向かっていくと、ミティラがあれこれと指示していることがわかる。
「やあやあミティラ。元気にしていたかい?」
「たっぷり寝ているヴィーくんほどじゃないけれどね」
「ところで、これはなにを作っているんだ? あと俺のご飯は?」
ミティラに苦笑されつつも、ヴェイセルはこんな調子である。
「あのね、ヴィーくん。食堂を作っているところなんだよ」
「へえ。そうなんだ。……え、これまでなかったの?」
兵舎の中のことなど知らないヴェイセルがきょとんとすると、横から声が飛んできた。尻尾のないおっさん、ジェラルドだ。
「この村にある食堂はお前専用だろうが。俺たちはこれまで交代制で飯を作ってたんだよ。だが、お前さんがサボっていたから、俺たちがダンジョンの調査に行くことになった。だから調理をほかの人に任せることにしたんだ」
兵が多く出かけているため、飯の準備の時間がなくなったということである。
なるほど、と頷いていたヴェイセルだったが、はっとして声を上げた。
「……ちょっと待て。それはミティラがここで食堂を開くということか!? そしたら、俺の飯は誰が作るんだ!」
「自分で作れよ! というか、担当するのは別人だ」
「なんだ。そうか、よかった。じゃあこれまでどおり、俺はミティラの飯を食えるんだ」
ヴェイセルはほっとする。
大衆食堂となったら、忙しくなってしまうし、味もこれまでどおりとはいかない。いつ起きてくるかもわからない彼に合わせてくれることもなくなってしまうかもしれない。「ヴィーくん。今、仕込み中だからあとにして?」なんて言われたら、食事を取るタイミングを失って明日まで寝てしまうに違いない。
そんなヴェイセルが嬉しそうにしているのを見て、ミティラは上機嫌に尻尾を揺らす。この困った魔導師がすっかりミティラに食事を任せているのに対し、このほだされやすい少女も任される気分は悪くないのである。
「ヴィーくんは仕方ないなあ。でも、今日はごめんね。これから作業があるから、もうちょっと待っててね。あと、食材も切れかけているから、その間に、ダンジョンで取ってきてくれると嬉しいな」
「なるほど、じゃあおいしい料理のために頑張らないとな」
ヴェイセルが張り切る横でイリナはミティラに困ったような顔を向ける。
「あれ、食材って倉庫に――」
「しーっ。あんまり甘やかしちゃダメだよ。ヴィーくんだけだと不安だから、イリナちゃんもついていってあげて? ケルベロスに乗せてあげてね」
「はい! 任せてください!」
黒い尻尾をぶんぶんと揺れながら、イリナはヴェイセルの手を取って北へと向かっていく。
やる気なし魔導師の扱いが巧みな少女は、黒い尻尾の扱いもまたお手の物だった。
◇
ケルベロスに乗って、北へと向かっていたヴェイセルは、魔法道具でヤタガラスを用い、あちこち調べていた。
洞窟だったり、岩場だったり、あまり植物が生えそうにないところは無視して、おいしそうなものがありそうなところを探していく。
途中で川を見つけるも、のんびり釣りをするには、お腹が空きすぎている。
どうしたものかなあ、と思っていると、ぐう、とお腹が鳴る音が聞こえた。
イリナはヴェイセルのほうへと視線を向ける。
「俺じゃないぞ?」
そしてヴェイセルはケルベロスの背の尻に近いところに視線を向け、食材を持ち帰るべく用意してきた箱や袋の中を覗いた。すると、そこには寝ころがっているゴブリンの姿があった。
「……こいつ、放り出していいかな?」
「ダメですヴェイセルさん! これ、リーシャ様お気に入りのダメゴブリンですから、きっと泣いちゃいますよ」
「うーん、困った。……というか、俺に似ているというゴブリンをダメゴブリンって……」
イリナにまでそんな風に思われていたのかと、ヴェイセルは肩を落とした。
そうすると、彼女は慌ててフォローする。
「だ、大丈夫です! ダメダメでもヴェイセルさんはヴェイセルさんですから!」
「あの……余計に傷つくんだけど」
俺だってやるときはやるのに、とヴェイセルはうなだれながら、箱の中で欠伸をしているゴブリンの鼻をつまんだ。お前のせいでひどい扱いを受けたぞ、と。
さて、そうして呑気な様子であった彼らは、やがて一つのダンジョンに向かっていく。
木々が多いダンジョンを見つけたのだ。
早速中に入ると、ヴェイセルは調査を始める。もちろん、ダンジョンそのものの調査ではなく、食い物があるかどうかのものだ。
今回はリーシャ公認なので、心置きなく食材を求めることができる。
この魔導師は、食う、寝る、のんびりすることに関してだけはやる気があるのだった。
はてさて、そうして中に入ったヴェイセルは、カラフルな毒々しい色をした果実をすぐに見つけた。
「うーん。これ食えるかな?」
ヤタガラスに取ってもらった果実は、ヴェイセルも見たことがないものだった。
「どうでしょう? レシアさんなら知っているかもしれませんが……」
「じゃあ、持ち帰るためには、箱に入れないといけないな」
ヴェイセルは箱に入れると、しばらくその後の動きを観察する。
そうすると、ゴブリンは入ってきた果実をなんの気なしに手に取ると、ガブリと一口。
「ゴブッ!?」
勢いよく口から果実を吐き出した。
「ダメか」
「ダメみたいですね」
ヴェイセルは諦めて、次の食べられそうなものを探す。
ここは植物が多いため、無理に探さなくても、すぐに目につくものがある。
今度はいい香りがする大きな花があった。こちらもカラフルで目立つ色をしている。
「コガネバチを連れてくれば、蜜を取れたんだろうか?」
「今から戻って持ってきます?」
「いや、いいよ。蜜の味なら、蜂じゃなくてもわかるだろうし」
ヴェイセルは「よいしょ」と箱を持ち上げると、その花のところへと近づけていく。すごくいい香りにつられてゴブリンが箱からひょいと頭を出し、花へと鼻を近づけていく。
次の瞬間。
花弁が急に閉じ、ゴブリンの頭が包まれた。食われたのである。
「あー……食虫植物か」
「こんなまずそうなゴブリンでも食べるんですね」
二人がそんな会話をしている中、「ゴブー!!」と、くぐもった声が聞こえてくる。
仕方がないのでヴェイセルはその植物を根元から切断すると、恨みがましい目を向けてくるゴブリンの頭が解放された。
「うわあ、消化液でべたべたになってる」
ヴェイセルが言うなり、ゴブリンが勢いよく飛び込んできた。そして彼の外套に頭をこすりつけ、液体を拭い始める。
「こいつ、なにしやがる! まったく、誰が洗うと思っているんだ! イリナだぞ!」
ヴェイセルは放っておけば着替えもせずにそのまま寝ていることも多いため、ミティラがやってきては服を引っぱがし、彼女の手伝いをするイリナが洗濯しているのである。そんなことを誇らしげに言うヴェイセルだったが、ゴブリンはそっぽを向く。さすがに食われたのは堪えたらしい。
そしてイリナも不満げに頬を膨らませるのだ。
「変な匂いをつけたら、せっかくヴェイセルさんの匂いがするのに台無しじゃないですか! 私の至福のひとときを返してください!」
ヴェイセルはそんなことを言うイリナにちょっと引きながらも、自分で洗う手間と彼女に洗ってもらう楽さを天秤にかけると、あっさりと気にしないことにした。
彼は何事もなかったかのように、箱をケルベロスの背に戻すのである。
そんな調子で汚れた外套をまとった魔導師と、それを残念がる少女、そして機嫌のよくないゴブリンというひどいトリオは進んでいく。
そうしていくと、やがて視界が開けた。
そこは木々が少なく、あまり食べ物も期待できそうにないと思っていたヴェイセルだが、離れたところにつる性の低木を見つけた。
「あれは……」
黒い果実が実っている。たしか、ダンジョン産の作物でもそれなりに人気があったブドウのはず。
なんでこんなところにそれだけがあるのだろうか。
不思議に思いつつも、ヴェイセルは早速進んでいく。すると、ヴェイセルたちの前にぬっと現れる緑色の頭があった。
大きな胃袋を持つというドラゴンである大食ドラゴンだ。やつはなんでも食ってしまう性質があるが、その一方でなかなかグルメだとも言われている。
どうしてここだけ、ほかとは違う環境になっていたのか。それはこのランク4の強敵とも言えるドラゴンが維持してきたからだろう。
ヴェイセルは今日、完全に魔物の調査を失念していたのだ。頭は食い物のことでいっぱいだったのである。
「ヴェイセルさん、どうしましょう!?」
「決まっているさ……! ここまで来て引き返せるものか。なんとしてでも、俺たちは前に進むんだ。今日の晩飯のために! そして明日も、明後日も、おいしい食事をするために!」
彼は覚悟を決めると、ドラゴンに挑んでいく。
なんの成果も出せずに戻ってリーシャに怒られることを考えれば、なにひとつ怖いものなんてなかった。
「よし、行くぞ!」
ヴェイセルが告げると、ゴブは箱の中から動こうともせずに勇ましい声を上げた。が、ケルベロスが動き出すと、慌てて抗議し始める。ケルベロスも困って足を止めてしまった。
「……いいよ、俺がなんとかするから」
ゴブリンなんかそもそも当てにしていないし、問題もない。
そうしてヴェイセルが構えたところで、大食ドラゴンはその領域への侵入者を見つけ、突撃してくるのだった。




