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49 赤と白の尻尾と行く温泉旅行



 噴き出した温泉に喜ぶヴェイセルだったが、エイネもレシアもちっとも嬉しそうに見えない。


 なぜだろうか?

 ヴェイセルは自問する。そして気がつくと、思わずぽんと手を打った。


「そっか、そうだよな。浴槽も必要だし、外から丸見えなのもよくないな。心配しないでくれ。俺がちゃんと入れるようにするからさ」


 珍しくヴェイセルがやる気を出したというのに、レシアは相変わらず呆れた視線を向けてくる。


「ヴェルっち。ここになにしに来たの?」

「え? 温泉に入るためだろ?」

「クリスタルゴーレムの研究」


 レシアがクリスタルゴーレムに視線を向けていたが、そこではたと気がついて、慌てて駆けていった。

 それから表面を確かめるが、溶けているといった異常はなく、ほっと一息。腐食などにも強いようだ。


 そちらを眺めていたヴェイセルに、エイネも苦情を漏らす。


「鉱石取るのはどうなったの?」

「えっと……とっても上質な鉱泉ではダメ?」

「ヴェルくん。いい加減なこと言っちゃダメだよ。本当に上質なの? そういうことは、ちゃんと検査してから言わないと」


 エイネの言葉に、レシアもうんうんと頷く。

 技術者や研究者として、ヴェイセルの言葉は許せなかったらしい。


「すみません……」


 しょんぼりするヴェイセルだったが、すぐに元通りに戻る。頭の中は温泉に入ることでいっぱいだった。


「レシア。水質の調査お願いできない?」

「仕方ない。手伝ってあげる」


 そうしてレシアが水質調査を行う一方で、ヴェイセルはきびきびと魔法道具を用いる。

 ランク4の貴重なノームの魔法道具を用いて、それを呼び出し、余所から汚い水が流入しないように岩の形を整えていく。そうして大きめの岩風呂ができあがっていくと、中に入っても怪我しないように、小さな石を取り除いていった。


 さらにウンディーネの魔法を用いて、水の汚れを綺麗にすると、天然の浴槽はおおかた完成である。。


(よし、あとは外から見えないようにする仕切りが必要だな)


 ヴェイセルはあちこちに飛ばしていたヤタガラスの情報から竹を見つけてくると、早速伐採を始めることに。


「エイネ、悪いんだけど、機神兵貸してもらえない……?」

「仕方ないなあ。ヴェルくんに頼まれたら、断れないよ」

「ありがとう。恩に着る!」


 ヴェイセルは機神兵に乗ってそちらへと一気に飛んでいくと、鬼包丁の魔法道具によって、流れるように切っていく。


 スパッ、スパパパパ!


 彼が汗を額に浮かべながら切断したものを、機神兵が細かい処理をした後、束ねてエイネのところまで飛んでいく。


 その間にも、ヴェイセルはせっせと竹を切り続けた。


「うーん。たまには労働もいいなあ。やっぱり温泉は、汗水垂らして働いたあとに入るのが最高だからな」


 ヴェイセルはなにも、いつだってやる気がないわけではないのだ。やらなくていいこととやらなければならないこと、そしてやりたいことにキッチリ別れているだけで。


 やらなければならないことはもちろん、リーシャたちのお願いを聞くことだ。そしてやりたいことは、お昼寝と食事がほとんどだが、温泉に入るのも好きなのだ。要するに、のんびり過ごすのが好きなのである。


 そのため、温泉に入ったら飽きもせずにいつまでも入っているような性格だ。


 はてさて、そうして機神兵が何往復もした辺りでようやく、十分な量の竹が集まる。

 顔に汗を浮かべながら、爽やかな顔で戻ってきたヴェイセルを見たエイネは、


「ヴェルくんどうしたの!? こんな爽やか労働系じゃなかったはず!」


 驚きに目を丸くし、レシアは


「変なものでも食べた?」


 首を傾げる。

 まったく、ひどい言われようである。普段の行いのせいだが。


「俺だってやるときはやるんだよ。レシア、水質のほうは?」

「問題ない。立派な温泉」

「やった! それじゃあ、早速囲いを作って温泉に入ろう!」


 ヴェイセルはせっせと組み立てると、衣服を脱ぎ捨てて温泉へと飛び込もうとし、そこで踏みとどまると、ウンディーネの力で浄化した水を浴びて体を綺麗にする。それから湯に浸かるが……


「あっつい!」


 ヴェイセルは水を追加するなどして温度を調節。のんびり入るにはぬるめがちょうどいいが、エイネたちの好みは知らないため、あまり変化させないでおく。


 お金を払って入るような整備されたものと違って、なにも準備されていないため悪戦苦闘することが多い。しかし、それも自分で作る醍醐味だろう。


 ようやく水温はちょうどよくなって、ヴェイセルは湯に肩まで浸かる。


「ふー。いい湯だなあ」

「ゴブゥー」

「……ん?」


 ヴェイセルは声の聞こえたほうに視線を向けると、そこには赤い頭のゴブリンがいる。


(……なんでこいつがここにいるんだ?)


 すっかりリラックスしているレッドゴブリン。

 ヴェイセルはそいつを見ていて、ふと思い出した。レシアの荷物はやけに大きかった。


(こんなのわざわざ持ってきたのか! いらねえ!)


 かえって邪魔になるだけではないか。しかし、心地よさそうにしているそいつを見て、ヴェイセルは穏やかな心で対応する。


(温泉は誰にでも開かれているべきだからな。マナーを守っているなら、問題なかろう)


 うんうんと頷くヴェイセル。

 が、その目の前をバシャバシャと音を立てながら、動いていく赤い尻尾がある。


(……うん?)


 犬かきをしているエイネである。


「……エイネ、なんでここにいるんだ?」

「ヴェルくんが温泉に入ろうって誘ったんだよ?」

「いやまあ、そうなんだけど。ここ、女湯じゃないんだけど……」


 ヴェイセルはそこではたと気がついた。


(……仕切りを作るの忘れてた!)


「ヴェルくん、混浴がいいのかなーって」

「気づいていたなら、言ってくれればよかったのに」

「だってヴェルくん、その前に飛び込んで行っちゃったし」

「それは……すまん」


 素直に謝罪するヴェイセルだったが、エイネはその隣までやってきて、悪戯っぽく尻尾を振る。湯に浸かっているため、しっとりしていつもより小さく見える。


「どう? 混浴の感想は?」

「目のやり場に困る」

「大丈夫だよ、水着を着ているから。ほら」


 湯の上に尻尾だけでなくお尻を見えるように上げてみせるエイネ。それこそまさしくヴェイセルにとっては目のやり場に困るのだが、エイネはからかう調子である。


「入浴のマナーとして水着着用はどうなの?」

「ヴェルくん、脱いで欲しいの? えっちー」

「ち、違うっ!」


 ヴェイセルがエイネとそんなやりとりをしていて、つい目をそらす。すると、そちらではタオル一枚だけで前を隠しているレシアの姿がある。


 尻尾があるため、体に巻きつけてもお尻が出てしまうのだ。だからそのような形になったのだが……。


「ヴェルっち。この源泉、村に持っていく。腰痛持ちのゴブリンがいるから」

「へ、へえ。そうなんだ」


 うろたえながらヴェイセルは、


(ゴブリンでも腰痛になるのか……リーシャ様、酷使しすぎだろ)


 と考えて、湯を持っていくよりゴブリンを持ってきたほうがいいんじゃないかと考え直す。が、すぐに、


(汚いゴブリンと一緒に入るのは嫌だな。うん)


 と一人納得するのだった。


 そしてレシアが連れてきたクリスタルゴーレムも、どういうわけか温泉に入り始める。どうやら魔物は主人に似てくるようだ。


 さすがにこの魔物に意味があるのか、とヴェイセルはそちらを眺め――そして思わず、目を見開いた。


 クリスタルゴーレムは光を反射して、レシアの姿を映し出しているのだ。しかも、一糸まとわぬ背中からその下まで!


「ヴェルっち、どうかした? 晩ご飯をお預けされた犬みたいな顔してる」

「な、なななんでもない!」


 ひどい言われようも、今は気にしているどころではない。

 ヴェイセルは煩悩を振り払うべく、息を落ち着かせる。そして近くにいるレッドゴブリンの頭を無心で磨き始めた。


 キュッキュと音を立てるレッドゴブリン。どうやらすでに眠ってしまったらしく、反応がない。


 ひたすらそうしていることで、ヴェイセルは欲望と戦うことができるのだ。


(そうだ、これでいい。もし、あのまま彼女たちに嫌な思いをさせてしまったなら、取り返しがつかないことになるのだから)


 今後の生活にも支障が出る。ようやくできあがってきた開拓村の未来を崩してはならない。


 ヴェイセルはエイネとレシアが上がるまで、そちらを見ないようにずっとそうしているのだった。


 やがてヴェイセルが風呂から上がったときには、レッドゴブリンはのぼせて顔が、そして頭がこすれて真っ赤になるのだった。


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