47 コガネバチ
ヴェイセルはどんな甘い蜂蜜のお菓子を食べようかなあ、などと考えていた。
彼自身が料理するわけではなく、間違いなくミティラかイリナに頼むことになるのだが、もはや当然のように考えている。
そんな彼の周りには大量のコガネバチが飛び回っている。
しかし、ヴェイセルはその状況で動くことはしなかった。いや、動けなかった。
(うーん……この作戦、失敗だったかな?)
コガネバチはヴェイセルの外套に触れた途端、彼の魔力に引き寄せられて精霊がすっと飛び出し、抜け殻となった肉体がぼとりと地に落ちる。
レシアが作った誘因する物質でおびき寄せ、片っ端から魔力で精霊を引き抜く。それがヴェイセルの考えた方法だった。
エイネが言う方法とさほど違いがあるわけではないが、彼はメタルゴーレムの魔法道具によって全身を硬化させているため、そもそも刺されたところで針はほんのわずかすら食い込むことはないのだ。
だから痛くなることはないし、ヴェイセルも呑気なものだが、突っ立っていなければならないのは面倒である。
(ふぁぁ……眠くなってきたぞ)
欠伸をしそうになったヴェイセルだが、コガネバチが向かってきて口の中に飛び込みそうになると、慌てて息をかみ殺した。
そんな時間がゆっくりと過ぎていく。しばらくして、彼の周りには大量のコガネバチの抜け殻が転がっていた。
「ヴィーくん。お疲れ様」
「とても疲れたよ。もう帰ってもいい?」
「手伝ってあげるから、そう言わないの。ほら、もう少し頑張って?」
ノームを連れたミティラがやってきて、早速土を掘っていく。それからエイネも機神兵を変形させて、無数の手を生み出した。
ヴェイセルはよっこらせと腰を下ろし、アルラウネに寄りかかっていると、その前に機神兵が一体一体、コガネバチを持ってくる。手をかざして魔力を込めていると、流れ作業で精霊契約が済まされていくことに。それから土に埋めると、損傷はほとんどないため、すぐに復活して辺りを飛び回り始めた。
その間にレシアとイリナは蜂の巣を回収し、リーシャがそれを見てご満悦になる。
「さすがだな、ヴェイセル。お前じゃないと、ここまで多くの魔物と契約できまい」
「そうですね」
「む? せっかく、蜂蜜が手に入るというのに、なんだか嬉しくなさそうだな」
「そりゃまあ、こんな面白くない作業をずっと続けていますからね」
ヴェイセルは大きな欠伸を一つ。
その間にも機神兵はコガネバチの抜け殻を彼の前に持っていっては、放り投げる。ノームが埋めて、やがて頭を出した個体を掘り出していく。
これほど雑に魔物と契約する魔導師も、この男くらいだろう。
「なあミティラ。こいつら揚げたらうまいかな?」
「えっと……私は食べないけれど、ヴィーくんが責任を持って食べるなら、作ってあげないこともないよ?」
「じゃあお願いするよ。まずはゴブリンに試食させよう。ダメだったときはあいつらに食わせよう。たくさんいるから、すぐになくなるはずだ」
ヴェイセルは納得し、レシアは「それは責任を持っているとは言わない」と、呆れかえるのだった。
さて、それからヴェイセルは、さっさと帰るべく調査を進める。ヤタガラスはすでにあちこちを見ていたが、ダンジョンの成因となったものは特に見当たらなかった。
「今回のダンジョンも危険はありませんでした。さあ、帰りましょう」
「うむ。今日はヴェイセルも働いたからな。仕方ない、天狐に乗せてやろう。今日のお前は特別だぞ」
リーシャが呼び出した天狐に、ヴェイセルは思い切り飛びついて、ふわふわの毛を堪能する。天狐は困ったようにリーシャに助けを求めるが、その主人はそんなヴェイセルを見て満足げだ。
が、赤毛の少女がひょいとヴェイセルの上に飛び乗った。
「ぐえっ」
「ごめんねヴェルくん。リーシャ様が、天狐の上に乗っちゃダメって言うから、ヴェルくんの上に乗ったよ」
「……俺への配慮はないの? というか、機神兵は?」
「こんな状態だけど、ヴェルくんこっちがいい?」
機神兵は飛んできてヴェイセルの前に出ると、コガネバチの巣を目の前に突き出す。その穴からはうにょうにょした幼虫がこんにちは。
「うわっ。ちょ、これはさすがに無理!」
「でしょ? それにほら、女の子が上に乗ってくるなんてシチュエーション、体験したことないでしょ? ありがたがるといいよ」
あっけらかんと言うエイネに、ヴェイセルはため息をついた。
「その行為が普通じゃないとわかっているなら、遠慮とか恥じらいとかあってもいいんじゃないか」
「……ヴェルくん、鈍いなあ。リーシャ様も苦労するねー」
尻尾でぱたぱたとはたいてくるエイネに、なんのことやらと首を傾げる魔導師だったが、今度は真っ黒尻尾の少女が飛んできて、
「失礼します!」
ヴェイセルの上から抱きついた。
「ぐはっ……本当に失礼だな」
二人分の重みに耐えていた魔導師だったが、てくてくとやってきたレシアまでヴェイセルの上に座る。
そんな状況に、リーシャは呆然とするばかり。
身動きの取れなくなったヴェイセルは、助けを求めて視線を動かすと、ミティラと目が合った。
「……なんとかしてくれない?」
「そう言われても、私は乗れる魔物と契約してないから。ヴィーくんが人気の証拠なんだし、ありがたく思ったらいいんじゃない?」
ミティラはなんだか不機嫌のようだ。
(うーん。俺は彼女になにかしてしまっただろうか?)
ヴェイセルは少し悩んで、それからはたと気がつく。
自分だけが真っ先に天狐に飛び乗ったのが悪かったのではないか。彼女もなにかと手伝ってくれたから疲れているというのに。
しかもそれは、ミティラに機神兵に乗れと言っているも同然。あんなうにょうにょしたアレがいる機神兵に。
「ごめんミティラ。俺は君への配慮が足りなかった。これからは気をつけるよ」
「ヴィーくんがそう言うなら、ありがたく気持ちを受け取っておくね」
「そうだよな、幼虫がいるところにアルラウネを乗せるわけにいかないもんな。俺の代わりに、アルラウネと一緒に天狐に乗ってくれ」
ヴェイセルとしては、こんなにも誠意ある対応だ、きっとミティラも感激してくれるだろうと思っていたのだが、彼女は目をぱちくりしてから、大きなため息をついた。アルラウネは心配してもらって嬉しそうだが、ミティラは呆れているようだ。
「ヴェルくんは鈍いねー」
エイネにつつかれながら、ヴェイセルはいったい、なにを間違えたのかともう一度首をひねった。
◇
帰ってきたヴェイセルは、台所でミティラが調理するのを手伝っていた。
レシアはコガネバチの生態が気になるらしく、じっと眺めており、一方でエイネはその針をつまんで眺めながら、「なにかに使えないかなあ」などと考えている。
イリナはミティラを手伝いたいようだが、幼虫とかは苦手なようで、後ろで右に左に行ったりきたりしている。アルラウネも同様に、あまり蜂には近づきたくないようだ。
さて、そうしてイリナが百往復を超えた辺りで、コガネバチの調理を終えたヴェイセルの目の前には、美味しそうには見えない料理がいくつかあった。
カラリと揚げられたコガネバチの成虫や、こんがり焼け目のついた幼虫。そして蜂蜜たっぷりのキラキラした巣。
「……これ、本当に食えるの?」
「ヴィーくん、責任持って食べるんじゃないの?」
「責任持って、ゴブリン持ってくるよ」
ヴェイセルは家を出て、それから辺りを見回す。そうすると、昼寝をしているゴブリンを発見。
「このおサボりゴブリンめ」
ヴェイセルはそのゴブリンを突っつくが、なかなか起きない。
「いつまで寝ているんだこいつ。まったく」
そのゴブリンはリーシャお気に入りの「ヴェイセルに似ているゴブリン」だが、ヴェイセルはそんなことも知らず、
「ダメなゴブリンもいたものだ」
などと言うのだった。そうしてなんとか起こす方法を考え、閃いた。
「おいゴブリン。ご飯の時間だぞ」
「ゴブッ!」
むくりと起き上がったゴブリンに、「食い意地張ってるなあ、こいつ」とヴェイセルは呆れつつ、持ち抱えてミティラの家に持っていく。
そうして持ってきたゴブリンに、まずは幼虫の焼いたものを与えてみせる。ゴブリンはもぐもぐと口を動かし、かっと目を見開いた。
「ゴッブー!」
むしゃむしゃと、いくつも食べてしまうので、慌ててゴブリンを止める。どうやらうまいらしい。
それから成虫を与えると、こちらもゴブリンは大興奮。
「……一応、宮廷で出されるだけあって、味はいいみたいね」
ミティラが嫌そうな顔をしながら、コガネバチを眺める。
「まあ、こっちはともかく、巣なら食べてもよさそうだ。お菓子みたいだし」
そう話していると、いつの間にかわらわらと入り口からゴブリンが入ってきていた。あのゴブリンの声を聞きつけたようだ。
「おいゴブリン。しっし。お前たちの食事はないぞ」
ヴェイセルが言うのだが、ゴブリンはひょいと手を伸ばしてつまみ食い。
「あ、こいつめっ!」
ヴェイセルはひとまず、コガネバチの巣だけは保護する。その間にも、あっという間にゴブリンたちは残りのコガネバチの幼虫と成虫を食ってしまった。
それだけに飽き足らず、ゴブリンはレシアがいる机の上のコガネバチにまで手を伸ばした。
が、そちらは調理などされていない。というか、生きている。
掴まれそうになったコガネバチはひょいとゴブリンの手を躱し、鋭い針で一撃をお見舞いする。
「ゴブー!?」
次々とゴブリンが刺され、追い出されていく。そうして静かになった家で、ほっと一息ついたヴェイセルは、
「とりあえず蜂蜜を塗ったパンと、この蜂の巣だけ食べてみようか」
そう提案するのだ。
七人皆でテーブルに着き、それからヴェイセルは勇気を出して蜂の巣を食べる。柔らかく、とても上品な味わいが口の中に広がる。
「……うまい」
甘いのに癖がなく、しつこくない。それなのに、とろけるようなうまみがあるのだ。
ヴェイセルが堪能していると、エイネが目を輝かせる。
「ヴェルくん、これおいしーね!」
「ああ、最高だろ……って、それ俺のパン!」
「もう、二人ともまだあるんだから。焦らないの」
やんちゃする二人に対し、ミティラは落ち着いたものだ。食事も上品である。
そしてリーシャは、「これなら売り物になるな。特産品がまた増えそうだ」と喜んでいる。レシアは黙々と食事をし、イリナは頬張っては尻尾を振り、頬張っては尻尾を振っている。アルラウネは蜜を味わって、にこにこしている。
そんな賑やかな食事は続き、いよいよ辺境の村には、養蜂場が作られることになったのだった。




