46 報告の影響は
ヴェイセルは窓際のソファに横になりながら、日光浴をしていた。そして、枕にしているのは、大きな花弁である。
先ほどまで、アルラウネがソファに腰掛けながらのんびりと日に当たっていたところ、ミティラの家にやってきたこの来訪者は朝飯を作ってもらって食べ終わるなり、いつの間にか寝ころがっていたのである。
ヴェイセルは自室があるようになってから、あまりこうすることはなかった。だからアルラウネも、この身勝手な男に膝枕、もとい花弁枕をするのは久しぶりである。
気持ちよさそうに居眠りしている彼をなでなでしながら、一緒になって日光浴している時間は、とても穏やかだった。
そうして昼までのんびりしていると、ふと、外から勇ましい声が聞こえてくる。それが終わると、やがて中に入ってくる人物があった。
「……ヴィーくん、まだ寝ているの?」
ミティラが仕方ないなあ、とでも言いたげな顔で呟く。
アルラウネもそんな顔になったが、けれどこちらはどことなく嬉しそうだ。彼が起きたら、またどこかに出かけていってしまう。あるいは、また自室に戻って寝てしまうだろうから。
アルラウネにとっては、なにをするでもないもったいないこの時間が終わることも、もったいなくもあった。
けれど、ヴェイセルは目を覚ますと、うーん、と唸りながら体を伸ばした。
「おはようミティラ、もうお昼ご飯の時間? 今日はなんだい?」
「もう、さっき朝ご飯済ませたばかりなのに、お腹が空いたの?」
朝食からずっと寝ていただけなのに、もう昼飯のことを考えているヴェイセルに、ミティラは苦笑する。なんとも燃費の悪い魔導師だ。
「そういうわけじゃないけど……俺はミティラの料理が楽しみなんだよ」
「調子がいいんだから。仕方ないなあ」
言いつつも、ミティラは機嫌がよさそうだ。
それからイリナが入ってくると、まだ寝ころがっているままのヴェイセルを見て尻尾を振る。
「おはようございますヴェイセルさん! いい天気ですね!」
「うん、いい天気だね」
「ですから、その……一緒にお出かけしませんか!」
「確かに天気もいいし、外に出るのもいいかもしれない。一緒に日向ぼっこする?」
「はい! 行きましょう!」
イリナがすぐに準備をしてくると、玄関でヴェイセルが待っていた。ミティラとアルラウネと一緒に。
しばし戸惑ったイリナだったが、ヴェイセルの手をえいっと取る。するとミティラが反対側の腕に抱きつくような形になった。そしてアルラウネがひょいと背中に飛び乗った。
「あの……俺は遊具じゃないんだけど」
首を傾げる魔導師に、三人の少女は一斉にため息をついた。
そうして外に出たヴェイセルは、そこに兵の姿が少ないことに気がついた。兵舎を見れば、窓から顔を覗かせているのはゴブリンばかりだ。
「あれ……皆まだ寝ているのか?」
「そんなのヴィーくんだけに決まってるじゃない。調査に行ったんだよ」
ミティラに言われ、ヴェイセルは首を傾げずにはいられない。
(はて……なにか調べることはあっただろうか?)
考えて考えて、それから兵舎から飛び出している緑の頭を見て思いつく。
「ああ、ゴブの巣か! そういえば、作るって言ってたなあ」
「違うよ。まったく、ヴィーくんったら。あの兵たちがなにしに来たか、覚えていないの?」
「そりゃあ、覚えているよ。なんといっても、イリナに会ったときのことだからね」
そう言うなり、イリナの尻尾が激しく揺れ始める。
「事件が解決したあとは、村の警備ということで駐屯していたはずだ」
「そう、そこ。でもあれから、彼らがやったことは?」
「兵舎を作っただろ? 工房と研究所も作ったし、貯水槽も作った。それに毎日畑の手入れもしてくれているし……そうか! マモリンゴしか目新しいものはないから、新しい作物を探しに行ったんだな」
「まったく、ヴィーくんは食べることと寝ることしか興味がないの? あのね、ルードが王宮で報告した内容は、リーシャ様がたいそう素晴らしい統治を行っており、ヴィーくんが勇猛にダンジョンを攻略し、兵たちがそれを助けていたということなの。でも、ヴィーくん働かないでしょ? だから兵たちも、このままではまずいと思って、本来の仕事であるはずのダンジョンの調査に向かったんだよ」
ミティラが説明してくれると、ヴェイセルはそもそもここに来ることになった本来の目的を思い出す。そういえば、村づくりじゃなく、ダンジョンを調べるのが仕事だったなあ、と。
ルードとの戦いもあったし、しばらくはダンジョンの調査はしなくてもいいだろうと思っていたのだが、そういうわけにもいかないようだ。
とはいえ、彼らが調査を行ってくれるというのなら、それはそれでいいのではないか。村づくりでは今のところ、急ぐことはない。
それに、祭りのときにリーシャは言っていた。組織というものは、上の人間がなにもしなくても回るくらいが丁度いいのだと。
だからヴェイセルも、静かになった村で日向ぼっこをしようと思ったのだが……。
向こうから、ぱたぱたと駆けてくるリーシャの姿を見つけた。嬉しげな笑顔が眩しい。
「ヴェイセル! 父上に、私の仕事ぶりが認められたぞ!」
「それはおめでとうございます」
「うむ、というわけでだな。そろそろこちらに移住者を呼び寄せる話も持ち上がっているらしい」
「そうなると、ますますリーシャ様の威光が高まりますね」
辺境の村といえども、統治者になるということでヴェイセルはここに派遣されてきた。しかし、どういうわけかリーシャが統治者になっているため、村の評判は彼女の評判に直結する。
「だからな、その前にダンジョンを調べて、危険がないことを確認しないといけない。というわけで、私たちも行くぞ」
上機嫌なリーシャがヴェイセルを引っ張ると、いつの間にかエイネとレシアもやってきている。
「ヴェルくん、大物の魔物、期待しているよ!」
「ゴブの巣の素材、探す。手伝って?」
どうやら、ルードにいい報告をさせたのは、お昼寝魔導師にとっては失敗だったらしい。
頼み事を断るわけにもいかないヴェイセルは、うなだれつつも近くのダンジョンに向かうのだった。
◇
比較的近いところを選んだのは、特別な理由があったわけではない。
リーシャたちもいるため、できるだけ安全なところに寄ることにしたのだ。
ダンジョンの中は森がうっそうと茂っており、ヤタガラスを飛ばして調べるのもなかなかに大変だ。
「気をつけてくださいね。毒蛇とかもいるかもしれませんから。足元や枝にもぶつからないでください」
ヴェイセルは一応、警告しつつ、先頭を進んでいく。魔物に関しては心配していないが、リーシャがうっかり転んですりむいたり、枝で怪我をしては困るのだ。
ユニコーンの治癒の魔法を用いればすぐに治せるが、そういう問題ではないのである。ヴェイセルの大事な大事なリーシャ様が傷つくわけにはいかない。
調査を進めていたヴェイセルは、その向こうに魔物を見つけた。
金色に輝く巣の周りを飛び回っているのは、これまだきらきらと輝く金の蜂だ。
コガネバチと呼ばれるランク3の魔物である。
これは全身が黄金色をしていることからつけられたとされる説や、蜂蜜などが高級品として、小金持ちにでもならなければ口にすることすら敵わないことから命名されたという説がある。
このコガネバチの作る蜂蜜は栄養豊富で絶品で、蜂そのものを食べることもできるし、さらには巣までも王城では料理されることがあるという。
ヴェイセルは思わず、喉を鳴らした。
「リーシャ様。このヴェイセル、一つ提案がございます」
「なんだ?」
「養蜂場、作りません? コガネバチを見つけました」
彼の提案に、リーシャが息を呑む。ミティラもちょっとわくわくした顔だ。一方で、アルラウネは怯えたように自分の身を抱いた。蜜を吸われるとかあるのだろうか。
けれど、エイネやレシア、イリナはあまりイメージが湧かなかったようである。
この辺りは宮廷での生活経験の有無が影響しているのだろう。
ヴェイセルは宮廷魔導師であるから、特に呼ばれてもいないパーティに忍び込んで、料理だけを食ったことがある。それがいったい、なんの祝いの会だったのかは思い出せないが、そのときコガネバチの蜜をかけたパンが美味しかった記憶は今でも思い出せる。
そんなヴェイセルに、レシアが首を傾げる。
「どう捕まえる?」
コガネバチは小さな魔物で、巣の中に多く潜んでいる。強い魔物ではないがランク3であり、蜜が取れるほどの数と契約するなど普通の魔導師にはできず、かといって野生の魔物を契約なしで人工的に飼育するのも難しいとされていた。
死に至るほどではないが、刺されると痛みでのたうち回るほどの威力はある。
そんな魔物の話に、エイネが閃いたとばかりに手をぽんと打った。
「ヴェルくん、刺されてもユニコーンの治癒で治るし、危なくなったら機神兵に回収させるから、遠慮なく行ってきて!」
「なんで刺されることが前提なんだよ。嫌だよそんなの」
ヴェイセルは彼女の提案を否定すると、レシアに尋ねる。
「コガネバチをおびき寄せるような薬品、持ってない?」
「右から三番目、上から五段目の引き出しに入ってる」
そう言うと、エイネが早速機神兵を飛ばしてくれる。トリスメギストスが留守番をしているため、すぐに見つけてくれるだろう。
その間に、ヴェイセルは魔法道具の準備を済ませる。
もう取れる作戦は決まった。あとはレシアの薬品が到着するのを待つのみ。
突発的に決まったヴェイセルの養蜂場計画は、今動き始めた。




