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44 やる気なし魔導師の大作戦


「エイネ、ちょっとお願いがあるんだけど」


 ヴェイセルは工房に入っていくと、雑多にものが置かれた向こうで揺れる赤い尻尾を見つけた。


「あ、ヴェルくん。ちょうどいいところに。えっとね。ほとんど無音で弾丸を打ち出せるようにした魔法道具ができたんだ。あと、レシアも今頃あたかも病死っぽく見える毒とか作ってるはず」

「闇討ちも毒殺もしないぞ!?」

「冗談、冗談。あ、でも魔法道具を試してほしいっていうのは本当だよ。いろいろ、作ったものがたまっているんだ」

「そんなところ悪いんだけど、急ぎの用ができたんだよ。エイネに手伝ってほしいんだ。いや、エイネにしか頼めない」


 ヴェイセルが言うと、エイネは胸を張り、尻尾をぱたぱたと揺らす。なんとも自慢げである。


「そっかそっか。あたしの力が必要かー。しょうがないなー、ヴェルくんを助けてあげようっ。それで、なにをすればいいの?」 

「機神兵の力を借りたい。それから防水性の魔法道具――今度はちゃんとしたやつな。そしてフェンリルの魔法道具も確か残ってたよな?」

「全部問題ないよ。それにしても、ヴェルくんがそんなに張り切るなんて珍しいね。なにかあったの?」

「あの魔導師がダンジョン攻略を競争する話を持ちかけてきたんだ。それで、勝ったらあいつが帰るらしい」


 ヴェイセルは勝負になった経緯を説明する。そうすると、エイネは上機嫌になった。


「じゃあ、あたしも準備しておかないと。なにがいいかなあ。爆弾持っていこうかなー」

「おいおい、そんな物騒なことを……それより、頼んだほう、きっちりやってくれるかな? あれがキーなんだ」

「もちろんだよ。一泡吹かせてやるっ。いや、もう気絶させて泡だらけにしてやるー!」


 張り切るエイネを見つつ、ヴェイセルは準備を始めるのだった。



    ◇



 すべきことを終わらせて工房を出て自宅の前へ戻ると、リーシャがミティラ、イリナ、レシアと一緒にいた。


「あれ、結局皆で来たんだ?」


 そう言うと、リーシャがちょっと口を尖らせ気味に告げる。


「その……天狐は戦いに慣れてないだろう? イリナはケルベロスもヤマタノオロチも使えるから、役に立つかなって……」

「ヴェイセルさん! 私、頑張ります! リーシャ様からお願いされたんですから、なんとしても応えないと!」


 二人とも、ヴェイセルのことを心配してくれているのだ。

 リーシャが自分ではどうにもならないとわかって、わざわざ代わりに頼んでくれ、そしてイリナも助けようとしてくれている。


 それはとてもありがたいのだが、ヴェイセルはそこまで事態を重く考えていなかった。


「ヴィーくん。それより、お弁当作ってきたよ」

「お、本当!? すごく嬉しい!」


 ヴェイセルは思わず喜んでしまう。そしてレシアも一緒になってミティラの料理を想像する。


 そんな状況に、リーシャとイリナはぽかーんとするしかなかった。

 彼女たちの思いは、あっさりとお弁当に敗北したのだから。もう言葉も出てこない。


「ヴェルっち。はい、薬」


 レシアは小瓶に入った薬を渡してくる。


「え、マジであの毒作ってたの?」


 ヴェイセルが言うと、レシアは可愛らしく首を傾げた。さっぱりわからないと言いたげに。どうやら、勘違いだったらしい。


「最近、寝てないみたいだから。疲れが取れるように」


 なんと、そんな思いやりに溢れる薬だったらしい。ヴェイセルは反省しつつ、その小瓶の中の液体を口にした。


 即効性があるわけではないが、心なしか気持ちは楽になった気がする。とはいえ、眠いものは眠い。


 ヴェイセルは欠伸をかますが、リーシャがなんとも言えない表情になっているのを見ると、慌てて口を閉じた。


「ああ、大丈夫ですよリーシャ様。さっきも言いましたが、負けるはずがありませんから」

「でも……」


 リーシャは不安そうにすると、ヴェイセルもなんだかいたたまれなくなる。


「ヴェイセルは無茶するから心配なんだ。不安が収まらないの。だから、ぎゅっとして?」


 突如言われたヴェイセルは、リーシャの後ろで動く赤い尻尾を見る。彼女もまた、その赤い尻尾に視線を向けた。


「え、エイネ! お前はいきなりなにを言うんだ!」

「リーシャ様の気持ちを代弁したんだよ! あ、そうそう。ヴェルくんは仕事で失敗したことないから大丈夫。今回はリーシャ様を守るんだって張り切ってるからますますね」

「そ、そうなのか? 私のために……?」


 リーシャはヴェイセルを見る。

 とても張り切っているようには見えない。しかし、エイネにあんなことを言われてしまったリーシャは、なかなか直視することができずにいた。


 ちらちらと窺ってくる彼女に、ヴェイセルは頼もしい台詞を吐いた。


「俺がリーシャ様の生活は守りますから、心配しないでください」

「うん……ありがとな、ヴェイセル」


 そうしてしんみりしたところで、ルードとその子分たちがやってきた。全員で十人ほどだ。


「たったそれだけの人数でいいのか? 何十人も調査のために兵を集めて、まったく進められなかったお前が」

「問題ないさ。無駄口叩いてないで、さっさと行こうじゃないか」


 ヴェイセルはリーシャに視線を向けると、彼女は「おいで、天狐!」とその狐を呼び出した。


 そちらに六人が全員乗ると、天狐は窮屈そうにしながらも、てくてくと動き出す。一応、ヴェイセルはお供にリビングメイルを一体連れていくことにした。


 一方、ルードたちはいくつかの獣の魔物に乗って進んでいく。特に案内することもなかったが、彼らもすぐに滝のダンジョンへと辿り着いた。


「では、これから調査に入る。いいな?」

「どうぞ。好きに始めてくれ」


 そう言うなり、ルードたちは水棲の魔物の力を用いて、滝の中に飛び込んでいった。

 そんな姿を見ていたリーシャは慌てる。


「ヴェイセル、こっちも行かないと」

「いや、その必要はないよ。準備は整ったから、あとは彼らを待つだけさ」

「だ、だが……それでは、あいつらの調査が終わってしまうぞ?」

「あ、それは間違いです。もうこの時点で終わっているはずですから」


 ヴェイセルが告げると、リーシャが首を傾げた。

 そして自然にできた倒木の椅子に腰掛けていたヴェイセルの隣にレシアがやってきて、尻尾で彼の体を支える。


「ヴェルっち。最近はヤタガラスを飛ばしていた」


 だからヴェイセルは寝不足だったのだ。そしてそれが意味するところは監視である。

 ここ最近、このダンジョンに入る人影があったのだ。


「……じゃあ、初めから勝機はなかったというのか」

「ええ。ですから、作るんですよ。エイネ、まだ大丈夫だろう?」

「もっちろん! あたしの魔法道具がそんなすぐに壊れるとでも?」

「技術はなんも心配していないけどさ、いつも変な細工がしてあるから」

「遊び心だよ。ヴェルくんが一人になったとき、寂しくないようにって」

「おもちゃじゃないんだから……」


 そんな二人の様子を見ていたミティラは、早速お弁当を出す。彼女も彼女で緊張感がないが、ヴェイセルを信頼しているからこそだ。


「まだ時間かかりそうだから、先にお昼にしない?」

「賛成。いやあ、今日もミティラの料理はうまそうだ」


 エイネもレシアもミティラも、ヴェイセルの戦いに関しても知っていたため、軽い調子だ。心配をかけないように、とこれまで告げられてこなかったリーシャや、来たばかりのイリナだけが困惑している。


 けれど、イリナはぐっと拳を握る。


「いざとなったら……ヤマタノオロチさん。十人くらい、なんとかなりますよね?」


 イリナが尋ねると、側で待機していたヤマタノオロチが舌をぺろりと出してみせた。目には野生の煌めき。


 そうして六人がそれぞれ過ごしていると、滝からルードたちが出てきた。大きな魔物を抱えながら。


「どうだ。私が先にダンジョンを攻略したぞ」


 自慢げにするルード。しかし、さっきからヴェイセルたちが動いていないことに気づくと、不審そうにする。


 ヴェイセルは、そんな相手に抑揚のない声で告げた。


「ダンジョンの攻略は、原因となった魔物や物質の消滅により、ダンジョンが崩壊することで達成とされている。しかし、北のダンジョンではそれがはっきりしていない」

「……貴様。つまり、引き分けと言いたいのか」


 ルードの声には怒気を込められていた。

 けれど、ヴェイセルは表情も変えずに続けた。


「それでは勝負にならない。だから、現実的な到達点――これまでの報告でそうだったように、強い魔物を仕留めることで勝利とする。そしてそれは――」


 ヴェイセルはそこでふと笑みを浮かべた。


「まだ、終わっちゃいない」


 ルードに影が落ちる。見上げれば、振ってくるのは巨大な存在。

 慌てて回避した彼らだったが、滝に落ちたその存在に、すぐさま震え上がることになる。


 ランク5の魔物、リヴァイアサンだ。


「な、なんでこんな魔物がここに――!」


 フェンリルの縄グレイプニルにより束縛し、機神兵によって運んできたのだ。ランク5の魔物をそのように扱うなど、常軌を逸した行動であり、誰も予想などできるはずもなかった。


 ランク5の魔物を御せる実力者など、ほとんどいやしないどころか、集団で対抗して倒すのが一般的だ。


 宮廷魔導師とはいえ、ランク5の魔物を従えているものは多くないため、基本的にはその考えが適用される。ランク5の魔物から取れた魔石を用いても、だいたいは一つ下のランクの魔物になってしまうからだ。


 ルードもその例に漏れず、ランク5の魔物を従えてはいなかった。


 現れればすぐに対応せねば都市すらも壊滅させてしまう化け物が今、目の前に突如現れた。


「に、逃げろ! このままじゃ――ぐわあ!」


 混乱する彼らに、リヴァイアサンは怒りのままに水を操り、撃ち出していく。


 ルードの手下が率いる魔物は、それを食らうとあっさりと吹っ飛んでいく。あっという間に、彼らは全滅しかけていた。


 ヴェイセルはリビングメイルにリーシャたちを守らせながら、ルードを眺める。


「どうした、勝利するんじゃなかったのか?」

「ふ、ふざけるな! こんなやつを倒せるわけがないだろう!?」

「ならば、この勝負は俺の勝利でいいんだな?」

「できるはずがない!」


 ルードが叫んだ直後、ヴェイセルは魔法道具を用いる。

 途端、フェンリルの大きさが増していく。そして次の瞬間、鋭い爪が走った。


 あたかも雨が降るかのように、体液が飛び散っていた。リヴァイアサンは真っ二つに引き裂かれ、中から魔石が転がり落ちると、もはや精霊も宿っていられなくなり、活動を停止する。


「俺の勝利だ」


 ヴェイセルはそう宣言するのだった。


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