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43 やる気なし魔導師、解雇の危機に遭う


 馬車から降りてきたのは、神経質そうな男だった。

 数名の供を連れており、実に偉そうに見える。彼は宮廷魔導師の証であるローブをきっちりと纏っていた。


 ぐるりと見回して、それからヴェイセルの姿を見つけると、顔をしかめた。なお、ヴェイセルは宮廷魔導師に誇りなんぞありゃしないため、正装を纏ったのはいつか思い出せないくらいだ。


 そんな彼にその男ルードはつかつかと歩み寄ってくる。


「久しぶりだなあ、ヴェイセル? よもや、私の顔を忘れたとは言わないだろうな?」


 ずいと顔を近寄せてくるその男を、ヴェイセルは呑気に眺める。


「忘れるわけがないだろう。だって、そもそも知らないんだから。あんたの顔に見覚えないし、会ったことないだろう?」


 ヴェイセルが首を傾げると、その男、ルードは額に青筋を浮かべた。


「貴様……! 覚えていないというのか! 私が本来得るべきだった賞をかっ攫っていったことを!」

「賞? そんなものもらったっけ……ああ! リーシャ様がバルコニーからこっそり覗いていたときか!」


 ヴェイセルはそこでようやく思い出す。


 確か、なんかの魔物を倒したとかで、なんだかの記念でどういうわけか開かれた式典だったが、そこでヴェイセルが表彰されることになったのだ、と。


 ほとんど覚えていないも同然だったが、なんとか記憶を引っ張り出したヴェイセルだったが、鮮明に覚えていることがある。


「いやー、あのときは周りの者がやんちゃなリーシャ様におろおろするというのに、ずっしりと構えていたなあ。リーシャ様はあの頃から大胆だった」

「お前が表彰されるというから見に行ってやったのに、ちっとも嬉しそうな顔はしないし、無愛想だったな。さすがにあの頃は、欠伸をするほどではなかったが……」

「そりゃあ、俺だって時と場合を考えて行動しますよ。今ならあんな面倒な式典、欠席してお昼寝しますもの」


 ヴェイセルがそう言って胸を張った辺りで、いよいよルードの堪忍袋の緒が切れた。


「そうしてふざけていられるのも今のうちだ! どうせお前たちはここから出ていくことになるんだからな!」


 ずんずんと歩き始めたルードにエイネは、


「どーせ自分じゃ手柄立てられないくせにー」


 と呟き、彼が睨みつけてくると、そっぽを向いて口笛を吹いてみせた。


 そんな態度にますますいらいらしていたルードは、「お前たち、行くぞ!」とお仲間たちのほうを振り向き、その後、なにかにけつまずいてすっころんだ。


「なっ!?」


 そんな様子を見て、いつもは無表情なレシアがほくそ笑む。

 ルードが怒りながら自分の足元を見ると、そこには緑の頭がある。


「ゴブゥ?」


 居眠りしていたゴブリンは、いきなり起こされて寝ぼけ気味だ。


「くそっ。こんなところにゴブリン捨ててるんじゃない! 始末くらいしろ、だらしがない!」


 ルードがゴブリンを蹴っ飛ばし、兵舎のところに行く。しかし、その入り口の前に立ちふさがる男がいる。


 ジェラルドだ。

 ルードは自分よりも大柄な彼を見上げ、睨みつける。


「なんだ貴様。そこをどけ。私は宮廷魔導師だ」

「生憎とここは満室でしてね。それに、俺たちの上司はあんたらじゃない。命令を聞く義務はないね」

「ふざけるなよ。ここにいる兵と数が合わないことくらい見りゃわかる。上司でなかろうが、虚偽の申告をすれば、どうなるかわかっているんだろうな?」

「おう。お前ら! お偉いお偉い宮廷魔導師殿が顔を見たいそうだぞ!」


 ジェラルドが告げると、次々と兵舎の窓が開けられ、兵たちが顔を覗かせる。


「いよっ。ジェラルドさんかっこいいー!」


 それだけじゃない。兵たちの左右、はたまたその上から緑の頭が次々と現れてくる。


「ゴブゴブ!」「ゴブ!」「ゴッブー!」


 ゴブリンの大合唱が始まる。

 ゴブの巣が壊れてから寝床のないゴブリンを全部押し込んだのだ。偽りなく満室である。


「くっ、貴様ら……覚えているといい」


 そんな捨て台詞とともに、ルードは馬車に戻っていく。取り巻きたちにテントの設営を命じ、自身は馬車の中に引っ込んでいった。


 ヴェイセルはそんなルードを眺め、


「なんだあいつ。部下に命令して自分はサボるなんて、怠け者だなあ」


 などと呟くのだった。



    ◇



 それからリーシャはいつもどおりゴブリンに木々の伐採を命じ、ヴェイセルは外でお昼寝をしていた。


 寝ころがったヴェイセルの近くでは、貯水槽の中をぷかぷかと漂うウンディーネの姿がある。


 そうしていると、彼に影が落ちた。


「貴様。こんなところで働かずになにをしている」


 ヴェイセルは薄目を開けて、そちらに視線を向ける。どうでもいい男の姿を見つけると、寝返りを打った。


「そんな態度を取っていいのか? 私には貴様らの怠慢を報告する権利があるのだぞ?」


 執拗に尋ねてくると、ヴェイセルは蚊でも追い払うかのように手を振った。


「うるせえなあ。お前、本当に宮廷魔導師か? 魔導師なら魔物の力をうまく利用するのが当たり前だろう。魔物をろくに使えないようじゃ、ろくに出世もできないのにやつあたりしているようなもんだろ」

「なんだと? では、貴様は自由に使えるとでも言うのか?」

「たぶん、お前よりはな」


 ヴェイセルが言うと、ルードはせせら笑った。


「ふんっ。貴様が魔法を使えないことくらい、調べはついている」

「うわっ。ストーカーかよ。勘弁してくれ。男色の趣味はないんだ」

「ふざけるな! そんなので誤魔化されるとでも思ったか? やれるものならやってみろ、この詐欺師が!」


 ルードが食ってかかると、貯水槽から勢いよく水が飛び出し、村のあちこちから棍棒が振ってくる。


 そしてガシャンガシャンと音を立てて、リビングメイルが集まってきた。

 勢いよく「コケッコー!」と叫びながらやってきた鳥は、ずぶ濡れになって棍棒に埋もれていた魔導師を踏んづけていった。


 さらにはスライムが集まってルードの髪をとかしてつるつるにしていき、クリスタルゴーレムが光を反射してその頭を照らし出す。


「な、なんだこれは! 貴様、魔物を操って謀反を企んでいたのか!」

「お前がやれって言ったんじゃないか。もう用がないなら、俺のお昼寝の時間を奪わないでくれないか? 最近、働きすぎで眠る時間がなくて、疲れているんだよ。お前みたいに部下がわんさかいてなんでもやってくれるわけじゃないから、暇じゃないの」


 ヴェイセルは大きな欠伸をして、これまた寝返りを打つ。


「暇じゃないというのなら、証拠を見せてみろ。一向に北の調査が進んでいないことは調べがついているんだぞ!」

「お前さー、本当に面倒くさいな。あんまり条件後出しにすると、嫌われるぞ?」

「これは正式な調査なんだ! お前に拒否権はない!」


 ルードがずいと突き出したのは、正式な書状だ。

 そこには調査が滞りなく進んでいるかどうかを外部から監査するものを派遣する旨が書かれている。


「へえ、そりゃあすごい」


 ヴェイセルとしては、別にどうでもいいことでもあった。

 けれど、そんなところに運悪くリーシャがやってきてしまう。するとルードはそちらのほうに、にやにやした笑みを向ける。


「お飾り村長のお出ましかな?」

「む、いきなりなんだ」

「面倒ごとを拾ってきたせいでこの地に厄介払いされてしまったかわいそうな姫君を、王宮に戻して差し上げようと言うのですよ」


 突然の物言いに、リーシャが歯噛みし、頬を膨らませる。彼女はかつてのヴェイセルとの関係を誇りに思っているし、この村の統治者としての誇りもある。


 だが、それ以上に怒り心頭だったのは、普段はぼんやりしている魔導師だった。


「お前、いい加減にしろ。それ以上言ったら、ただじゃ済ませない」

「ようやくやる気になったか。ならば、北の調査を満足に行えるという証拠を見せてみろ。これからダンジョンを攻略する。お前たちよりも私が先に終わらせれば、相応しくないとされても文句もないだろう?」

「お前が負けたら、さっさとこの村を出ていくんだな?」

「約束しよう。準備に時間をやる。場所は近くにある滝のダンジョンでいいな?」


 そこは一度、ヴェイセルがレシアと釣りに行った場所だ。異変は特に見当たらなかったが、水の底までは調べていない。


 ヴェイセルは頷き、ルードが去っていくのを眺める。


「な、なあヴェイセル。大丈夫なのか?」

「問題ありませんよ。間違いなく勝てますから。それよりもリーシャ様、そんな顔は似合いませんよ。いつもみたいに、にこにこしていたほうが可愛いです」

「か、か可愛いか! そ、そうか、えへへ……」


 はにかむリーシャに、ヴェイセルは「俺も準備しますので、リーシャ様もお願いします」と告げて、エイネがいる工房へと入っていった。


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