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4 約束の指輪

 いくつかの街や村を経由して、数日の後、馬車は人が住んでいる最北の村に辿り着いた。


 が、それは村と言えるほど立派なものではなかったかもしれない。


 家々はすでに虫食いのように穴が空いていて、ややもすれば倒れてしまいそう。修繕などできる状態ではなく、廃材にするしかなかった。


 リーシャは惨状を見て思わず呟く。


「……これはひどい有様だな」

「住人もいないようですね。一つ前の村に戻りますか?」

「馬鹿を言うな。私だって、ここの調査にやってきたんだ。ちゃんとした村を作るぞ。ヴェイセルが」

「俺がですか」

「当たり前だろう。任されたのはお前なんだ。怠けないよう私がしっかり見ててあげるんだから、感謝するといいぞ。それに約束したじゃないか。私に暖かくて快適な衣食住を提供してくれるって」

「いつの間にか条件増えてません?」


 胸を張るリーシャであったが、特に無理難題を押しつけようという気があるわけでもない。ヴェイセルがどうするのかと尋ねることにした。


「これからどうやって村を作るんだ?」

「うーん。おっさんに任せちゃいます?」


 ヴェイセルは、やる気のない兵たちに熱血指導中のおっさんに視線を向ける。が、目が合いそうになるとすぐに逸らした。こちらまで巻き込まれてはかなわない、と。


 二人に任せていては、一向に進まない。ミティラは提案することにした。


「まずは住むところをなんとかしましょう」

「ミティラ、おっさんにそう頼んできてくれ」

「もう。ヴィーくんがやるんだよ? 持ってきた荷物には簡易のテントくらいしかないから、馬車のほうがまだ暖かそうだし……」

「そんな無体な……」


 がっくりと肩を落とすヴェイセル。


 なにが悲しくて、こんな辺鄙な地で肉体労働をしなければならないのか。

 だいたい、宮廷魔導師なんだから宮廷で昼寝していることこそ、その名にふさわしい職務ではないのか。


 そんなことを考えていたヴェイセルを、リーシャがぽんぽんと叩く。


「ヴェイセルはすごい魔導師なんだから、なんかこう、魔法でずばっと解決できるだろう? サボることに関しては、すぐに名案が浮かぶはずだ」

「なんですかそのありがたくない信頼。……まあ、できないこともないですが、俺は道具に頼らないと魔法が使えないので、お金がいろいろとかかっちゃいまして……」


 ヴェイセルはそう言って、左手の小指にはめていた指輪を見せる。

 幼いときからずっとそこにある金色の指輪は装飾が一切ないシンプルな作りで、精霊よけの能力がある。


 これをはめている間は精霊が寄ってこないため、精霊契約することもできず、魔物を従えることもできない。つまり、魔法が使えないのだ。


 そんなものをはめている宮廷魔導師などヴェイセル以外にいやしないし、精霊契約なしでも使える魔法道具に頼り切ってその身分にまで成り上がった人物も史上初である。


 リーシャはヴェイセルをまじまじと眺める。


「外せばいいんじゃないか? それ」


 ヴェイセルはその言葉に面食らって、しばし放心していた。


「え、あの、リーシャ様? お、覚えてないんですか?」

「ん? ああ、あのときの約束のことか」


 そう言われてヴェイセルはほっとした。


「やる気なし魔導師」と悪名をとどろかせている彼が、自身に制約を課し、その上宮廷魔導師などという立場を得るという面倒な手段を取るに至ったきっかけでもある出来事だったからだ。なによりも大事にしてきた思い出だったから。


「そうですよ。リーシャ様が言ったんじゃないですか。この指輪が壊れるまで、魔法を使ったらダメだと」

「うん、なら壊そうか」

「ええー……」


 ヴェイセルはあっけらかんとしたリーシャの態度に、もうどうしていいかわからなくなっていた。もはや飼い主に捨てられた子犬のような顔になるばかり。


 そんなヴェイセルを見てリーシャは、はっとして慌て始めた。


「あ、違う、ヴェイセル。そういうことじゃないからな。どうでもいいとかじゃなくて、あのときはその……お前が心配だったからそう言ったのであって、指輪自体は大事じゃないというか……あ、いや、大事な思い出なんだけど……」


 もはやしどろもどろになるリーシャ。尻尾はしょんぼりと垂れ下がり、狐耳はぺたんと倒れている。


 ヴェイセルもヴェイセルで、そんなリーシャを見ることは滅多にないため、どうしていいものかわからない。


 そんな二人に声をかけたのはミティラである。


「はいはい。二人とも、そんな惚気話を聞かされても困るわ。ようするに、リーシャ様は思い出の自分よりも今の自分を見てほしい、ってことでしょう?」

「む……まあなんだ、間違ってもいない」


 素直に認めるのは恥ずかしかったのか、リーシャはそっぽを向きつつ言う。

 ヴェイセルもリーシャが多少落ち着いたようでほっとしていた。


「というわけで、早速外しましょう。えいっ」


 ミティラは尻尾をぱたぱたと振りながら、ヴェイセルの指輪をすっと外した。


 途端、ヴェイセルの周りが光で溢れ出す。まばゆい光は辺りを自由に飛び回り、人の形を取っては彼に触れ、次の瞬間には溶けるように消えていく。


「ヴェイセル、大丈夫か!?」

「ええ。もう自分の力を制御できない子供じゃないですからね」


 ヴェイセルがふと意識をそれら飛び回っているもの――ヴェイセルの魔力に集まってきた精霊たちに向けると、光の激しさが静まっていく。


 それを見ていたミティラは、驚きを浮かべていた。


「話は聞いていたけれど……まさかここまでとは思ってなかったわ」


 通常、精霊が人に集まってくるのは、多くて数体だ。といっても明確に存在が別れているわけではないので、厳密に数えることはできないのだが。


 しかし彼の場合、もはや千体近い精霊が飛び交っていた。いかに規格外の魔力を秘めているかが窺える。


 だからこそ魔法を使わず魔法道具だけでもなんとかできたのだが、いいことずくめというわけにはいかない。


 魔力に集まる性質がある精霊は、魔力の扱いが未熟な人物にも反応してしまうのだ。


 それゆえに幼い子供がその身に似合わぬ魔力を持ち合わせた場合、大量の精霊をその身に宿すことになる。そして制御がうまくいかなくなった場合、精霊は宿主の肉体を破壊して魔力を放出し始めるのだ。


 膨大な魔力を秘めた子供の多くはこの精霊による自己の破壊――自己反応性精霊疾患により死亡するため、ヴェイセルのように生き残ったのはごく少数である。


 彼が今もこうして息災でいるのは、幼い頃、死にかけていた彼をリーシャが助けたからである。


 かなりの費用がかかったようで、リーシャはその後数年、姫にも関わらずお小遣いなしになったようだが、非常に満足しているようだ。


 そしてヴェイセルは恩を返すべく、そして彼女のためになにかしたいと思い、新人族にもかかわらず狐人族の国で宮廷魔導師となったのである。


 そんな過去がある二人だが、比較的軽い調子なのは、呑気な魔導師とあっけらかんとした姫様だからかもしれない。


「それじゃあ、早速。精霊契約を済ませちゃいましょうか」


 ミティラが促すと、ヴェイセルは荷物の中から真っ黒な石を取り出した。魔石と呼ばれる、魔物の元となる精霊が宿るものである。


 色で6つのランクに分けられるが、そのうち最低のランク1の魔石だ。


 魔物はこの魔石から生じるものによってランク分けされており、基本的には一つ下のランクの魔物が生じるが、最低ランクの魔石ゆえに出るのはランク1の魔物だけだ。


 ヴェイセルの魔力ならば、高ランクの魔物を従えることだって難なくできる。魔力のないものが契約すれば、あっさりと魔力を食い尽くされ、その身も食われてしまうことになるが、その心配はありゃしない。


 だというのに取り出した最低ランクの魔石に、ミティラは首を傾げる。


「それでいいの?」

「構わない。ところで、ミティラはノームと契約してたよな?」

「ええ。アルラウネと一緒に、ガーデニングをしてもらってたから」

「軽くでいいから、そこらの土地を耕してくれ。畑にする」


 ミティラは手をかざすと、そこに光が集まって、モグラのような生き物が出てきた。


 やけに丸っこくてスコップを持った茶色いそれは、四大精霊の一体ノームである。つぶらな瞳がチャーミングだ。


「お願いノーム。そこの土を耕してね」


 ミティラが言うと、ノームは鼻をもぐもぐと動かした後、元気よく土の中に飛び込んだ。それから地面が盛り上がったりへこんだり、動いていく。


 その間にヴェイセルは、近くにあった袋の中身を確認。それを持って、ノームが作ったばかりの畑に近づいていく。


 そしてノームが土中からひょっこりと頭を覗かせると、その頭を撫でてやる。


「よしよし、上出来だ」


 といっても、そこには石があったり、とても農耕には向かない土地だ。


 ヴェイセルは魔石に魔力を込めると、体内を巡っていた精霊がそちらに移動し、契約が済まされる。それから適当な穴を作るとその魔石を埋めて、今度は袋に手を突っ込む。中から取り出されたのは、魚の骨。昨晩の食べた残りだ。


 それを魔石と一緒に埋めて、土をかけておく。精霊契約の済んだ魔石と素材を一緒に埋めておくと、やがて魔石の周りに肉体が形成され、魔物が生じるのだ。


 その際、素材や魔石のランク、気温や湿度、栄養などで生じる魔物が異なる。

 もちろん、魚の骨ではたいした魔物など期待できるはずもない。


 ヴェイセルは次々と穴を掘っては魔石を埋め、そして残飯や道中で拾った魔物の皮などを混ぜていく。


「ヴィーくん、初めての契約なんだから、もうちょっとこだわったりとかしないの?」


 苦笑いするミティラ。

 けれどヴェイセルは手を止めずに返す。


「こんな肉体労働を自分でやってるだけマシだと思ってくれ。ああ、久しぶりに動いたから腰が痛い」


 ヴェイセルは数十もの魔石を埋め終えると、よろよろと馬車に戻ってくる。そしてミティラから精霊よけの指輪を返してもらうと、


「なんか出てきたら起こしてくれ」


 と残して、倒れ込んでしまった。


 ミティラとリーシャはそんな彼を見てから、畑に視線を戻す。まだ埋めたばかりだから、すぐに魔物が生えてくることはない。


 けれど、数十の埋めた跡が残っている。はてさて、どんな魔物が出てくるのやら。


「普通、契約する魔物は多くても数体なんだがなあ」

「ヴィーくんですから。リーシャ様だって、そんな彼に期待して一緒に来たのでしょう?」

「む……私個人の感情だけでなく、ちゃんと父上から、ヴェイセルを見張っているように、と指令を受けてやってきたんだぞ」

「はいはい。リーシャ様は偉いですね」


 ミティラはリーシャの頭を撫でる。


「なんだよー、子供扱いして」


 そう言いつつも、リーシャの尻尾はふりふりと揺れていた。


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