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37 皆でお泊まり


 ミティラの家で食事を終えたヴェイセルは、ソファに寝ころがってくつろいでいた。まるで我が家のような態度である。


 そんな彼を見たリーシャは、ちょっと呆れ気味だ。


「ヴェイセル。お前には遠慮というものはないのか?」

「俺にだってそれくらいの配慮はありますよ。ただ、そうしなくてもいい特別な相手だから、気にしていないだけで。なあ、アルラウネ?」


 急に話を振られた彼女は、こくこくと頷いた。押しに弱いので、こうなることは明らかだった。


 もちろん、ヴェイセルは素の状態でこれなのだからなかなかにどうしようもない男だ。


「だが、もう夜も遅いぞ?」

「そうですが……なんというか、今日はうちに帰りたくない気分なんです」


 ヴェイセルはふかふかのソファが気に入ってしまったのだ。

 その寝心地のよさを試すようにごろごろしていると、もっとふかふかの毛が彼の首元をくすぐる。


「ヴィーくん。女性の家に泊まりたいなんて言ってると、勘違いされちゃうよ?」

「けどなあ……雨が強いし、出たくないんだ。風邪引いちゃう」


 ぐうたら魔導師はこうなったらてこでも動かない。

 そんな彼を見て狐耳を立て、飛び込んできたのはイリナだった。


「ヴェイセルさん! 私の部屋のベッド、二人でも大丈夫です!」

「さすがイリナ。俺も昔は床で寝させられたものだけど、出世したなあ」


 かつて、小さな小屋の冷たい床に毛布を敷いて寝ていたことを思い出す。

 そんな会話を聞いたリーシャが慌てて口を挟んできた。


「だ、だめだそんなのは! だめなんだから!」

「そんな……俺だって毛布は嫌なんです。ベッドで寝たいです」

「なんだよー、そんなに私と一緒のときは嫌で、イリナがいいって言うのか」


 リーシャはそっぽを向いてしまう。

 ヴェイセルは彼女の不機嫌の理由がイマイチピンとこなかった。


(リーシャ様は一体、なにを考えているんだろう。待てよ? リーシャ様は俺が床で寝ることを望んでいる。つまり――)


「リーシャ様、俺が間違っていました」

「そうか、わかってくれたか!」

「はい。リーシャ様もお泊まりしたかったんですね。ベッドが足りなくなっちゃいますし、俺は床で我慢しますから、リーシャ様はイリナのベッドで一緒に寝てください」


 そう言われて、リーシャとイリナは揃ってきょとんとした顔になる。

 ヴェイセルは(あれ? なんか思っていたのと反応が違うぞ?)と首を傾げた。


 そんな微妙な空気が流れる中、これまた元気のいい声が上がった。


「そんなヴェルくんに朗報! なんとね、ふかふか羽毛布団を持ってきているんだ! 見てよこれ!」


 エイネがじゃじゃーんと取り出したのは、暖かそうな布団である。


「さすがエイネ気が利くじゃないか」

「ヴェルくんのために作ったんだよ。愛情たっぷりの手作りだよ! ほら、前に言っていたフェニックスの布団」

「ちょっと待て。火力が高すぎるって話じゃなかったか?」

「その点は大丈夫! もうばっちりだよ! 調節に失敗したら、熱は周囲に行かないで全部使用者に行くようにしてあるから! 火事にはならないよ!」

「それじゃ魔導師の蒸し焼きができちまう!」


 ヴェイセルは慌てるも、そのときにはエイネが「えーい!」なんてふざけながらヴェイセルの頭から布団で包み込んだ。


 収納用の魔法道具で閉まっていたらしく、かなりサイズが大きく、ヴェイセルの姿はあっという間に隠れてしまった。


「じゃあ試してみよう。ヴェルくん、暖まったら言ってね。熱くて耐えられなくても我慢してね。いくよー」

「待て! それはおかしい!」


 ヴェイセルが慌てるも、すでにエイネは魔法道具を使い始めていた。彼女は魔法道具を作るのが得意だが、使うのが得意というわけではない。


「熱い!」


 すぽん、と布団からヴェイセルが飛び出した。

 ぐったりした彼を見下ろしたレシアは、


「楽しかった?」

「レシアもやってみるか?」

「熱くして薄着にさせたいの? ヴェルっちのえっち」

「どうしてそうなる……」


 ヴェイセルが肩を落とすと、ミティラがぽんぽんと尻尾ではたいてきた。


「六人分の布団ならあるから大丈夫だよ。それとも、二人で一緒に寝たい?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ミティラはヴェイセルの片腕に尻尾を絡ませる。


「ミ、ミティラ! お前はなんという誘いをするんだ!」


 リーシャが慌てて駆け寄ってくる。

 その途端。


 ゴロゴロドーン!

 すさまじい雷の音が鳴り響いた。


「きゃあっ!?」


 悲鳴を上げたリーシャが、尻尾を逆立ててピンと立てた。そして彼女はそのままぎゅっとヴェイセルに抱きつく。


 そんな彼女をじっと見るヴェイセル。ほんのりと顔を赤らめたリーシャ。


「お、驚いてなんかないぞ。驚いてなんかないんだから」


 弁明するリーシャをじっと見ていたレシアは、


「言動と行動がまるで違う」

「そんなことないもん!」

「そうですよね、リーシャ様はヴィーくんにくっつきたかっただけですからね。驚いてませんよね。もう、大胆っ!」

「ち、違うもん!」


 リーシャが慌ててぱっと飛び退く。

 そうすると、今度は別のところから「きゃあっ」と声が上がった。そしてヴェイセルはくっついてきた黒い尻尾をまじまじと眺める。


「ヴェイセルさん、雷、怖いですー」


 棒読みのイリナ。尻尾なんか嬉しげにぱったぱた揺れている。

 すっかり困ってしまったヴェイセル。


「ヴェルくんモテモテだねー。いよっ人気者ー」


 エイネのからかいに、ますますヴェイセルは困り果ててしまうのだった。



    ◇



 翌日、すっかり空は晴れ渡っていた。

 ヴェイセルはすやすやと眠っていたが、すぐに尻尾でぱたぱたとはたかれる。


「うーん。……ミティラ? どうしたんだ、こんな早くから」

「もう、そんな早くないよ。朝ご飯作ったんだけど、いらない?」

「もちろん、いただくよ。ミティラが作ってくれたものなら、俺はなんだって食べるよ。楽しみだ」


 ヴェイセルはのそのそと布団から出ていくと、そこでようやく、ミティラの家に泊まっていたことを思い出すのだ。


(うーん。ずっとここに泊まっていたらだめだろうか? 掃除も洗濯も料理も全部やってくれるし、こんな生活が続いたら嬉しいなあ)


 しかし、ミティラのことだから、規則正しい生活を送るよう矯正されてしまいそうだ。

 そう思う一方で、彼女なら甘えればなんとか許してくれるんじゃないか、とも思う。なかなかにだめな男だった。


 軽く朝食を取りながらミティラの話を聞くと、すでにほかの皆は食事を終えて、今日の活動を始めているらしい。


「皆働き者だなあ」

「ヴィーくんが特別怠け者なんだよ?」

「世の中は理不尽だ」


 そう嘆きながら、ヴェイセルは卵焼きを口に放り込んだ。

 はてさて、そうして過ごしていた彼だったが、ミティラに誘われて外に出ることになる。


 あちこち水たまりがあるため、畑なんかでは水を掻き出す作業をする兵の姿が見える。それからアルラウネは、マモリンゴの近くに根を張っていた。おそらく、土が流れ出してしまうとかで減った魔力を補っているのだろう。


「やあアルラウネ。なにか手伝えることはあるかい?」


 このやる気なし魔導師にしては珍しく、そう提案する。

 アルラウネは少し考えてから、遠くを指した。そこにはゴブの巣の残骸がある。


「ヴィーくん。あのゴブの巣、邪魔だったんだよね。丁度いい機会だから、撤去して畑を広げようと思うのだけど」

「そうしようか。まずはレッドドラゴンの炎で灰にしよう。なんの処理もせずにそのまま使っても大丈夫?」


 アルラウネに尋ねると、ゆっくり頷いた。

 そういうことになると、ヴェイセルは早速、魔法道具を用いて枝葉を焼いていく。水分が一気に蒸発して爆発しないよう気をつけつつ燃やしていった。


「さて、これで俺の役目はおしまいだな。うーん、今日はよく働いた。お昼寝にしよう」

「さっき起きたばかりじゃない」


 ミティラは苦笑い。

 そんな彼女と歩いていくと、コケッコーの小屋は修理されているし、ゴミ処理施設にもスライムが再び投入されつつあった。


 そしてヴェイセルが家の近くまで戻ってくると、研究所からゴブリンがぞろぞろと出てくるのが見える。


 引き連れているのは、リーシャとレシアだ。


「おや、リーシャ様。そんなにゴブリンを引き連れて、どうしたんですか?」

「ミティラから聞いていると思うが、こいつらの住む場所を作るべく村を広げるぞ。そのためには木を伐採しなければならない」

「なるほど。大変ですね」

「なに言ってるんだ。大変なのはお前のほうだぞ? まず、先の雨で水源に影響が出ていないかの調査、壊れても困るからゴブリンの巣に相応しい材料の調達、それから――」


 リーシャはすらすらと用件を述べていく。ヴェイセルは大慌てだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! そんなの、一日で終わるはずが……」

「うむ。だから時間をかけていいぞ」

「そんなに働いたら、お昼寝の時間が……」


 愕然とするヴェイセルだったが、彼のところにぱたぱたと駆け寄ってくる人物があった。


「ヴェイセルさん、私も手伝います! 一緒に行きましょう!」

「本当か? 助かるよ」


 ヴェイセルはちょっと安心する。

 ケルベロスがいるなら魔物なんて近寄ってこないだろうし、いかに村の外とはいえ、軽くお昼寝するくらいは問題なさそうだ。


「あ、ヴェルくん。ついでにランク6の魔物の調査もよろしくね!」


 工房の上で機神兵と一緒に屋根の修理をしていたエイネが用事をつけ足した。


 いつの間にか仕事が増えてしまったヴェイセルは、ため息をつきつつ、うきうきしているイリナに手を引かれて、北へと向かっていくのだった。


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