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35 お祭り


 その日、北の小さな村には、普段よりも多くの人が集まっていた。

 祭りを見にやってきたのは、大勢が付近の村々の者たちだ。通常は食べられやしないマモリンゴをふんだんに使った料理が出るということで、日帰りができる者たちはほとんど来ていたと言ってもいい。


 それから、王都から来た人物もあった。彼らは随分と変わり者らしく、魔物が作った村を見てみたいと思ってのことだ。


 その祭りは、小さな村に相応しくないほどの賑わいを見せていた。


「いやあ、このアップルパイ。とてもうちの村じゃ食えませんな」

「お前のかみさんの得意料理じゃなかったのかよ」

「はは、比べものになりゃしねえ」


 そんなことを言う男たち。それを聞いていた女性が、


「あんたにゃもう作ってやらないよ!」


 と返すと、慌てて頭を下げるのだった。


 さて、そんな調子の人々だけでなく、シードル片手に簡易のステージに集まっている者たちもいる。


 そこではゴブリンたちが演劇をしたり、曲芸をしたり、見る者を笑わせていた。

 婦人たちはころころと笑いながら、あれやこれやと言い合う。


「まさかゴブリンがこんなことができたなんてねえ」

「あれならうちに一匹くらいほしいわ」

「あんたのとこの息子なんて、ゴブリンみたいなものじゃない」


 くだらないことを言い合う彼女たちも、今は楽しげである。


 そんな中、ヴェイセルはアルラウネの花弁を枕に寝ころがっていた。

 彼の館の一部は一般開放されており使用中なので、あまり気分よく寝ていられないのだ。それゆえに、こんなところでごろごろしている。


 花見のシーズンも終わってしまったため、ほとんど見に来る者もいない。


 遠くから喧噪の声が聞こえてくるばかりで、静かなものだ。アルラウネはのんびりしたヴェイセルをなでなでしながら、にこにこと微笑んでいる。


 ヴェイセルはこの花弁の少女が気に入っていた。というのも、あれやこれやと余計なことを言わないからだ。


 祭りに参加したほうがいいだとか、なにかをやれだとか。こんなときまでぐうたらしているのはよくないとか。


 無論、そういう価値観があることはわかっている。そして貨幣を獲得し、発展させていくのに丁度いい機会であることも。


 だが、人には向き不向きがあるのだ。

 ヴェイセルは端的に言えば、人混みが苦手だった。


 なにをするでもなく、一人と一体の魔物はそうして過ごしていた。


 そうしていると、やがてリーシャがやってきた。


「ヴェイセル。お昼は食べたのか?」

「まだですよ」

「そう思って、持ってきたんだ」


 リーシャはまだ暖かいアップルパイを手渡してくる。そしてアルラウネにはすり下ろしたリンゴジュースを渡した。


 アルラウネは食事が必要ないとはいえ、そういうものならば口にすることもある。


「こんなところで油を売っていていいんですか?」

「うむ。組織というものは、上の人間がなにもしなくても回るくらいが丁度いいんだ」

「なるほど。理想的ですね」


 ヴェイセルは日がな一日寝ていられる生活を思い浮かべた。

 リーシャはそれからヴェイセルと一緒にいたが、不意に口を開いた。


「ミティラは厨房でお菓子作り。イリナも一緒。エイネは曲芸で、炎を操ってゴブリンにくぐらせるんだとか。レシアはゴブリンたちを観察中らしい」

「へえ……皆、忙しいんですね」


 ヴェイセルはそんな感想しか出てこなかった。たぶん、一緒にいてもつまらない人間なのだろう、と自分ながらに思う。


「なあヴェイセル」

「なんでしょう?」

「やっぱりお前は、その……アルラウネがいいのか?」


 突然の問いに、ヴェイセルは首を傾げた。


「ええと……確かに、アルラウネの花弁は最高ですよ。それに今は、俺の部屋も使えませんから」

「そっか。うん、お前はそういうやつだったな」


 リーシャはそれだけで満足したようだった。

 二人は並んで、収穫の終わったマモリンゴの木を眺める。


 やがて日が沈んでくると、エイネの元気のいい声が、ここまで聞こえてきた。


「さあさあ、皆様! ここにおわすはゴブリンの勇者! 勇敢なる心を持ち、この難関を越えようとするものでございます!」


 彼女の声に、どうやら向こうは盛り上がっているらしい。

 しかし、遅れてやってきたのはゴブリンの悲鳴であった。


(……うーん。ゴブリンも調子に乗るから。エイネに付き合ってたらとんでもないことになるのなんて、目に見えてるだろうに)


 ヴェイセルが苦笑いすると、リーシャもそんな彼に微笑んだ。


 祭りだからといって、なにかをしたわけではない。けれど、この日、この瞬間を忘れはしないだろう。


 少しばかり冷えてくると、リーシャが彼にもたれかかった。それから、ちょっと不安げに、手を伸ばしてくる。


 ぎゅっと握られた手を、ヴェイセルは握り返した。

 ほんのりと赤らむリーシャの顔は、いつもよりもずっと綺麗に見える。それは降りつつある夜のとばりがそう見せているのだろうか。


「なあ、ヴェイセル。本当はな、ここに来ることになったとき、不安だったんだ」

「きっと、誰だってそうでしたよ。なんにもない北の土地なんですから」

「でも、こうして祭りが開けるくらいになった。果樹園もできたし、鶏小屋も立派になった。畑も今では作物が取れる。兵たちは兵舎で寝るようになったし、工房も研究所もできた」


 この村も随分変わってきた。とても、ここになにもなかったなんて、思えないくらいに。


 だけど、それで終わりはしない。これからもきっと。


「これからもっと大きくなりますよ」

「そうなったら、ヴェイセルも忙しくなるな」

「これ以上は勘弁してほしいですね」

「まったく、お前というやつは……。でも、そう言いながらも、私がお願いしたらいつも助けてくれるんだろう?」


 リーシャが言うと、ヴェイセルは胸を張った。


「もちろんです。そのために、俺はここにいますから」

「頼りにしてるぞ」


 ぽんぽんと、リーシャの尻尾がヴェイセルの肩を叩く。

 そうして二人で見上げていた夜空は、星明かりが綺麗だった。どこか物寂しくも思えるそこが、突如華やいだ。


 きらきらと輝くのは、打ち上げられた花火。

 それを見ていると、ミティラとイリナがやってきた。


「リーシャ様。お邪魔ですか?」

「いや、一緒に見よう」


 そうして三人と、アルラウネが揃って空を眺める。

 地上では、機神兵に乗ったエイネと、レシアの姿がある。彼女たちが花火を打ち上げているのだ。


「たーまやー!」


 威勢のいい声が聞こえてくると、それだけで気分が高揚してしまう。

 美しい炎が空を彩る。それは輝かしい未来にも思われた。


 これから先、何度こうして空を見ることだろう。

 願わくは、いつまでも続きますように。


 そんな願いを、夜空に託した。



第二章 完

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