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34 白の尻尾とお出かけ


 その日、ヴェイセルは朝早くから起きていた。

 いつも昼間で寝ていた彼だったが、今日はひと味違う。


 屋敷を出ると、ゴブリンたちの威勢のいい声が聞こえる。もうすぐ、この村初めてのお祭りを開催するということで、その出し物の練習をしているのだ。


 ヴェイセルはそれらを見つつ、建物の影となっているところでサボっているゴブリンたちに声をかける。


「お前たち。暇だろう? 出かけるからちょっとついてきて」


 ゴブリンたちは大慌てで練習し始めようとするが、ヴェイセルがさっさとくるように告げると、渋々ついてきた。なかなかにぐうたらなゴブリンたちである。


 ヴェイセルはそれらを率いて研究所に赴いた。

 中に入ると、レシアはクリスタルゴーレムを磨いているところだった。きゅっきゅと音を立てながら、ぴかぴかになったそれは鎮座している。


「やあレシア。ちょっとクリスタルゴーレムを借りていいかい?」


 ヴェイセルの魔物だというのに、もはや「借りる」ことになっている。


「……どこ行くの?」

「ちょっと、釣りに行こうかなと思って。荷物を持っていきたいんだけど、丁度いい魔物がいなくてね」


 レシアはゴブリンの面倒を見ていたローブの小人――ランク5の魔物トリスメギストスに、留守番を頼んだ。この魔物は錬金術に長けており、錬金術師たちにとってはこの上ない理想の魔物だった。ある意味、超一流の錬金術師の証拠とも言えよう。


 が、戦闘能力はないに等しいため、外に連れていくような魔物ではなかった。


 それからレシアは居眠りしているレッドゴブリンを起こし、出かける準備をする。鞄を肩にかけ、いよいよ出発だ。


 ヴェイセルとレシアがそれぞれクリスタルゴーレムの両肩に乗ると、それは北に向かって進んでいく。お供のゴブリンたちはゴブゴブと呑気に歩いていく。


 そうしてじっくりと時間をかけて北のダンジョンに到達した彼らは、早速中に入る。すると、すぐに大きな滝壺が見えてきた。


 たいした魔力も感じられないため、警戒もそこそこに進んでいく。そうして水しぶきのかからないギリギリまで近づくと、ヴェイセルは早速、魔法道具を用いて糸を出す。


 それをそこらの木の枝に巻きつけ、餌をつけて垂らしておく。ゴブリンたちもやりたがったので、その分も用意。


 ヴェイセルはそれから適当な自然の椅子をこしらえてのんびりとしていると、隣に重みを感じた。ふと見れば、もたれかかってきたレシアの姿がある。


 うとうとした彼女と一緒に、ヴェイセルはゆっくり時間を過ごしていく。

 と、しばらくそんなことが続いた後、竿に手応えがあった。


 一気に釣り上げると、大きな魚がぴちぴちと水を撒き散らしながら、陽光にきらめいた。


「うーん、これはなかなかよさそうだ。養殖でもしてみようかな。それとも今晩の食卓に並べてみようか」


 そんなことを言っていると、レシアが狐耳をぴょこんと立てた。どうやら魚に興味があるらしい。


 じっくり眺める彼女に、ヴェイセルは


「ミティラに料理してもらおうか?」


 と尋ねるのだが、彼女の興味があるところはそこではなかったらしい。


「これ、ダンジョンだけの魔物」

「そうなんだ。じゃあ養殖は難しいかな。ウンディーネとか水棲の魔物もいないし」


 そういう会話をしていると、ゴブリンも魚を釣り上げて嬉しげにしていた。

 一匹、二匹と釣り上げる中、レッドゴブリンはうまくいかずにいた。じれったくなって、立ったり座ったり。


 そんなレッドゴブリンであったが、竿に反応があった。すかさず釣り上げようとするも、その赤い小鬼はずりずりと引っ張られ、滝へと引きずり込まれそうになる。


 ゴブリンが一匹二匹と数珠つなぎになって引き留めようとするが、何匹も揃って、お腹で地面をすべりながら滝へと近づいていく。


「ヴェルっち……!」

「わかってる、なんとかする!」


 ヴェイセルはさっとレッドゴブリンに飛びつくと、力任せに引っ張る。


「ゴブゥー!」


 胴体を掴まれて、伸びるレッドゴブリン。やがてヴェイセルが釣り竿を手にして、糸を巻き上げていくと、水柱が上がった。


 姿を現したのは、魚の頭。しかし、足は二本存在しており、ヒレは手のようになっている。


 半魚人の魔物、マーマンだ。ランク2で強くはないが、水棲の魔物ゆえに、引きずり込まれると厄介なことになる。


 ヴェイセルは素早く鬼包丁の魔法道具を使用すると、その魔物を切り刻む。

 三枚に下ろすと、中に入っていた魔石が転がり落ちた。


「うーん。これ、食べる?」


 食べられないこともないが、あまり食べたいものでもない。炎で炙ると、ゴブリンたちはつついて食い始めたので、そいつらに上げることにした。


 そうして日がな一日のんびり過ごし、昼になると、お腹が空いてくる。

 ヴェイセルのお腹がぐうと鳴ると、レシアは持ってきた荷物の中から弁当を取りだした。


 蓋を開けると、かなり簡素なおかずが入っていた。それからパンを取り出して、一つをヴェイセルに放り投げた。


「これ、レシアが作ったの?」

「うん。変?」

「いや、うまいよ」


 ヴェイセルが一品を口に放り込みながら告げると、レシアの尻尾がぱたぱたと揺れた。

 ミティラの作る料理は実に繊細で素晴らしいが、こちらはこちらで悪くない。


 そうして飯を食ったら眠くなり、ごろりと横になる。そよそよと吹く風が心地いい。


 やがて日が傾き始めると、ヴェイセルはようやく調査を開始する。といっても、水中にいけるわけでもないので、あっという間に終わってしまうのだが。


「なかなかの釣果だった。そろそろ帰ろうか」


 結局、これといった成果もなく、彼らは帰途に就くのだった。



    ◇



 村に戻ってくると、様相は一変していた。

 あちこちに簡易の飾りつけがなされており、手製であるためにきっちりしてはいないが、とりあえず華やかには見える。


「ミティラに魚を捌いてもらおう」


 ヴェイセルはそう言って、彼女の家に向かっていく。そうすると、なんだかいい香りが漂ってきていた。


「こんにちは。美味しそうな匂いがするね」


 なんて言いながらそこに入ると、ミティラとイリナが台所に立っていた。


「イリナちゃん。ヴィーくんが匂いに釣られてやってきたよ」

「すごいです。ミティラさんの予想、ぴったり当てはまりましたね」


 そんな会話をする二人。

 ヴェイセルはいったい、なんだと思われているんだろうか、と思いつつも、ふらふらとそちらに近づいていく。


 肩越しに覗き込むと、そこにあったのはアップルパイ。


「マモリンゴを使ったのか」

「試作品だけど……食べてみる?」

「ありがたくいただくよ」


 ヴェイセルが期待を込めて言うと、ミティラは早速アップルパイをカットして、その一つをつまむ。


「はい、あーん」

「んっ……美味しいよ、ミティラ」

「ありがと」


 二人がそんな調子でいると、ヴェイセルの鼻を生臭さが襲った。レシアがずいと、取ってきた魚を突きつけているのだ。


「捌かないの?」

「っと、そうだった。今日の夕食にしようと、取ってきたんだけど……ミティラが忙しそうなら、どこか別の台所を借りようかと」


 そういうヴェイセルに、すぐさまミティラは返事をした。


「すぐに作るから、待っててね」


 ミティラが魚を捌き始めると、イリナとレシアも一緒に手伝い始める。しかしスペース的にも技術的にもヴェイセルには特にできることもなかったので、椅子に座って横になって、彼女たちの働く様を眺める。


 銀、黒、白。三色の尻尾が揺れるのを見ていると、なんだかそれだけで気分がよくなってしまう。


 楽しげな声も相まって、ヴェイセルはいい心地であった。


 そうしているうちに、やがて料理ができあがる。いい香りに食欲をそそられていると、


「ヴィーくん。リーシャ様とエイネちゃん呼んできてくれる?」


 そんな声がかけられた。

 ヴェイセルは早速、小さな紙切れに「夕食のご案内」と書いてヤタガラスの足にくくりつけると、それぞれのところに飛ばしていく。


「ヴェルっち。動かないと太る」


 じっと見つめながらレシアが言う。


「これは作業の効率化を図った結果なんだよ。それに、今日は十分すぎるほど動いたから」


 ヴェイセルは満足げに言う。レシアは呆れたようにヴェイセルを眺めるばかりだった。


 それからしばらくして、リーシャとエイネがやってきた。

 エイネは豪華な夕食に大興奮である。


「ミティラは料理が上手だねー。お嫁さんにほしいくらい」

「もう、調子がいいんだから。どうせヴィーくんと一緒で、ただで食べられるからなんでしょ?」

「そんなことないよ、ヴェルくんいつも言ってるし。ミティラの料理が最高なんだって」


 二人がそんなことを言っている間、ヴェイセルはなんだかいたたまれなくなって、この怠け者魔導師にしては珍しく、食器などの準備をしていた。


 そうして全員がテーブルに着くと、グラスに黄金色の液体が注がれる。僅かな発泡があり、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。


「これはシードルかな?」

「マモリンゴから作ってみたの。失敗していなければ、今度の祭りで出そうと思うんだけど……どうかな?」


 ヴェイセルは早速一口つける。

 上品な甘みと、くどくない林檎の香り。あっさりしていて、しかし確かな飲み応えがあった。


「いいね。マモリンゴを使った分、リンゴの香りがしつこくない」

「よかった。あまり長くは寝かせていないから、どうかなって思ってたの」

「自家製とは思えない出来だよ。ミティラはレストランでも開いたらどうかな?」


 ミティラは「ヴィーくん、褒めすぎよ」とはにかむのだが、エイネがすぐさま反応した。


「えー。レストランなんか開いたら、忙しくなっちゃう。あたしのご飯は誰が作るの?」

「そうだ。ミティラの飯が食べられなくなるのは困る」


 リーシャまで、そんなことを言う。


「仕方ないなあ」


 と、ミティラはこれまた笑うのだった。

 そうして楽しい食事の時間は過ぎていった。

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