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33 五人揃って

 翌日、ヴェイセルは昼になると目を覚ました。

 誰かに起こされることもなく、気兼ねすることもなく、この時間まで寝ているのはなんと素晴らしいことだろう、と些細な幸せに感動しながら。


 大きく伸びをして、ヴェイセルはこれからどうしようかなあ、お昼寝でもしようかなあ、なんて考えながら部屋を見回すと、離れたところにレシアの姿を見つけた。


 彼女はクリスタルゴーレムを撫でてみたり、光を通してみたりしている。白い尻尾は左右にぱたぱたと揺れていた。


「気に入ったか?」


 ヴェイセルが声をかけると、レシアは小さく頷いた。

 そんな彼女を横目に見つつ、研究所を出て隣の工房に入る。そうすると、中では機械型魔物と一緒にいるエイネが、ためつすがめつフェニックスの素材を眺めていた。


「なにかわかった?」


 ヴェイセルが声をかけると、エイネはそれから視線を外すことなく答える。


「そうだねー……見た感じだと、普通の魔物っぽいよ。残念だけど、ランク6の魔物じゃないかな。……それにしてもヴェルくん、どうしてこんなに破損させちゃったの?」

「さすがに火の中に手を突っ込んで精霊を引きはがすのは無理だって。それに、ランク5の魔物にはほとんど効かない」

「でもヴェルくんの実力なら、くっつければ元に戻るような、綺麗に倒すことだってできたよね?」

「残念だが、俺は鳥のことは詳しくないんだ。料理はいつもミティラがやってくれるからな」


 そう告げ終わったときには、もうエイネの興味は別のところに行っている。

 さっきからぶんぶんと尻尾は揺れ、随分と興奮気味だ。


「やっぱりこのくちばしかなー。それとも翼のほうがいいかなー。ヴェルくんはどう思う?」

「うーん。どっちも柔らかそうに見えないし、ちょっと使いにくそうだなあ」


 ヴェイセルはすっかり、寝具として使うことを考えているから、どうしようもない。けれどエイネはそんな彼に呆れることなく返した。


「じゃあ羽毛布団にしてみる? 新しい魔法道具。少し魔力を込めるとあったかくなるよ」

「ちょっと待って、それ『あったかくなる』ってレベルじゃないよな!? 家が全焼しかねないよな?」

「ヴェルくんならどんな寝具でも使ってくれるって信じてる」


 エイネに言われると、ヴェイセルはこれ以上反論するのはやめにした。なんせ、本気でやりたかったらこの少女はなんだろうが作ってしまうから。


「そういえば、工房空けてきてよかったのか?」

「うーん。大丈夫じゃないかな? 最近はろくな仕事が来ないから、なんにも引き受けてなかったし」


 だからヴェイセルが以前に頼んだとき、すぐにやってくれたのだろう。


「あ、そうだ。レシアと一緒にこっちに住むことになったから、よろしくね」

「え、いいのか?」

「ヴェルくんが面白そうな魔物をたくさんくれるって言うからね。これからもダンジョンの探索頑張って!」

「そんなに働いたら死んじまう……」


 ヴェイセルは言いつつも、エイネが来てくれたことを嬉しく思っていた。

 それから彼女があれやこれやと魔法道具の話をする。鉱石の類もほしかったらしく、都合がいいそうだ。


 思わぬ収穫があった、と喜びながら、後のことはすべて彼女らに任せたヴェイセルは、静かな研究所に戻って寝ることにした。


 しかし、帰ってきたときにはすでに彼の寝床は撤去されており、そこかしこにゴブリンがいた。しかもなぜかそれらは涙目になっている。


 レシアはゴブリンを一体一体調べた後、レアな魔物であるレッドゴブリンとの違いを探していたようだ。


「レッドゴブリンはなんにも違わないって話だけど、なにかあったか?」

「そう言って誰もやらないから、私がやる。それに、違いを見つけた」


 レシアはふふん、と自慢げにメモを見せてくる。それによれば、レッドゴブリンは通常のゴブリンよりも、唐辛子への反応が薄いらしい。


 すごくどうでもいい違いだが、ヴェイセルは馬鹿にすることもなく、レシアに対応する。だからレシアはヴェイセルとは話をする気になるのだが、当の本人は特に意識したこともなかった。


「これだけだと、レッドゴブリンとゴブリンの違いなのか、レッドゴブリンの中でもこいつが唐辛子に反応しないのかがわからないな」

「うん。だからヴェルっち。レッドゴブリン増やして?」


 レシアがじっとヴェイセルを見つめながらお願いしてくる。こう言われては、ヴェイセルも断ることができなかった。


 彼女たちが来てくれれば楽になりそうだなあ、と思っていたヴェイセルだったが、早くも二つのお願いを聞かされることになったのだった。



    ◇



 さて、そうしてお昼寝スポットを探し求めて外に出たヴェイセルだったが、リーシャの家は取り壊されようとしているところだった。


 一体なにがあったのかと思い聞いてみると、新しい家が完成したとのことだった。

 それはつまり、ヴェイセルの私室があるということだ。


「おお、快適な睡眠環境がやってくる……!」


 うきうきしながらヴェイセルは新居へと赴く。外から見ただけでも随分立派で、中も綺麗になっている。調度品の類も、リーシャが持ってきたものが置かれており、責任者が住まうに相応しい装いだ。


 ヴェイセルは中をふらふらと歩き、そして一つのベッドを見つけた。嬉しさのあまり、えーい、と飛び込むヴェイセル。


 ふかふかのベッドが心地よく、なんだか慣れ親しんだ感じがする。

 けれどそんなこともどうでもよくなって、ヴェイセルはそのまますやすやと眠り始めた。


 それからどれほどたっただろうか。ヴェイセルのお腹がぐう、と鳴り始めた頃。


 彼はお昼を食べていなかったことを思い出し、もうすぐ夕飯の時間だろうと、考え始めた。


 けれど、もう少し寝ていたい。なんといっても、この抱き枕が最高に気持ちいいのだ。


(うーん。この抱き心地、最高だ)


 ぎゅっと握ると、ふわふわの柔らかな毛がびくりと動く。ついついその感覚を楽しむように、撫でたりつまんだり、いじり回してしまう。


「んっ……!」


 漏れた声に、ヴェイセルは聞き覚えがあった。

 目を開ければ、そこには黄金色の尻尾がある。


「……リーシャ様? なんでここにいるんです?」

「ここが私の部屋だからだ」

「へ……?」


 ヴェイセルはマットレスをぽんぽんと叩いてみる。慣れ親しんだ感じだったのは、これを使ったことがあるからだ。


 それからヴェイセルは辺りを見回して、そこにリーシャが持っていた狐のぬいぐるみを見つけた。


 ようやく状況を理解したヴェイセルにリーシャは声をかけた。


「なあ、ヴェイセル」


 ちょっぴり声が震え気味で、ヴェイセルは彼女が怒っているのだろうか、と怖くなった。


「はい、なんでしょう」

「……もうちょっと、そうしていて」


 思いがけず出てきた小さな声に、ヴェイセルはどうしていいかわからなくなった。

 だけど、なんとなく彼女の求めていることくらいはわかる。


 悩んで悩んで、結果、ヴェイセルは手を伸ばした。リーシャを抱きしめると、華奢な体がそっと近づく。


 彼女はなにも言わなかったが、尻尾がヴェイセルをいざなう。


 ヴェイセルは誘われるがままに、彼女を抱き寄せる。やけに早い小さな鼓動が伝わってきて、彼女の心の内を打ち明けていた。


「すみません。……心配でしたか」

「当たり前だ。お前が倒れたというから、びっくりしたんだぞ」


 リーシャが言うと、ヴェイセルはやっぱり謝ることしかできなかった。

 そうして二人が過ごしていると、ドアがノックされる音が聞こえた。


 慌てて二人が離れると、ミティラが入ってきた。そしてイリナとレシア、エイネが続く。


「あ、リーシャ様。もしかしてお邪魔だった?」


 エイネがそんな言葉を発すると、リーシャは赤くなって、


「そ、そんなことはないぞ!」


 と告げるのだが、声が裏返っていた。

 そしてレシアはヴェイセルを見て、


「……えっち」


 と、小さく告げるのだ。

 それを聞いたイリナは慌てふためき、ヴェイセルを上から下まで眺める。着衣の乱れは心の乱れである。


 混乱するイリナとは対照的に、ヴェイセルは落ち着いた声音で返した。


「それで。用事があったんじゃないのか?」

「ヴィーくん、お昼食べてないし、せっかくだから、皆で食事にしようって話になったの」

「なるほど、それはありがたい」


 ヴェイセルは一人だけてくてくと進んでいってしまう。

 そんな彼のあとをぱたぱたと追ってきたのはエイネだった。


「なんかヴェルくん余裕だね? 大人になったってことなの?」

「というか、なんでそんな慌ててるんだ? リーシャ様は俺を心配してきてくれただけだぞ。面白がるようなことなんてないと思うんだけど」


 そうヴェイセルが告げると、皆が皆きょとんとした。

 やがてイリナはほっとし、ミティラは仕方なさそうに微笑み、リーシャはため息をついた。


 レシアが一緒に来ると、遅れて三人もついてくる。


「楽しみだなーご飯。ヴェルくんもそう思うでしょ?」

「もちろん。ミティラの飯はうまいぞ」

「惚気話? やだなー、ヴェルくん。じゃあいつでも食べられるヴェルくんの分はあたしが食べてあげよう」


 ヴェイセルとエイネがそんな呑気な話をしていると、やがて残りの者も落ち着いてきて、夕食の話で持ちきりになるのだった。


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