32 フェニックス
ひらひらと自由に飛び回っているフェニックスどもは、近づいてくる存在に気がつくと、数羽が勢いよく動き出した。
翼は盛んに燃え、羽ばたくたびに火の粉が舞い散る。
それを見たヴェイセルは、フリームスルスの氷の力を用いる。生じたのは、氷の大剣。巨人の膂力をもってすれば、いともたやすく振るうことができる。
まず向かってきているのは二体のフェニックスだ。残り数体はまだ来ていない。
ヴェイセルは比較的遠い位置にいる鳥へと狙いを定め、氷の力を用いる。しかし、なにも起こらないと見て、フェニックスはさらに勢いを増した。
が、次の瞬間、鳥はもだえ始めた。いつしか翼や首に切り込みが生じている。
(……さすがに切れないか)
見えないほど薄い氷の刃を放ったが、ほとんど溶けてしまったらしい。だが、それで後続の敵が遅れたことは間違いない。
先頭の一羽が迫るとヴェイセルは大剣を構える。そして接触ギリギリまで引きつけて、一気に回避するとともに振り下ろした。
断末魔の声が上がる間もなく、フェニックスの首が落ちた。そして再生が始まるよりも早く、氷の檻に閉じ込める。
同時に、ヴェイセルは下ろした大剣を振り上げていた。向かってくる二匹目のフェニックスを叩き切ると、まだ警戒気味に近くを飛んでいた一体を急襲し剣を一振り。
一瞬で三羽を仕留めると、ヴェイセルは残りの敵に視線を向ける。混乱により、統率を失ったフェニックスの群れに対し、氷の槍を生み出して一気に投擲する。
それだけで首を貫かれ落ちていくものもあれば、回避して向かってくるものもある。
残りすべての、五匹のフェニックスが向かってくると、ヴェイセルは息を大きく吸い込んだ。
そして敵があたかも一つの巨大な炎の塊のようになって向かってくると、ヴェイセルはフリームスルスの氷の力を用いて、剣を変化させる。
代わりに生じたのは巨大な戦斧。持っている彼の姿など目に入らぬほどの大きさだ。
フェニックスどもが慌てて回避行動を取らんとするが、もう遅い。すでに斧の射程内に入っていた。
「さあ、これで終いだ!」
ヴェイセルは勢いよく斧を振るう。
刃は敵をことごとく裁ち切り、そのまま勢い余って空を切った。
千切れ飛んだ羽の残骸が辺りに散らばっていく。その残骸を見つつ、ヴェイセルは一息ついた。これですべて仕留め終えたと。
消し飛んで使い物にならなくなったものはそのままにしておき、大きな塊で残っている残骸を凍らせて、一カ所に集める。
丁度それを終えたところで、手にしていた魔法道具が砕け散った。
(うーん。やっぱりエイネに来てもらいたいなあ。魔物の素材がリーシャ様に回収されて金になるんじゃ、いつか魔法道具が尽きちまう)
そう思いながら、ヴェイセルはえっさほいさと凍ったフェニックスの素材を運んでいく。魔法道具で膂力を強化しているとはいえ、まさかこんな重労働をせねばならないとは思っていなかった彼は、ため息をついた。
◇
クリスタルゴーレムに採掘を任せていたところに到着すると、そこでは随分多くの原石が掘り出されていた。
採掘もおおかた終わったところで、細々したのを見つけてはノームが取ってくる、という状態だった。
より深いところを探ればまだまだ採ることはできようが、そのために来たわけではないのだ。
「よーし、帰るぞ」
声をかけたヴェイセルは、ヤタガラスを引き上げさせる。結局、ここでもダンジョンの成因はわからなかったが、とりあえず問題となるだろうランク5の魔物も仕留めることができた。
あとはリーシャが目を覚ます前に帰ってしまえばいい。
引いてきたフェニックスの素材をリビングメイルに引かせようと思ったが、その鎧は中にたっぷりと原石を詰め込むだけで、ひどく重そうに動くことしかできなくなっていた。
となれば、それ以上の労働などさせられまい。なにより、先ほどよりもずっと熱せられて熱くなっていたため、リビングメイルが握っていれば氷が溶けてしまいそうだ。
ヴェイセルは渋々、クリスタルゴーレムに荷物を任せ、自身は魔法道具で生み出した獣に飛び乗って帰途を急ぐことにした。
◇
そうして村に辿り着いたときには、ヴェイセルは疲れ切っていた。
魔法道具をいくつか同時に使って、自分はその上で寝ころがっていたのだが、気温の差ですっかりやられてしまったのだ。
「へっくしょい!」
汗が冷えたせいか、どうにも風邪を引いてしまったようだ。ヴェイセルはずるる、と鼻をすすると、ようやく村の中に足を踏み入れる。
そしてそこらのゴブリンを見つけると、別のゴブリンを呼びに行かせた。
あっという間に集まってきたゴブリン数十体に原石とフェニックスの素材を運ばせておく。とりあえず、どちらも工房に置いておけばいいだろう。
すべきことはとりあえず後回しにして、今はさっさと汚れを落として、一眠りしたかった。
のろのろと荷物を引っ張るゴブリンたちを横目に、ヴェイセルはさっさと風呂場に行って水を浴びて汗を流すと、そのまま寝ようとするも、なんだか本格的に調子が悪い。
(これじゃ、リーシャ様に移しちゃうかもしれないな)
そう思って、彼は行き先を変更。できたばかりの研究所に行くと、布を敷いて寝ころがった。
そしてそこらにある紙を引っ張り出して、比較的高価な魔力感応式ペンを惜しげもなく使って手紙を書き、ヤタガラスの足にくくりつける。
文面は、現在の症状とそれに合う薬がほしい、というものだ。
そのヤタガラスはあっという間に飛んでいき、王都に到着すると、レシアのいる研究所へと近づいていく。
レシアは丁度、店先にいるところだった。白い狐耳をぴょこんと動かしてヤタガラスの羽音を聞き、そちらに視線を向ける。
そして手紙を受け取ると、すぐに研究所へと入っていった。
その姿を見て、少し休もうと思ったヴェイセルだったが、どうにも眠くてうとうとしてしまう。
(ちょっとくらいならいいか)
そうして睡魔に身を任せていると、どれほど居眠りしてしまったか、はっとして目を覚ましたときには、目の前に揺れる白い尻尾があった。
(……あれ?)
レシアは王都にいたはずだが、今の視界はヤタガラスのものではない。
そして頭を起こしてみると、冷えたタオルが落ちた。額に乗せてあったものらしい。
まじまじと眺めると、そこはヴェイセルが寝ていた研究所で間違いない。しかし、確かに目の前の少女は……。
「レシア? なんでここにいるんだ?」
「エイネに連れてきてもらった」
「あ、そうか。わざわざ来てもらって悪かったな」
「別にいい」
素っ気ない態度の少女は、ヴェイセルに薬と水を差し出した。それを受け取って飲み干すと、彼もようやく落ち着いてくる。
そんな彼をじっと見つめてくるレシア。灰色がかった茶の瞳が、まっすぐに彼を捉えて放さない。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
「よかった」
レシアはちょっとばかり、頬を緩めた。彼女のことをよく知らない人物ならば、気づきもしなかっただろう。随分無愛想だと思うに違いない。
けれど、ヴェイセルは彼女のそんなところもよく知っていた。
だからそれだけでなんだか落ち着いてしまうのだ。
そうしていると、近くにリーシャとミティラ、イリナがいることに気がついた。
リーシャはぱたぱたとやってくると、なにかを言おうとしたが、ぎゅっと口を噤んだ。
「風邪、移しちゃいますよ」
「引いてしまうお前が悪いんだ」
「そんな無体な」
ヴェイセルはそう言いつつも、リーシャがいつもの調子で安心した。
「なあヴェイセル。その……いつもありがとうな」
突然の言葉に、ヴェイセルは面食らった。
彼はしばしリーシャを眺め、それから自分の額に手を当てた。
「どうやら俺は熱のあまり、幻覚を見てしまったようだ」
「なんだよー。そんなに私がお礼を言うのがおかしいか」
そんなやりとりをしていると、レシアが視線を向けてくる。リーシャがやりとりをやめると、ミティラがさっと彼の額に冷たいタオルを置いてくれた。
「そうだ。ダンジョンで手に入れたフェニックスなんだけど……」
「エイネが見てるよ。ヴィーくんもそっちのけでね」
「あいつらしいな」
ヴェイセルは自由気ままな赤毛の少女を思い浮かべ、そんな感想を浮かべた。
そうして少女たちにかいがいしく世話を焼かれたヴェイセルは、
(これからもずっと、こうして面倒を見てくれたら嬉しいなあ)
などとどうしようもないことを思いながら、今日は遠慮なく眠るのだった。




