30 やる気なし魔導師と見守る少女たち
村の近くまで来ると、四人は天狐から降りて、代わりにその上にユニコーンを乗せた。ケルベロスはイリナが消して、そこからは歩くことになる。
「なあヴェイセル。この馬の胴体ってどうするんだ? 食えるのか?」
リーシャがそんなことを尋ねてきた。
「いえ、今回は精霊契約を済ませようと思いまして」
「男のお前が? さっきの暴れようを見ただろう?」
ユニコーンは若き乙女にしか決して懐かない。だからヴェイセルが契約すると言ったとき、三人はきょとんとしてしまった。
そのためにわざわざ無傷で持ってきたのだから、馬刺しにされては困るのだ。
「ええとですね。魔物は地面に埋まってる状態だと活動しないでしょう? そして頭だけ出してきます。つまり、角が収穫し放題なんですよ」
「なんという外道のやり方だ……だが、再生には膨大な魔力と時間がかかるはずだ」
「まあそうなんですが、野生の個体を捕まえるよりは楽でしょうから。なにしろ魔力には困ってませんし」
ヴェイセルは魔物とどれほど契約しようが困らない魔力を秘めている。それならば、あとは時間の問題ということになろう。
数十体を埋めたままにしておけば、大量生産も可能になるだろうが、今はそこまで金に困っているわけではない。
そんなわけでヴェイセルは、村に帰ってくると、早速ユニコーンへと鬼包丁を向けた。魔力を込め一閃。
角はあっさりと切り取られ、ただの白馬となったユニコーン。それに魔力を込めて精霊契約を済ませ、あとは埋めておく。
「ヴィーくん。ゴブリンが掘り返したりしちゃわない?」
「そうだなあ。兵たちに頼んで囲いを作ってもらおう」
ヴェイセルは近くにいた兵に声をかけ、仕事を押しつけた。
さて、これで魔法道具の材料は一つ目だ。これを集めていけば、いずれエイネを誘ったときに役立つことだろう。
「それじゃあ、俺は仕事があるから……っと、アルラウネは馬車にいないんだった」
「もうヴィーくん。お昼寝したいなら家でしたほうがいいよ?」
「違うって、本当に仕事なんだってば。信じてくれ。そのついでに寝るだけなんだからさ」
ヴェイセルが言うと、イリナが片腕に抱きついてきた。
「あの……私でよければ、お手伝いします!」
「本当か!? ありがとう、助かるよ」
ヴェイセルは喜々として告げる。そしてイリナも尻尾をぱたぱたと動かして嬉しげだ。
それを見たリーシャもまた、得意げに尻尾を揺らす。
「仕方ないな。ヴェイセルがサボらないか心配だからついていってやろう」
「リーシャ様が心配なのは、別のことではありませんか?」
ミティラがからかうと、リーシャは、
「そ、そんなことないぞ。そんなことないんだから」
と狼狽した。
それからリーシャの荷物がある馬車――といっても、すでに大きな荷物は彼女の新しい家へと移されつつあるのだが――に行くと、そこには寝ころがったモグラがいた。
けだるげなノームだったが、来客を見てのそりと起き上がる。
ミティラは袋の中から筆と紙を用意すると、ヴェイセルに手渡してきた。それを受け取ったヴェイセルは、そのままイリナに渡した。
「今から言うことを書いてくれ」
「わかりました!」
イリナは気合いを入れる。しかし、そんな彼女に帰ってきた言葉は。
「平原のダンジョンを調査したが、原因となるものは見つからなかった。以上」
「……それだけですか?」
「うん。書き終わったら渡してくれ」
ヴェイセルは受け取ると、魔力感応式ペンで署名を入れる。そうすると、ヤタガラスを飛ばして王都へと運ばせた。
北のダンジョンはこれまで三つ調査を済ませた。しかし、どれも共通してダンジョン生成の原因がわからなかったのだ。
奇妙なことだが、それ以上に報告のしようがない。
それからヴェイセルはふと、まるっこいモグラのような生き物に視線を向ける。
(……クッションにならないかな?)
そう思って背もたれのようにしてみると、ノームは鼻先をヴェイセルに向けてもぐもぐと動かしながら、なにをするのかと、不満げな視線を向けてきた。
どうやら、アルラウネのようにはいかないらしい。
それに思ったほど柔らかくもなく、ヴェイセルはがっかりだった。もちろん、それ以上にがっかりしたのはノームのほうだったが。
「そうだ。リーシャ様、天狐貸してくださいよ」
「クッションにするなら貸さないぞ」
「そんな……」
うなだれるヴェイセルに、イリナが声をかける。
「あの、ケルベロスでよければ……!」
「ええ……あいつ固いじゃん……」
クッションに使うには問題がありすぎる。
ヴェイセルはどうしたものかなあと思いつつ馬車を出ると、天気がいいのでアルラウネのところに向かった。
そうすると、三人も一緒についてくる。
「あのー……今日はもう、なにもしませんよ?」
「知ってるぞ。そんなに働くヴェイセルなんて見たことない」
それならそれでいい、とヴェイセルはアルラウネを見るなり、
「やあアルラウネ。お昼寝しに来たよ」
と声をかけたのだが……。
彼女はゴブリンたちと一緒に、マモリンゴを収穫しているところだった。
アルラウネが蔓を伸ばして器用に果実を取る一方、ゴブリンたちは、ゴブリンの上にゴブリンが乗って、ゴブリンタワーを作っていた。
が、ヴェイセルが声をかけるとびくりと動いて、そのまま崩れて転がっていく。
(うーん? 嫌がられてしまったのだろうか?)
ゴブリンはヴェイセルを見ると、できるだけ目立たないところに移動しようとする。仕事を押しつけられると思ったのだろう。
無論、ヴェイセルはお昼寝しに来ただけなので、困ってしまう。
そんな彼のところにアルラウネは駆け寄ってきて、採れたばかりのマモリンゴを見せてくれる。
「これはおいしそうだね」
ヴェイセルが言うとアルラウネは笑顔になって、すぐに小さなナイフでさっと切り分けた一つを掴み、ヴェイセルの口元に持っていく。あーん、というやつである。
「甘くて美味しいね」
ヴェイセルとアルラウネがそんなことをしていると、リーシャは二人を見て
「甘くて胸焼けしそうだ」
とこぼすのだった。
◇
さて、そうして収穫を終えたゴブリンたちは、マモリンゴを箱に詰め込んでいく。どうやら、これは王都へと運ばれていくものらしい。
ヴェイセルがそれを眺めていると、ジェラルドが箱詰めされたコケッコーのタマゴを持ちながらやってきて、ゴブリンたちに一瞥をくれる。
「そっちも終わりそうだな」
満足げに笑いながら、ジェラルドは近くに止めていた馬車へと箱を乗せていく。今日のうちに出発するとのことだった。
あれからコケッコーの数も増えたため、今では交易もできるようにもなった。そうして得た資金は基本的にリーシャのものとなる。というのも、ヴェイセルでは管理できないだろうというのと、彼も面倒なのでそれで構わないと告げたからだ。
「そうだ、ジェラルド。工房と研究所の建設はどうなってる?」
「内装は全然だが、おおかた住める程度にはなったな。……それはいいんだが、当てはあるのか?」
「腕のいい技師と錬金術師が一人ずつ。そろそろ、本格的に考えておくよ」
ヴェイセルとしても、この辺りはいつまでもほったらかしにしておくわけにもいかないと考えていた。なにより、やりとりをするのにいちいち王都にヤタガラスを飛ばすのは面倒くさい。
そんなことを考えていたヴェイセルだったが、その日はさっさと部屋に行って眠ってしまう。
そして誰もが寝静まった晩になると、そそくさと部屋を抜け出して、ゆっくりと村を歩いていく。
忍び足で音を立てないようにしているのはいかにも不審者然としている。そんなヴェイセルがリーシャのいる小屋に視線を向けていると、なにかにけつまずいた。
「ゴブッ」
「しーっ。まだ夜中だから寝てなさい」
ヴェイセルは道ばたの居眠りゴブリンに、巣に戻るよう促しつつ、自身は北へと向かっていく。そして村を出るとリビングメイルの一体の肩に飛び乗り、移動を開始する。
魔力をうんと込めると、そこらの魔物とは一線を画する力強さで、その鎧は動き始めた。
振動が大きいのみならず、地面を踏みしめるたびにずしんずしんと音が鳴るのが難点だが、自分で歩くよりはよほどいい。魔法道具だって必要ないため、金もかからない。
そうしてヴェイセルは、一つのダンジョンに辿り着いた。外からでは中の様子はいまいちわからないが、高い魔力を感じる。
(これは俺がなんとかしておかないとな。リーシャ様が行きたいと言い出したら、危なかった)
ヴェイセル一人だけならなんとでもなろうが、彼女たちまでいれば安全を確保しながら調査するのはなかなか骨が折れる。
ヤタガラスに先行させ、中を探らせると、そこはあちこちから火が噴き出す灼熱地帯であった。
ヴェイセルは
(うーん、帰ったらお風呂に入ろうかな)
と思いつつ、リビングメイルから降りてダンジョンへと飛び込む。すると熱気が彼を出迎えた。




