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3 もう一人の同行者

 北へと向かう馬車の中、リーシャは荷台の端に腰掛けていた。

 ぱたぱたと足を動かしているのは、退屈っぷりをよく表わしている。


「ヴェイセルー。まだ着かないのか? もうずっとおんなじ風景ばっかりだぞ」

「まだ旅立ったばかりですよ。これから行く先は、もっとつまらない自然ばかりでしょうね」

「なんとかしてくれよー。約束したばっかりじゃないか」

「温かい食事に関しては、確かに約束しましたね」


 暇そうなリーシャを見つつ、どうしたものかなあ、とヴェイセルは考える。


 彼としては、こうしてリーシャを眺めているだけでも十分に楽しいのだが、子供っぽいリーシャは飽きてきたようだ。


「そういえば、リーシャ様はよく北へ行けることになりましたね」

「うむ。父上に頼んだら快諾してくれたぞ」


 ごくあっさりと言うリーシャ。

 一方でヴェイセルは、


(……あの国王め! そんな準備をしてくれとは言ってねえ!)


 と胸中で叫ばずにはいられなかった。


 しかし、そうならば、北での生活を楽にするための物資がたくさん詰め込まれていてもおかしくはない。なんせリーシャは姫なのだから。


 となれば、それを食いつぶしているだけで、しばらくはなにもしなくても済むかもしれない。ヴェイセルはのんびりやろうかなあ、などと思うのだ。


「どうしたヴェイセル? 公費でお酒を飲むときの父上の顔によく似ているぞ?」

「どんな顔ですかそれ。確かに人の金で生活できるならそうするのもやぶさかではありませんし、ヒモになるのも悪くないかな、とは思いますが」

「む、ダメだ。それはダメ。ご近所さんに、旦那さんなにしている方なのって言われたら困っちゃうじゃないか」

「リーシャ様、妙なところ庶民じみてますね」

「と、とにかく、ダメなんだ」


 そうしてリーシャはそっぽを向いてしまう。


 さて、そうなるとヴェイセルも対応に困ってしまう。けれど、リーシャは機嫌が悪いわけでもなかったので、話を続けた。


「リーシャ様の荷物はどうしたんですか?」

「む。女性の私物を気にするのは感心しないぞ?」

「そうではなくて。陛下からなにかもらってたりしませんか?」

「……そういうのはわからない。全部やってもらってたから」

「じゃあ、確認しに行ってみましょうか」


 ヴェイセルは早速馬車から飛び降りると、リーシャに手を差し伸べる。彼女はその手を取りつつ、軽やかに続いた。


 そして彼女は手を前にかざす。


「おいで、天狐!」


 リーシャの呼びかけに応じて光が集まっていき、黄金色の狐が姿を現した。尻尾が四つある妖狐の魔物、天狐である。


 人々は精霊と契約することで魔法が使えるようになり、その精霊が肉体を持つと魔物と呼ばれることになる。


 王族は基本的に妖狐の魔物と契約するため、リーシャも例に漏れず、狐の魔物を従えていた。


 高位の魔物ともなれば、肉体を自由自在に操ることができるため、普段は精霊として宿っている状態を保ち、必要なときだけこうして出てくるようにもできる。


 リーシャは天狐を撫でてやると、その狐は機嫌良く鳴き、乗るように促したので、ヴェイセルはリーシャを抱きかかえて天狐の上に乗せてやった。


「たいした距離じゃないんですから、歩くとかは考えなかったんですか?」

「天狐と私は契約しているんだ。つまり一心同体。天狐が歩くということは、私が歩くことにほかならない」

「つまり、歩きたくなかったんですね」


 そうして二人は歩き出し、近くの馬車から訪ねていく。そうすると、欠伸をしていた見張りの兵がリーシャを見て、慌てて口を閉じた。


「残念、ここはハズレだ」

「じゃあ次に行きましょう。あ、おつとめご苦労様です」


 リーシャとヴェイセルはそんな調子で馬車を確かめていく。その中で、自分が従える部下たちの顔を初めて見るのだから、なんとも呑気なものだった。


 なかなか目的のものが見つからないでいた二人だったが、ヴェイセルがある馬車の中を覗くと、そこには見知った顔があった。


 どこかおっとりした印象を受ける少女の長い銀髪は上品な髪飾りでまとめられており、銀の狐耳は元気に立っていた。


「あら、リーシャ様。もうお腹が空きましたか?」

「おいミティラよ。ひとを食いしん坊みたいに言わないでくれ」

「冗談ですよ。荷物はまとめてありますから、ご心配なく」


 ミティラは視線をリーシャからヴェイセルに移す。視線があったヴェイセルは、改めて彼女を眺める。


 ミティラは貴族の娘であり、王宮に努めるようになってから面識はあるが、まさかこの旅にまで同行することになるとは思っていなかった。


「なんでミティラがいるんだ? いつも綺麗な格好しているから、泥臭いのは向かないと思ってたんだけど……まさか、実は泥んこになって遊ぶのに憧れていたのか?」

「もう、ヴィーくん。女性に向かってその言いぐさはないんじゃない? ヴィーくんがこんなに乙女心がわからないから、リーシャ様の世話もかねて、行くことになったのよ」

「へえ、大変そうだなあ……」


 思わず呟くヴェイセルに、リーシャが不満げな視線を向ける。


「なんだヴェイセル、ひとをめんどくさいものみたいに言いおって」

「まさか。そんなことはありませんよ。宮廷魔導師ヴェイセル、なにからなにまで精一杯リーシャ様のお世話をさせていただきます」

「ヴィーくん、そんなこと言って着替えまで手伝おうとしてもだめよ?」


 ミティラが茶化すと、ヴェイセルとリーシャは二人揃って赤くなった。


「ヴェイセル! そ、その、そういうのはダメだからな!」

「しませんよ、誓って」

「むむ……そうあっさり言われると、それはそれでなんだかもやもやする……」

「どうすればいいんですかね」


 困ってしまったヴェイセルを見て、ミティラが助け船を出してくれる。からかうだけでなく、気配りもできる少女だった。


「お昼にしましょう。お弁当だから、そんな豪華ではないけれど……」

「俺は誰かが作ってくれたものなら、なんだって喜んで食うよ」

「褒められてるのかけなされてるのか、よくわからないけれど……ありがとう?」


 そういうことになると、ミティラは荷物の前にお座りしていた魔物に声をかけた。


「アルラウネ、荷物番、お願いね」


 花や葉を纏った緑色の肉体を持った少女で、大きなつぼみに包まれるような形を取っていたが、中から二本の足で這い出てきた。短時間なら、そのような状態でも問題ないらしい。


 アルラウネに任せて、ヴェイセルは元の馬車に戻っていく。そして早速お弁当を広げるのだ。


 色とりどりの料理が、見栄えも美しく並べられている。


「さすがミティラ、なんでもできるんだな。それじゃいただきます」


 ヴェイセルは遠慮なく、卵焼きをつまんだ。

 ふわふわと柔らかく、出汁がきいている。これといった難しい料理ではないからこそ、なんとなく腕前がわかったりするものだ。


「うーん。おいしい。最高」

「おいヴェイセル。これは私のために作ったものだぞ」

「リーシャ様のためでもあるんですよ。こんなに食べたら太っちゃいますから。あ、この唐揚げおいしい」

「お前こそ寝てばかりなのに食ったら太るじゃないか。だからこのハンバーグは私が食べてやる」


 ヴェイセルとリーシャがそんな調子で仲良く食べているのを見て、ミティラはくすくすと笑った。


 和やかな食事時であったが、視線を外に向ければ、そこでは大剣が輝いていた。ジェラルドのおっさんが、振りかぶったそれを力任せに振り下ろす。


 その先には狼の魔物、ウルフがいて、真っ二つになっていた。


 魔物は精霊が人と契約して生じる場合より、精霊が魔力の濃いところで自然に魔物化することのほうが遙かに多い。


 それゆえに、人が少ない北に向かえば向かうほど、このような事態に遭遇する確率は上がっていく。そもそも、ヴェイセルが北へ向かわねばならなくなった理由の一つには、魔物が出るようになったことがあるのだ。


 が、彼ら三人は呑気に食事をするばかりだった。


「あのおっさん、連れてるのレッドオーガか。あれじゃあ、どっちがレッドオーガでどっちがおっさんかわかんないな」


 ジェラルドの近くでは、彼よりも一回り以上大きい赤鬼が棍棒を持っていた。怪力を誇る魔物である。ほかの兵は魔物を連れていない者がほとんどなので、実力の違いは明らかだ。


「色が違うからわかるだろ? まったくヴェイセルは観察力が低いなあ」

「それって、鎧かぶせたらわからないって言ってるようなものじゃないですか」


 そんなことを言っているのも、飯を食い終わるまでのことだった。

 昼食を終えたヴェイセルは、ごろりと横になって、数度瞬きする間に寝息を立て始めてしまった。


 そんな彼を見るリーシャとミティラ。


「ヴィーくんと一緒で不安になってしまいましたか?」

「まさか。私まで気が抜けるくらいだ」

「本当のところはどうでしょうね?」


 笑うミティラに、リーシャはちょっと不満げに口を尖らせた。


 そして天狐を呼ぶと、その狐はお座りをするように尻尾の付け根を地面に押しつけて固定し、くるりとその場で回るような動きをして、尻尾を咥えるかのような姿勢になる。


 丸くなった天狐にリーシャは背を預けると、お昼寝を始めた。一度だけ、隣の彼を見てから。


 そんな姿を見て、ミティラは起こさないよう静かにその場をあとにした。

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