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29 ヴェイセルの受難


 広がる草原の向こうには、動く魔物の姿があった。

 ゴブリンやコケッコーがうろうろしているが、どうやらより強い魔物はいないようだ。


「どうだヴェイセル。なにかいそうか?」

「うーん。この近辺には特に。とはいえ、前のダンジョンよりは強い魔物がいるかもしれません」


 ゴブリンがいるうちは平和なものだろう。

 ヴェイセルはとりあえず、魔法道具を用いてヤタガラスを飛ばし、遠方を探っていく。


 そうして進んでいくと、次第に魔物の姿も変わってくる。ずんぐりむっくりして大柄なゴブリンは「ホブゴブリン」だろう。ランク2の魔物だが、大きいだけであまり違いはない。


 魔物がほとんどいないことから、非常に穏やかにも思われる光景が続いていたが、その向こうに勢いよく動いている魔物を発見した。


 自由自在に動いているのは、角の生えた白馬。ユニコーンである。ランク4の魔物であり、角には病気を治す力があるとされていた。


「ユニコーンがいました。あれがここのダンジョンの原因でしょう」


 ヴェイセルが言うと、うら若き乙女たちはあからさまに嫌そうな顔をした。


「なあヴェイセル。ユニコーンって、あのユニコーンか?」

「ええ、そうです。獰猛な生き物ですが、美しい乙女におびき寄せられてしまうというどうしようもない魔物です」


 ユニコーンを捕らえる方法は、美しい少女を連れていくと、その香りにつられてふらふらとやってきて眠ってしまうため、そこを襲うのがいいとされている。


 この三人ならば見目麗しく、ユニコーンだってメロメロになってしまうだろう。

 だがしかし、どうにも浮かない顔である。


 半ば囮になるようなものだから、嫌なのかもしれない。そう考えていたヴェイセルだが(といっても彼はそんな作戦など取る気はない)、そこではたと気がついた。


 ユニコーンは近づいた女性が処女でなければ怒り狂って殺してしまうという、ろくでもない獣だということに。その辺のことも踏まえて、トラブルになりやすいこともあり、あまり好まれない魔物としても有名だったのだ。


「あー……そういうことでしたら。俺が行ってくるので大丈夫ですよ」


 ヴェイセルが言うと、リーシャが顔を赤らめた。


「ば、ばか! お前はなにを勘違いしているんだ! そーいうのじゃないからな!?」

「わ、私もヴェイセルさんだけですから!」


 ケルベロスから飛び移ってきたイリナが、そんな宣言とともにヴェイセルに抱きついた。


 リーシャはあんぐりと口を開けたまま、固まってしまった。

 そんなリーシャに追い打ちをかけるように、これまたケルベロスから乗り移ったミティラがヴェイセルの胸元に手を乗せ、しなだれかかる。


「もう、ヴィーくん。いつの間にイリナちゃんとそんな仲になってたの?」

「なってない! 誤解だ!」


 ヴェイセルが叫ぶと、リーシャが硬直から解けて、慌てて飛びついてくる。


「お、お前ら、これから魔物と戦うのに、なんだその態度は!」

「リーシャ様だって、くっついてるじゃないですか」


 頬を膨らませるリーシャに、ちょっとからかってみるミティラ。

 そしてイリナはヴェイセルに抱きついたまま、尻尾を激しく揺らしながら頬ずりしていた。


 ヴェイセルがどうすればいいんだこれは、と頭を抱えたくなったところで、誰も背にいなくなったケルベロスがお座りをしたまま、大きな欠伸をした。



    ◇



「……で。これは一体どういうことなんだ」


 ヴェイセルがぼやく。しかし、その格好は普段とは違っている。

 簡素な村娘が着るようなスカートをはき、麦わら帽を被っているのだ。


「ヴェイセルさん、可愛いです! とっても!」


 イリナが褒め称えてくれる。が、ヴェイセルはちっとも嬉しくなかった。

 なにが悲しくて女装などしなければならないのか。


「……なあ、本当にこれで行くのか?」

「そう決めたじゃない。ユニコーンにバレないよう近づいたほうが、安全に仕留められるって。ヴィーくん、似合ってるよ」

「すぐに気づかれそうだけどなあ」


 ヴェイセルはスカートをつまむ。ひらひらしてとても動きにくいこと、この上ない。


「なあにヴィーくん。そんなに私のスカートが気になるの?」

「そ、そんなわけ……いや、初めてはいたから、気にならないってわけじゃないけれど……」


 ミティラにからかわれながら、ヴェイセルはため息をついた。リーシャのドレスは派手すぎるし、イリナはあまり服を持っていないことから、彼女のスカートを借りることになったのだが……。


(大丈夫なんだろうか、これで)


 ヴェイセルは不安に思わずにいられなかった。


 しかし、そんな四人を乗せて、天狐はてくてくと歩いていく。もうユニコーンのすぐ側まで来ていたのだ。


 ここまで来ては、もはや引き返すことなどできない。覚悟を決めるしかないのだ。

 息を呑むヴェイセルは、できるだけ目立たないように、静かに座っている。


 そうすると、ユニコーンが彼らの存在に気がついて近づいてきた。ゆっくりと、頭の角が向きを変え、そして確実に近づいてくる。


 あの角には病気を治す能力がある。魔法道具にすれば病を治す魔法が使えるし、そのまま薬にすることもできる。


 契約すれば魔法道具にしなくとも病を治す魔法が使えるのだが、ユニコーンは気性が荒く、男や処女でない女性を見るなり暴れ出してしまうことから、契約する人物はほとんどいない。


 さて、そのユニコーンが間近になると、ヴェイセルは息を呑んだ。

 途端、強い風が吹いた。


 ふわり、とスカートがめくれ上がる。


「きゃあ!」


 声を上げたのはヴェイセルだ。慌ててスカートを押さえるも、もう遅い。

 ちらりと見えたのは脛。そこには、すね毛が生えている。


「ぶひひいいいいいいいん!」


 ユニコーンが怒りの絶叫を上げる。騙されたことにより、その激しさは従来のものよりもずっと高まっていた。


(しまった……! 毛の処理を忘れていた!)


 鋭い角が向けられ、勢いよく突っ込んでくる。


「天狐、距離を取ってくれ!」


 リーシャが指示を出すと、天狐はくるりと敵に尻尾を向けて、走っていく。だが、四人も乗せているため、そしてユニコーンのほうが走りには長けていることもあって、距離は縮まっていく。


「ヴェイセル。どうするんだ?」


 リーシャが尋ねた。彼女が天狐へと魔力を注ぎ込めば、一気に引き離すことだってできよう。


 だが、ヴェイセルは、


「このままでいい。俺が離脱したら距離を取ってくれ」


 と、告げてから、ユニコーンに視線を向けた。迫る角。そして敵が勢いを増した瞬間。

 ヴェイセルは勢いよく飛び出し、ユニコーンの角を掴みながらその背に飛び乗った。


「ひひいいいいいいん!」


 男を乗せるまいと大暴れするユニコーン。

 だが、間もなく力を失って、ぐったりと倒れていく。ヴェイセルが魔力を込めただけで、精霊が舞い上がってきてしまったのだ。


 やがて意識を失い抜け殻と化す。ヴェイセルは傷もなく仕留めることができ、ほっとしていた。


「よし、終わったぞ」


 ヴェイセルが言うと、天狐が戻ってくる。そしてミティラがヴェイセルの姿をまじまじと眺める。


「ねえヴィーくん。私のスカート、破れちゃってるんだけど」


 ユニコーンの角が引っかかってしまったようだ。ヴェイセルの太ももが露わになっていた。


「すまん、ミティラ」

「それとも、ヴィーくんはそういうのがお好み?」


 ミティラはスカートの裾をすっと持ち上げてみせる。白い肌が露出すると、ヴェイセルは喉を鳴らした。


「あの、ヴェイセルさんがお好みでしたら!」


 イリナが顔を真っ赤にしながら、ヴェイセルの前でスカートを持ち上げる。

 慌てて顔を逸らしたヴェイセルに、リーシャが駆け寄ってくる。


「お、お前はなにをさせてるんだ! 馬鹿、えっち!」

「なんにもさせてませんよ!」


 そう言いつつも、リーシャはドレスをぎゅっと握っていた。


 どうしていつもこうなるんだろう。そう思ったヴェイセルだったが、彼女たちが無事でなによりだ、さあ帰ろうと気持ちを切り替えた。


 やがてユニコーンはケルベロスに担がれ、四人を乗せた天狐は村へと戻っていく。道中は平和なものだった。


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