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27 シュッとして、つるん

 昼下がり、四人は遅い昼食を取っていた。

 ミティラが寝ているヴェイセルとリーシャのために弁当を作って持ってきたのだが、皆で寝てしまったため、このような時間になったのだ。


「うーん。やっぱりミティラの作る飯はうまいなあ」

「そう? ありがと。急にこしらえたから、ちょっと心配だったのだけど」

「いやあ、この唐揚げなんかおいしいよ」

「それ作ったの、イリナちゃんなんだけど」


 ヴェイセルはこの瞬間、悟った。ああ、これは失敗したな、と。


 人間、誰しもミスを犯すことはある。しかし、その前に本当にこれは問題ないのかと、自問自答することでそれを極力減らしているのだ。


 果たして今回のミスは本当に防げないものだったのか? 否。きちんと味わっていればこのような状況にはならなかったはず。


 うっかり口を滑らせたのは、本当に愚かとしか言いようがない。

 もし、これでミティラが機嫌を損ねてしまったら、今後どうなることか。


 たとえば、料理の数が彼の分だけ一品だけ少なくなるとか。もしくは寝ているうちに食事を済ませてしまうようになるとか。


 そうなったら一巻の終わりである。自分で作る気のないヴェイセルは青くなった。


「私はミティラさんのお手伝いをしただけですよ。ミティラさん、とっても手際がいいんですよ」


 と、イリナが言ってくれて、ヴェイセルは今度はほっとして顔色がよくなっていく。


「本当に、ミティラがいてくれて助かるよ。これからも台所を任せられたら、俺はとても嬉しい」

「もう、味もわからなかったくせに。調子がいいのね」

「嘘じゃないよ。俺は本当に、ミティラしかいないと思ってる。君じゃなきゃダメなんだ」

「……仕方ないなあ。これからも、ヴィーくんに作ってあげる」


 ミティラは銀髪をくるくると弄びながら、ほんのりと顔を赤らめた。ほだされやすい少女だった。


 ヴェイセルはそんな様子を見て、これまたほっと一息。どうやら難を逃れたようだ、と。


 しかし一方でリーシャは不満げな顔をしている。ヴェイセルはまたしても青くなった。忙しい男である。


「そんなにミティラの飯が好きなら、たっぷり食うといい」


 リーシャは唐揚げをヴェイセルの口に放り込んでいく。一つ、二つ、三つ……。


「りーひゃはま、まっへ、ふがふが」


 ヴェイセルは口いっぱいに唐揚げを詰め込みながら、なんでこんな状況になったのだろうか、と思い返す。


(そうだ。あれもこれも、ゴブリンがいなくなったのが悪い。あいつさえ問題を起こさなければ、俺は今頃ようやく起きてきて、ゆっくり家で飯を食えていたはずなのに。まったく、いなくなるとは何事だ)


 と、適当なことを考えていたヴェイセルだったが、視界に兵たちの姿が目に入った。ほとんどの兵はヴェイセルたちのほうを見ると、なんだか笑顔で遠巻きに眺めてくる。


 しかし、近づいてこないのはきっと、リーシャの頼み事を聞かなければならなくなる可能性が高く大変だからだろう、とヴェイセルは自分の境遇と照らし合わせて思うのだ。


「なあ、お前あの噂聞いたか?」


 ヴェイセルが口の中の唐揚げを必死に飲み込もうとしていると、兵たちの声が聞こえてきた。


「噂ってえと……あれか。夜になると、鎧がうめき声を上げるってやつ。まったく、そこらで酔って寝てるやつと間違えたんじゃねえの?」

「ばっかお前、もう何人も聞いてるんだぞ? そんなにあちこちに見えねえ酔っ払いがいてたまるか」


 どうにも気になる噂だ、とそちらに意識を傾けていると、いつしかヴェイセルの口元を拭ってくれる者がいた。


 にこやかな笑顔のアルラウネは、嬉しげに笑ってから、そそくさと離れていく。

 彼女は光合成で栄養を得ているため、特に食事が必要ないのだ。そうでなくとも魔物は基本的に契約した主人の魔力を糧にしている。


 だから会話に口を挟まずにいたのだが、なかなかに慎ましい性格である。そんな彼女の後ろ姿を目で追っていると、


「ヴィーくん、また鼻の下伸ばしてる」

「ヴェイセルさん、ちょっとだらしないです」

「お前はまったく……」


 口々に言われてしまうヴェイセルだった。


(どうしてこうなったのだろうか?)


 再度自問するヴェイセルは、日向で大きな欠伸をする天狐を見て、ああ、あいつは平和でいいなあ、と口の中でぼやいた。



    ◇



 さて、そうして食事を終えると、四人で仲良くゴブリン探しが始まった。


「ゴブリン探しって、なにか手がかりとかないんですか?」


 イリナがリーシャに尋ねた。彼女はここに来たばかりだから、ゴブリンの区別などできないのである。ずっといるヴェイセルもできないのだが。


 リーシャはふと考えて、ぽんと手を打った。


「なんというかな、シュッとしてるんだ」

「ええと……シュッですか」

「そう。シュッとして、つるんとしてるんだ」

「つ、つるん……」


 イリナが困った顔を向けてくる。ヴェイセルは首を横に振った。よくわからない、と。

 そうするとミティラがリーシャに尋ねた。


「リーシャ様のお気に入りのゴブリンですか?」

「うむ。あいつはヴェイセルによく似ているんだ」


 一人頷くリーシャ。

 そう言われたヴェイセルは、


(俺はシュッとしてつるんとしてるのか……というかどういうことなんだ)


 と、リーシャの表現力に疑問を持ったが、指摘しないでおいた。


 さて、そうしてゴブリン探しをしていくが、ゴブリンの区別ができないため、ヴェイセルとイリナは二人のあとにただついていくばかりである。


 そうしていると、いろいろと村の変わった風景が見えてくる。コケッコーの数は変わらないのに大きくなった鶏小屋。ようやくできてきたリーシャの家。


 簡易のゴミ処理施設には、日に日にゴミが山積みになっていく。処理するための魔法道具を使えるのは基本的にヴェイセルだけなので、彼のサボり具合のパラメータと言ってもいい。


 兵舎へと入る兵の数も随分と多くなった。兵が連れている魔物が外で寝転んでいるが、ゴブリンも一緒に居眠りしている辺り、魔物同士でも仲良くやっているのだろう。


「いないなあ、ゴブリン」

「そうですね。ところで、どんなところが俺に似ているって言うんですか、リーシャ様」

「うん? そうだな。あんまり働かないところとか、隙を見て居眠りするところだな。だから今もきっと、どこかで寝ているはずだ」


 なんという風評だ、とヴェイセルは思った。だが、働かないのはともかく、寝ているのは事実。


 反論もせずにいたヴェイセルだったが、ふと思い当たることがあった。


 もう、村はおおかた調べてしまった。となれば、村の外に出て食われてでもいない限り、隠れる場所なんて限られてくる。


 契約は切れていないため、おそらくまだ村の中にいるだろう。


「うーん。ちょっと見てみますか」


 首を傾げるリーシャたちを連れて、ヴェイセルは村の外れに向かっていく。そこには、警備のためにリビングメイルが立っていた。


 そちらに近づいていくと、うめくような声が聞こえてくる。どうやらこれが噂のリビングメイルらしい。


 ヴェイセルはリビングメイルの兜を取る。そうして中を覗き込むと、そこにはゴブリンが折りたたまれるようにして中に入っていた。


「グゴゴォ、ゴブ、フガガ、ゴブッ」


(なるほど……シュッとしているというのは、ひょろいってことか。そしてつるんとしているのは、毛がなくてつるつるしている頭のことだったのだろう)


 そんな肉体だからこそ、この狭い鎧の中にも入ることができたのだ。


「どうだ、ヴェイセル?」

「あのですね、リーシャ様」

「む、なんだ?」

「俺はまだ『つるん』じゃありませんよ、決して『つるん』では!」

「そ、そうか……」


 珍しく勢いがあるヴェイセルに、リーシャはたじたじになる。


 そうしている間に、イリナは木の棒でゴブリンを突っついてみる。リーシャから言われた、ゴブリンの識別方法だ。


 そうすると、たいていのゴブリンはぴょんと跳び上がったり、くすぐったそうに身をよじったりするのだが、このゴブリン、微動だにしない。「グゴゴ」といびきを立てながら気持ちよさそうに寝ている。


「確かに、ヴィーくんに似てるかも」

「そっくりさんですね」


 ミティラとイリナが呆れたように言う。


「一緒にしないでくれ。俺はそんなにいびきを立てないでバレないように寝るぞ」

「もっと最悪だな、ヴェイセル」


 呆れる三人の視線にいたたまれなくなったヴェイセルは、なにもかもこのゴブリンのせいだ、と思うのだった。


 そうして、村の小さな怪談はあっけなく解決したのであった。


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