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26 リーシャのお願い



 ヴェイセルはこの日も、昼までごろごろと過ごしていた。


 魔女の館の調査に行って数日。王からの連絡が来るまでは動けなかったのだ。いや、動けないということにしていたと言ったほうが正しいか。


 ヴェイセルはいい大義名分を得たと、ここぞとばかりに怠惰を極めようとしていたのである。


 なんせ、村づくりに関して彼が直接動く必要はあまりなくなったのだ。新しく来た兵たちには優れた人材が多く、さらに彼らが魔物を連れているため、その分の労働力も増えた。


(肉体労働なんて、やるものじゃないよなあ、今までがおかしかったんだ)


 と彼は思う。


 宮廷魔導師という立場を考えれば、誰かにそういったものを任せてしまうのは特に珍しいことではないだろう。だが何日もの間、朝はずっと眠りっぱなし、昼になれば飯を食って昼寝し、夜は飯を食ったらうたた寝する魔導師がどこにいようか。


 しかし、そんな生活にヴェイセルは生きている実感を得るのだ。ああ、今日も平和で素晴らしい、と。


 彼がこんな性格なのは、生来のものであったことも否めないが、環境のほうが大きかったと言えよう。


 母はそれなりにいいところの娘だったようだが、ヴェイセルを生むときに亡くなり、父は彼の魔力を見て治療費を嫌がり、とても育てられぬと蒸発した。


 そう聞かされたが、実際のところはどうだったかヴェイセルにはわからないし、知ろうとも思わなかった。


 その後は孤児院で過ごし、リーシャと出会ってからはひたすら訓練に明け暮れた。そして最年少で宮廷魔導師となると、誰もやりたがらない危険な、かつ表に出てこない任務を押しつけられることになる。


 厳しい生活が続いたからこそ、ヴェイセルは「やらなくていいことはできるだけやらない」というのがモットーになった。


 さて、そんな彼はもう少し寝てからお昼にしようと思っていたところ、扉が勢いよく開けられた。


 入ってきたのは、黄金色の尻尾を揺らしている少女だ。


「なあヴェイセル。ゴブリンが一匹見当たらないんだけど、知らないか?」

「はあ、ゴブリンと言っても何十匹もいますからね。そもそも、区別がつくんですか?」

「なんだ、主人なのにそんなこともわからないのか。あいつらにもちゃんと違いがあるんだぞ。見た目はもちろん、突っついたり引っ張ったりしてみると反応が違う」


 リーシャは胸を張って言う。


(……識別のために、突っついたり引っ張ったりされるのか。ゴブリンも災難だなあ)


 ヴェイセルはそう思うが、リーシャが楽しそうなので、それに自分よりはよほど村づくりを頑張っているため、口には出さないことにした。


 そんな彼女はヴェイセルの手を取って引っ張る。


「ほら、お前も探しに行くぞ」


 彼女に言われると、ヴェイセルは素直に立ち上がって、軽く身嗜みを整えて家を出ることにした。


「ゴブリン探し」は彼にとって「やらなくていい」ことだ。いや、彼だけじゃなくて、ほとんどの者にとって重要ではないかもしれない。


 だが、「リーシャが命じた『ゴブリン探し』」はもはやヴェイセルにとっては、国の命運がかかった使命とさほど変わらないのである。


 そんなヴェイセルは、しかしどうにも怠け者なので、のらりくらりと彼女と一緒に村を眺める。


「ほら、どうだ。散歩すると気分がいいだろう!」

「うーん。ですが寝ころがっているほうが気持ちいいですよ」

「まったく、お前というやつは。せっかく誘ってやったというのに……」


 リーシャはちょっとばかり頬を膨らませる。けれど、すぐにいつもの笑顔になって、前方を指さした。


 そこには、薄桃色の花が咲いた樹木が数本。そのすぐ近くには、地面に埋まっている大きなつぼみがあった。


「ほら、どうだ。マモリンゴ、もうこんなに綺麗に咲いたんだぞ」

「とても綺麗ですね」

「ああ。もうそろそろおいしい実がなるぞ」


 リーシャとそんな話をしていると、地面のつぼみが花開いた。

 中から姿を現したアルラウネは、ほんのり眠たげであるが、ヴェイセルを見るなりぱあっと表情を明るくする。


「やあアルラウネ。元気にしていたかい?」


 声をかけると、彼女は頷く。

 ヴェイセルはそちらに向かうと、マモリンゴの花を見上げていたが、やがて座り込んでアルラウネの花弁を背にした。


 もう慣れたもので、なにも言わないアルラウネ。

 そして近づいてくるリーシャ。


「おいヴェイセル。また寝る気か」

「リーシャ様もどうですか。とても気分がいいですよ。ああ、そうだ。今日は天気がいいからお花見をしましょう」


 リーシャはそんなヴェイセルを見てむすっとしていたが、やがて仕方なさそうにため息をついた。


 そうすると、彼女の前に天狐が出てくる。その狐はヴェイセルのすぐ近くに行くと、くるりと丸くなって寝てしまった。


「ああ、天狐が寝たなら、起きるまで待ってないとな。うん、仕方ない。付き合ってやろう」


 それならば出さなければいいのに、と思ったヴェイセルのところに、リーシャがやってきて、彼の膝の上にちょこんと乗っかった。


「リーシャ様、俺よりアルラウネの花弁のほうが柔らかいですよ」

「うるさいな。これでいいんだ。花見をしたいと言ったのはお前じゃないか」


 リーシャの表情は、ヴェイセルから見えない。

 けれど、後ろに寝かされた狐耳からは、彼女がゆったりリラックスして幸せそうなことが窺える。


 ヴェイセルはそれに、


(ははあ、リーシャ様はそんなにお花見がしたかったのか。それならば、ミティラにお弁当を作ってもらったり、兵に寝床を作ってもらったりすればよかったなあ)


 と頷くのだ。全部人任せなのがこの男らしい。

 昼の穏やかな風に揺られて狐耳がふわふわと動くと、ヴェイセルはそんな彼女の頭をそっと撫でる。


 彼女はなにも言わず、そのままになっていた。

 そしてそれを見たアルラウネが、彼の頭を撫でる。なんとも嬉しそうに。


 うららかな日差しの中、二人と二体の魔物は、のんびりと過ごすのだった。



    ◇



 それからしばらくして。

 目を覚ましたリーシャははっとして声を上げる。


「ゴブリン探すの忘れてた……」


 が、すぐにどうでもよくなった。なんせ、ヴェイセルの隣にはミティラがいて、もたれかかるようにして眠っているのだから。そして反対側にはイリナ。


 なんとなく面白くないリーシャは、幸せそうな顔のヴェイセルを、ぱたぱたと尻尾で叩くのだ。


「ああ、リーシャ様。ダメです。むにゃむにゃ。尻尾が……」

「どんな夢を見ているんだこいつは」


 そう思ったリーシャだったが、ちゃんと自分の尻尾とわかってくれるんだ、と嬉しくなって、もう一度目を閉じた。


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