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25 やる気なし魔導師はつゆ知らず

 ヴェイセルは約束どおり、昼前には村のすぐ近くに戻ってきていた。

 フェンリルの魔法道具はすでに壊れてしまったため、移動に使用しているのはまた別の魔物だ。


 それも魔法道具により生み出したものではない。もっといえば、彼が従えている魔物でもなかった。


「その調子。ほら、なんとかなるだろう?」


 ヴェイセルは少女の手を取りながら、乗っているケルベロスを撫でる。


 道中で聞いたところによれば、彼女イリナは、元々魔女と呼ばれていたわけではないようだ。母親によって守られていたが、あるとき病に倒れたことで、イリナの薬が途絶えたという。


 それからは魔物が徐々に暴れ始め、ほかの者に被害を出さないよう、人がいないところへと移動しているうち、あのダンジョンに辿り着いたという。


「でもあんなところにいて、大丈夫だったのか?」

「はい。お屋敷は放っておいても直りますし、食べ物もすぐ近くにあります。ちょっと手荒ですが、外骨さんたちもいましたから寂しくはありませんでした」


 ふふ、と笑いながら言うイリナ。

 これから彼女は村で一緒に暮らすことになったのだ。


 初めは危ないからと遠慮していたのだが、一緒にいたほうがいい、君が来てくれると助かる、俺がなんとかするよ、などとヴェイセルに言われると、すっかり顔を赤らめ手をぎゅっと握って、はにかみながら頷いたのだ。


 そんなわけで彼女はちょっとばかり、懐かしむようにあの屋敷について言う。しかし、これからのことに期待を隠せないようだ。


「もうそろそろ村に到着するなあ。ここからは歩きで行こう」


 ヴェイセルが言うと、イリナはケルベロスにお願いして立ち止まってもらう。それから、


「ケルベロスさん。お願い、皆がびっくりしちゃうから、隠れててもらえますか?」


 彼女が丁寧に頭を下げると、ケルベロスが消えていく。


「わわ、本当に消えちゃいました」

「このままでいれば、イリナも誰にも怯えられることもないだろう? それに、皆が慣れてきた頃になれば、ケルベロスも日向でお昼寝できるときがくるかもしれないな」


 ヴェイセルが言うと、彼女は頷きながら、ヴェイセルの左腕にぎゅっと抱きついた。


 そうすると柔らかな膨らみがぎゅっと押しつけられる。ヴェイセルは呼吸も忘れるほどに混乱していたが、イリナを見ると彼女はすっかり顔を赤らめ、恥ずかしげにうつむいていた。尻尾はすさまじい勢いで左右に揺れている。


 その初々しい仕草を見るに、わざと押しつけているわけでもなかろう。たぶん、頑張って抱きついたことで頭がいっぱいなのだ。


 しかし、ヴェイセルもまた、そのことで頭がいっぱいになっていたので、フォローはもちろんのこと、言葉も発せずにぎこちなく歩き出すことしかできない。


 イリナもなんとか彼についていくが、二人ともぎくしゃくしている姿は、端から見れば笑えるほどである。


 はてさて、そうして無言で歩き続けた二人は、やがて村に辿り着いた。


 一番最初に会ったのは、ゴブリンである。どうやら、王都からやってきた兵がいるため、時間に余裕ができたらしい。ゴブリンたちにとって、彼らは歓迎すべき人物に違いない。


「ゴブッブー!」


 そのゴブリンが叫ぶと、それを聞いた別のゴブリンがまた叫ぶ。そうして村中で大合唱してヴェイセルの帰還を知らせることになった。


 そうなると真っ先に駆け寄ってきたのはリーシャとミティラだ。

 二人はヴェイセルの姿を見て安堵するも、すぐにくっついている少女を見て表情を変えた。


「な、ななな! なんなんだヴェイセル! なんだその女は!」


 リーシャが言うと、イリナはびくっと怯えて、彼の影に隠れてしまう。そんな姿を見て、ミティラがヴェイセルへの視線を鋭くする。


「それが魔女の子? 随分仲良くなったみたいじゃない」

「そ、そうなんだよ。実はさ、彼女が館に住んでたんだけど、俺と同じような生い立ちで、魔物を制御できてなかったんだ。だからさ、その……」


 ヴェイセルがなにかを言わんとすると、リーシャが声を上げた。


「あー! その指輪! なんでそんなところに!」

「すみません、精霊よけの指輪を使うしかなくて……」

「そんなことはどうでもいい! なんで、なんで薬指についているんだ!」

「え? 咄嗟のことだったので、掴んだ指にはめたのですが……」


 ヴェイセルが言うと、リーシャはふう、と一息ついた。それでも、


「そうか、他意はないんだよな、うん」


 と何度も繰り返し、まだ興奮しているのだが。


「あ、あの……は、初めまして。イリナと申します」おずおずと出てきたイリナが頭を下げる。「リーシャ様、ですよね? ヴェイセルさんが言ってました。とても綺麗で素敵な方だって」


「そ、そうか。ヴェイセルがそんなことを……えへへ」


 リーシャはすっかり照れてしまう。狐耳は後ろに緩く倒れている。なんだか幸せな気分のようだ。


 ヴェイセルはそんな彼女の内心も知らずに、とりあえず落ち着いてくれたようだとほっとした。


「なあミティラ。俺は男だからいろいろと面倒を見るには大変なこともあるだろうから……申し訳ないんだけど、彼女の世話を手伝ってもらうことはできないか?」

「もう、ヴィーくんったら。普通は、いきなり女性を連れてきて面倒を見てくれ、なんて言われたら嫌がるよ?」

「そこをなんとか。ミティラだからお願いするんだよ。普通じゃない、特別なミティラだから」

「仕方ないなあ、ヴィーくんは」


 なかなか押しに弱い少女だった。

 ヴェイセルに頼られたミティラはちょっぴり複雑そうな顔をしていたが、それでも銀の尻尾は揺れていた。


「よろしくお願いします!」


 と、イリナが頭を下げると、二人は揃って、歯切れが悪くもきちんと返事した。


 さて、そうして魔女の一件が落ち着くと、隊長への説明も行われる。


 彼はヴェイセルの振る舞いをみて、「ご帰還を心よりお祝い申し上げます」と頭を下げた。


 どうやら、「やる気なし魔導師」は「立派な魔導師」に昇格したようだ。もっとも、これからの彼の振る舞いをみていれば、すぐに「やる気なし魔導師」に戻る可能性は高いのだが。


 それからヴェイセルは王への手紙を書くことになると、いつもどおりアルラウネに書いてもらって、王都へとヤタガラスに運ばせる。


 それで洋館のダンジョンにおける問題はすべて解決した。


 やがて王都に飛ばしたヤタガラスが役目を終えると、ヴェイセルは久しぶりに魔法道具の使用をすべて止めて大きく伸びをする。それから、


「それじゃあ、あとのことは頼むよ」


 と言い置いてリーシャの家に行くと、すぐにすーすーと寝息を立て始めた。

 そうして残された少女たち三人は、互いに顔を見合わせる。


「ミティラ、イリナには一室を貸す形でいいか?」

「ええ、なんせヴィーくんのお願いですから」


 ヴィーくんの、というところをミティラが強調すると、リーシャの尻尾はピンと立ったが、すぐに余裕を装って、


「そうだな。私のところはもうヴェイセル一人で満員だからな」


 と返す。

 そんな二人を見ておろおろするイリナ。しかし、やがて意を決したように、口を開いた。


「あ、あの……! ヴェイセルさんは人気者なんですね!」


 必死な態度と出てきた言葉の落差にリーシャもミティラも思わず笑ってしまう。けれど、そんな気持ちもわからないでもない。


「まあ、あいつはぐーたらだが、あれでいいところがあるからな」

「はい! とても優しくて素敵です!」


 嬉しげに言われると、リーシャはなんとも複雑な気分になる。


「これからよろしくね、イリナちゃん」

「よろしくお願いします、ミティラさん!」


 嬉しそうに言うイリナに、ミティラはそっと耳打ちする。「一番はリーシャ様だけど、二番目は絶対に譲らないから」と。


 なんのことかとまだよくわかっていないイリナに、


「さ、いこっか」


 とミティラは促した。


 そんな三人の静かな戦いもつゆ知らず、「やる気なし魔導師」は今日も一日、すやすやと寝て過ごすのだった。



第一章 完

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