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23 館の中へ

 森を駆けるフェンリルに乗りながら、ヴェイセルは頬をかいていた。


(うーん。ちょっとかっこつけすぎたかな?)


 あの隊長に、一瞬で実力を理解してもらう必要があったため、あのような手順を取ることになった。そしてリーシャに聞こえないように告げる必要もあったから。


 とはいえ、なんだか思い返してみるときざな気がしてしまう。

 しかし悩んでいたのも束の間。すぐにどうでもよくなって、視線を前に向ける。


 ヴェイセルはフェンリルの足から伸びる縄――自由自在に相手を縛る縄グレイプニルを手に取りながら、方向を指示する。


 そしてあっという間にダンジョンに飛び込むと、ひとっ飛びで崖を飛び越えて館へと到着。ヴェイセルは素早くグレイプニルを操って扉を開け、中へと入る。


 中はほんのりと薄暗く、壁にはいくつもの燭台があり、その炎だけが頼りだった。

 しかし、これは誰か人が炎を灯しているわけではないだろう。おそらくは、ダンジョンと化したこの内部では自動で修復、再生、維持が行われているはずだ。


 それゆえに、その情報だけでは中に人がいるかどうかはわからない。


 ヴェイセルは同時にヤタガラスの魔法道具を用い、館内を調べさせる。夜目が利く魔物であるから、このような状況でも難なくそこにいる存在を発見することができた。


 からからと音を立てながら歩くのはさながら人骨。ランク1の魔物スケルトンである。


 それが徘徊しているのを見るも、ヴェイセルはまったく気にすることなく探索を続けていく。


 扉程度ならば、ヤタガラスはあっさりと開けてしまう。鍵がかかっているところに関してはそうはいかないが。


 そうしてヴェイセルが探っていく中、突如、一つの視界が消し飛んだ。最後に見えたのは動く鎧の姿だ。


(リビングメイルか。丁度いい。警備兵がほしかったところだ)


 魔力を糧にして動く魔物であるそれは、ランク3の魔物だ。命令に忠実で、鎧としても使えるため、兵によっては連れて歩く者もいる。


 ヴェイセルはグレイプニルを引くと、フェンリルをそちらに向かわせ、その鎧と対峙する。


 鉄の色は薄暗がりで威圧的に輝いている。一歩踏み出すと、それだけで弱い魔物など蹴散らしてしまう十分な迫力があった。


 リビングメイルは鉄製であり、倒すべく切り刻むとなれば、途方もない労力を要する。一方で、魔力で動くため燃費はよくなく、同じ場所からほとんど動かない性質があった。


 それゆえに無視して進んでいくのがセオリーとされていたが、ヴェイセルにとってはそんなの関係ありはしない。


 魔法道具を駆使してグレイプニルを伸ばすと、その縄はあっという間にリビングメイルに絡みついた。そうなると、どれほど抵抗しようが微動だにしなくなる。


 ヴェイセルはフェンリルに乗ったまま悠々と近づき、リビングメイルに手をかざす。そして魔力が込められると精霊が舞い上がってきて、ガタガタと音を立てて鎧がバラバラになっていく。その中身は空っぽであった。


(回収はあとにしよう。短時間ならば問題あるまい)


 ダンジョン内で朽ちたものは再び取り込まれ、別のなにかとして、あるいはそのまま再利用されることになる。だが、ただランク5の魔物を倒して戻ってくるだけなのだ。そこまで時間がかかるはずもない。


 ヴェイセルは再びヤタガラスを用いて、この奥を調査すると、そこにもリビングメイルが数体いることが明らかになった。


(これは……誰かが意図的に並べたのか?)


 リビングメイルはほとんど移動しないため、置いておけば侵入者対策になる。人為的なものだとすれば、この先に誰かがいることになろう。


(すなわち、魔女)


 それは噂に過ぎないし、なにより特別な能力があることもなかろう。ただそこに住んでいる者を魔女と呼称しただけで。


 しかし、これで調査の一つが片づくのなら、それに越したことはない。


 彼は臆することなく進み、リビングメイルを片っ端から仕留めていく。そうしてとある扉の前までやってきたときのことだった。


「下がれ!」


 ヴェイセルの声に応じてフェンリルが飛びしさる。

 直後、眼前のドアが破壊され、飛び出してくる存在があった。


 三つの頭は牙を剥き出しにしている。が、それは以前来たときに遭遇した魔物ヤマタノオロチではない。


 三つの犬の頭に、竜の尻尾。生者を捕らえて食らうとされるランク5の魔物ケルベロスだ。

 その魔物は奇襲に失敗したことを悟ると、さっと後退する。狭い通路では不利とみたのだろう。


「まさか二体目がいたとはな。それにしても、魔女とやらは随分と攻撃的なようだ」


 ヤマタノオロチといい、ケルベロスといい、奇襲を好むなど自然に発生した魔物とは行動が少々異なる。そして魔女の噂と来れば、契約済みの魔物と見るのが妥当なところだ。


 ヴェイセルは破壊されたばかりの扉を越えて、その一室に足を踏み入れる。


 そこはそれなりの広さがある一室だった。だが、二体の魔物――ヤマタノオロチとケルベロスがいると、それだけで窮屈に思われる。


 それら二体の魔物は、土足で踏み入る侵入者へとぎょろりとした視線を向ける。

 しかし聞こえてきたのは、消え入るようなか細い声。


「来ないでください……!」


 闇の中、二体の影に塗りつぶされてしまうような、小さな少女の姿があった。


 その髪は暗がりの中でも一際目立つ艶やかな漆黒。狐耳は内側の毛がやや灰色になっているが外側はまるっきり黒く、ふさふさの尻尾は黒く染まっている。その尻尾の先端だけが唯一白く、ぼんやりと浮かび上がっていた。


 髪は長く無造作に垂らされているため、表情は見えない。だが、リーシャとほとんど変わらない年頃の少女であることはわかった。


 そして、彼女の意思に従って魔物が動いているわけでもないことも。


 拙い技術でその身に有り余る精霊を宿した場合、精霊により肉体が破壊され死亡するとされている。


 だが、そこで万が一、「死ぬほどでもないが制御しきれない精霊に群がられた」場合、精霊契約が成され魔物が生じることになる。それも、自分の意思で制御できない魔物が。


 魔力と精霊のバランスが崩れたらすぐに死亡、あるいは通常の生存のどちらかに傾くため、滅多に見る状況ではなかった。


 おそらくヴェイセルがそうであったように、精霊活動を抑制する物質により抑えていたのだろう。しかし、治療費の負担に耐えきれず、あるいは周囲との関係性などによる影響で中途半端なところで治療が終わった可能性が高い。


 魔力を人より多く宿し、それゆえに魔物の暴走を招いた少女。

 それこそが魔女の正体であろう。


 ヴェイセルはその少女を見て、決意を新たに、フェンリルに命令を下した。


「フェンリル! あの少女のところに向かえ!」


 怯えた視線を向けてくる少女へと銀の狼が一歩を踏み出した途端、二頭の魔物が同時に動き出した。


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