20 花びらの少女
ゴブリンを引き連れて帰ってきたヴェイセルは、村の活気に驚いていた。
兵たちは数十人しかいないが、彼らは皆、ようやく形になってきた兵舎の前に集まって騒いでいる。その前には、数台の馬車が止まっていた。
一体何事かと思って近づくと、それが王都からやってきた隊商であることが明らかになる。物資の補給だけでなく、王都から手紙などを持ってきたこともあって、このなにもない北の村では精神的な支えになったようだ。
兵たちは家族からの手紙を何度も何度も読み直していたり、村での生活を綴った文を送り返していたり、はたまた独り身の者は孤独を慰めるための酒を買ったりしている。
その賑やかな輪の中には、リーシャとミティラの姿もある。
彼女たちは食材を買っているところらしくお供のゴブリンたちがそれぞれ袋を持っているが、ヴェイセルに気がつくとすぐに駆け寄ってきた。
「ヴェイセル! 無事だったか。なかなか帰ってこないから、なにかあったのかと……」
「ええ。大丈夫ですよ。いくつかダンジョンが見つかりまして。距離があるからすぐにどうこういうことはありませんが、少しずつ調査をしていければと思っています」
「なるほど、ダンジョンか……。そういうことならば、父上に手紙を送っておこう。それに相応しいだけの人員も送ってもらえるだろうからな」
「いえ、俺がやっておきますよ。これまで何度も連絡は取っていますから、そのほうが都合がいいでしょう」
「確かにその通りだが……お前にしては随分働き者だな?」
リーシャは小首を傾げる。
ヴェイセルは苦笑いしつつ、「いつだって俺は働き者ですよ」とおどけてみせた。
それから筆と紙をもらうべくアルラウネのところに行くと言い離れると、ミティラはノームを呼び出してリーシャのお手伝いをするように言い置いて、ヴェイセルを補佐するとついてきた。
「ねえヴィーくん。なにか隠していない?」
「隠しているわけじゃないけれど……あえて言わなかった、という感じかな」
馬車に乗り込むと、彼の姿を見たアルラウネがちょっと嬉しげに顔を上げた。
来たばかりのときと比べると、少し訪れなくなっていたことも相まって、寂しかったのかもしれない。といっても、まだここに来て五日しか経っていないのだが。
ずっとべったりしているより、少し離れて不安にさせたほうが、うまくいくタイプの性格だった。つまるところ、ダメな男に引っかかるタイプである。
そんなアルラウネがヴェイセルの求めに応じて筆を準備する間、ミティラはヴェイセルに訪ねる。
「それで、リーシャ様に言えなかったことってなに? 私にも言えないこと?」
「いや、言えないわけじゃないんだけど……あの楽しそうな様子を見ていると、とても水を差す気分にはなれなくてね。吉報じゃないから」
「そういうことなら、話してほしいな。ヴィーくんだけ秘密を独り占めって、なんだかずるくない?」
ミティラはなにも、ヴェイセルの報告を楽しみにしているわけではない。ただ、彼が一人で背負い込まないように、と気にしてくれているのだ。
それをヴェイセルもわかっているからこそ、彼女には話しておくことにした。
「一つのダンジョンに入ってきたんだけど、ランク5の魔物がいたんだ。洋館のあるダンジョンだったから、魔女の噂に関わっているかもしれない」
「ランク5って……」
「ああ、それは心配しなくていい。すでにあちこちで魔法道具を用いた監視を行っているし、この村には絶対に近づけない。それに、相手も出てくる気配もなかった」
ミティラはヴェイセルの報告を聞いて頷く。
「ヴィーくんの実力はわかっているけれど……」
「心配はいらないさ。数日くらい、ずっと魔法道具を使いっぱなしでも問題ない。……もし、そのせいで俺が上の空だったら、フォローしてくれよ? リーシャ様に怒られたらそのほうがずっと怖い」
「もう、ヴィーくんは失態が多すぎてフォローしきれないよ」
彼女は笑いながら、ヴェイセルをぽんぽんと尻尾で叩いた。そこまで失態を演じてしまっただろうかと彼は思うが、リーシャに文句を言われているのは確かだ。
「これからもミティラには世話になるよ」
「仕方ないなあ」
笑いながらもミティラは尻尾を優雅に振っている。
それからヴェイセルは、アルラウネの代筆で王へと手紙を書いてもらう。彼女がすらすらと筆を走らせていくのを隣で見て、
「うーん。アルラウネは字がうまいなあ。俺の秘書にほしいくらいだよ」
などと褒めてみせる。
賞賛されて素直に照れるアルラウネ。
一方でミティラは、そんな彼を茶化してみせる。
「もう、村ではお昼寝しかしないのに秘書なんていらないじゃない」
「それはほら……心のケアとか?」
「あ、それには適切な人物がいるわ。ジェラルドさん、戻ってきてるよ。ヴィーくんの根性、鍛え直してもらえるかも?」
「勘弁してくれ……」
肩を落とすヴェイセルに、ミティラはくすくすと笑った。
そうして和やかに過ごしていたヴェイセルだったが、ふと思い出して、書き終わったばかりのアルラウネに向き直った。
彼女はヴェイセルにじっと見つめられると、頬を染め、それからちょっと視線を逸らしたり、そわそわと落ち着かない様子だ。
「君に頼みがあるんだ」
ヴェイセルが真剣な表情で告げると、アルラウネはこくこくと頷いた。
「マモリンゴを取ってきたんだけど、村の畑で育てようと思うんだ。そこで、農作物に詳しいアルラウネに手伝ってほしいんだけど……ダメかな?」
ヴェイセルが言うとアルラウネは嬉しげな顔をするも、すぐにミティラへと視線を向けた。彼女から言いつけられたこの馬車の番をせねばならないからだ。
そんなアルラウネを見て、ミティラは微笑んだ。
「アルラウネがいいなら、その仕事をお願いするわ。日光を浴びていたほうがいいだろうし、こんなところに長々と押しとどめちゃってごめんね」
アルラウネはぶんぶんと首を振り、ミティラのところに駆け寄っていく。そしてミティラはアルラウネを抱きしめた。
すっかり感動のシーンである。ヴェイセルは蚊帳の外になっていたが、なんだかこういう魔物との関係はいいなあと思うのだ。
そして自分が従えている魔物を思い出し、
(あのゴブリンじゃ、感動もなにもないな)
と急に冷静になった。罪作りなゴブリンである。
かといって、女性的な魔物と過ごす気にもなれない。なんせ、ヴェイセルはこれまで女性と過ごした経験などほとんどないのだから。
純粋なお付き合いはもちろん、宮廷魔導師の中には集まってそういう店に行く者たちもいたが、ヴェイセルは誘われることすらなかったため、まったく関わりはなかった。
というわけで、魔物とはいえ、どう接していいかわからなかったのである。その結果が、このアルラウネへの対応なのだが。
さて、ようやく落ち着いてくると、アルラウネがヴェイセルの手を両手で握って、微笑んだ。ヴェイセルはどぎまぎしながら、
「よろしく頼むよ、アルラウネ」
と返すので精一杯だった。
そうして畑の隅っこに、小さな小さな果樹園が作られることになった。幸せそうな、花びらの少女が見守る中に。




