19 館へ向かい
ヴェイセルはダンジョンの中に足を踏み入れると、状況を確認する。どうやら中央の小高くなった土地に館があるようだった。
そこに辿り着くまでは、天然の城塞とも言える崖を超えていかねばならない。
ヴェイセル一人だけなら魔法道具で行けないこともないが、なにか物資を運ばせるとなれば、上り下りできるところを探す必要がある。
「よし、とりあえず探すぞ。ほら、たいした魔物なんか出てこないから。ランク1か2くらいのダンジョンなんだからさ」
特にこの付近に魔力の高まりは感じられない。屋敷の中がどうなっているのかはわからないが、今のところ危険はなさそうだ。
ヴェイセルは早速、ヤタガラスにより周囲を探りつつ、おっかなびっくり続くゴブリンを先導していく。
その視覚情報によれば、緩やかな渦を巻くように昇っていけば館へは辿り着けるようだ。特に難しい道でもない。
その通りに進んでいこうと思ったヴェイセルは、その道を辿っていくのだが、傾斜になっているのを見てあからさまにゴブリンたちは嫌そうな顔をする。
「これくらい歩けよ……」
ヴェイセルはそう言いつつ、木々が生い茂る中を進んでいく。
そうしていると、目に入るのが果実だ。どうやらこの辺りで取れるものらしく、何本かの樹木でなっている。
真っ赤な果実はダンジョンでのみ見られるとされるリンゴであるマモリンゴだ。魔物が好むということからつけられたとする説もあれば、食べれば無病息災、病から守ってくれるということだとする説もある。
栄養価が高く美味であるため、比較的高額で取引される一品だ。
ゴブリンたちが喜び、木々を昇り始めようとしたところ、飛んでくる存在があった。
ばさばさと音を立てながら、キーキーと鳴くそれは、コウモリである。
大きな耳を持ち、虫のような羽を羽ばたかせるそれは、人の生き血をすすることから「吸血コウモリ」と呼ばれるランク1の魔物だ。
それらが数匹飛びかかってくると、ゴブリンは大慌てで樹木から離れる。が、二匹のゴブリンはかぷっと牙を立てられて、血を吸い取られていく。
「ゴブー!?」
慌てて吸血コウモリを掴もうとするゴブリン。しかし、パニックになっているためうまくいかない。
「なにやってるのお前ら」
ヴェイセルはゴブリンの魔法で棍棒を生み出し、吸血コウモリへと投擲。見事なコントロールで敵を打ち倒した。
それを見たゴブリンは、はっとして棍棒を構える。
そして今も血を吸われ続けている仲間のゴブリンにくっついた吸血コウモリ目がけて投擲。
ゆっくりと放物線を描きながら飛んでいった棍棒は吸血コウモリを打ちつけるかと思いきや――全部ゴブリンの頭に当たった。
「ゴブブゥー!」
頭を押さえてうずくまるゴブリン。ダメージは棍棒によるものだ。
吸血コウモリは逃げていったが、これならまだ吸われていたほうがましだったかもしれない。
ヴェイセルはどうしたものか、と頭をかきつつ、ゴブリンも問題なさそうだったので、とりあえず収穫を行うことにした。
採取して味を見て、よさそうなものを選んで袋に入れていく。
これを持っていって、村に植えようという魂胆だ。
ダンジョンでしか見られない植物は味もよく、貴族たちにも好まれる傾向があったが、それを栽培することはできなかった。というのも、ダンジョンでは魔力が高まっており、そうした条件下でのみ育てることができるからだ。
しかし、ヴェイセルは膨大な魔力を秘めているし、それを分け与えた魔物が畑に魔力を込めることで、同様の条件にそろえることができる。
要するに、魔物に世話をさせればなんとかなるだろう、ということだ。
そうしてずんずんと進んでいくと、ようやく頂点が見えてくる。他にも果実はあったが、ダンジョン産の作物ではなかったため、持ち帰るのは見送ることにした。
さて、屋敷が近づいてくると、もうゴブリンたちはすっかり息切れしていた。
「体力ないなあ、お前ら……」
日がな一日寝ているヴェイセルに言われるのだから、相当である。最弱魔物と称されるのも伊達ではない。
そんなヴェイセルは、ヤタガラスにあちこち探させていたが、そのうち気になるものを見つけた。
屋敷の前になにやら痕跡が残っているのだ。
地面には切りつけたような切り込み。なぞってみると、刃物でつけられたことがわかる。
そして屋敷の周りにある果実を見れば、もいだ跡が見られる。それに対して、食い散らかしたような痕跡はないため、おそらく大型の魔物が丸呑みしたのか、それともどこか別の場所に持っていったのか。
いずれにせよ、ゴブリンのような知能が低い魔物ではないくらいは予想しておいたほうがいいだろう。
ヴェイセルがそうして辺りを警戒しつつ、屋敷の周りを探っているときのことだった。
突如、魔力が高まり、刃が煌めく。
向かってくるは剣。数本の切っ先が彼目がけて突き進んでくる。
ヴェイセルは咄嗟に魔法道具で膂力を強化し、飛びしさる。ほんの僅か、瞬きの時間でも遅れていれば、彼の肉体は幾本もの剣で貫れていただろう。
彼が見上げる先には、屋敷の窓がある。開け放たれたそこには、多頭の大蛇の姿があった。が、すぐに身を翻して奥へと消えていく。
(ランク5の魔物ヤマタノオロチか。面倒な相手だ)
高い再生能力と、剣を生み出すことができる魔物だ。屋敷の前にあった痕跡は、あの剣で侵入者を貫いたときにできたのだろう。
いかにヴェイセルとはいえ、ランク5の魔物を倒すのは少々面倒くさい。できることなら戦わずにやり過ごしたいところだ。
それに、先ほどの攻撃は警告のようで――といっても躱せなければ即死なのだが――屋敷に近づいてこないならばこちらに危害を加えてくることはないだろう。
だが、ヴェイセルはダンジョンの中を調査しに来たのだ。そのためには屋敷にも入らねばならない。
ランク5の魔物となれば、北の異変に関わっているかもしれないし、魔女の噂にも影響しているかもしれない。となれば、見逃す手はないのだ。
ヴェイセルにとっては強い魔物以上に、リーシャに怒られるほうがよほど一大事なのである。
「仕方ない。行くか」
ヴェイセルが一歩踏み出すも、ゴブリンたちはついてこない。振り返れば、ゴブリンたちは腰を抜かしていたり、顎が外れていたり、白目を見ていたり、もはや使い物にならなくなっていた。
「……一回、村に戻るか」
このままゴブリンを放置するわけにもいかない。ヴェイセルはこれ以上の調査は諦めて、いったんリーシャに報告することに決めた。
ヴェイセルはマモリンゴを入れた袋とともにゴブリンを乗せた板を滑らせるように引きながら、帰途に就く。
やがて坂を下りつつ、
(なぜ俺が魔物を引いているのだろう。どう考えても逆じゃないか)
と、ため息をついた。
さっさと仕事を終わらせたという大義名分を得て、昼からは誰にも邪魔されずに寝て過ごす予定は、もろくも崩れ去った。




