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17 思い、届かず

 兵たちに仕事を押しつけて暇になったヴェイセルは村の中を歩いていた。

 今はおそらくリーシャの家に入ることはできないだろうから、そこで寝るわけにもいかないのだ。


 となれば、彼が行ける場所はアルラウネのところしかない。彼女のところならば、ミティラが来るまでは寝ていられるだろう。


 だが、いつまでもそれでいいのだろうか?

 否。いいはずがない。


 確かに彼女の花弁は柔らかく、ヴェイセルのお昼寝のために生まれてきたのではないかと彼は思うくらいだが、そこで寝てばかりもいられない。


 アルラウネが心変わりすることだってあるし、あまりにしつこいからもう来ないでほしいと言う可能性だってある。そうなったとき、誰が助けてくれようか?


 ミティラに頼み込めば、きっとお願いを聞いてはくれるだろう。しかし、ヴェイセルはそれを理由に手玉に取られる未来しか見えなかった。


 ともかく、頼り切るわけにはいかないのだ。いつでも理想の睡眠環境を得るために。


 ここは一つ、大人にならねばならない。我慢しなければならないときだってあるのだ。

 辛いことや面倒なことだからといって、逃げてばかりもいられない。


 ヴェイセルは欠伸をかみ殺し、キリリと表情を引き締める。


(新しいお昼寝スポットを見つけないと……)


 もちろん。

 彼が我慢するのはお昼寝ではなく、そのポイントを探す手間である。


 辺りを見回してみれば、兵舎も少しずつ作られ始めているところであり、骨組みはすでに完成している。


 ヴェイセルはそれを見て、


(うーん?  兵舎より先に、上官の家が作られるべきじゃないのか?)


 と思わずにはいられない。いつの間にか最高責任者はリーシャになっていたが、ヴェイセルも上に立つ役職のはず。


 細かいことには口を出さず、権力を笠に着ることもない彼であったが、こと睡眠となれば話が異なる。この北に来てからは、睡眠の質ががっくりと落ちているのだ。ゆゆしき事態である。


 そう思って見ていると、兵舎から離れたところに、小さな一軒家が作られつつあった。


(なるほど、同時進行か)


 そこに近づいていったヴェイセルは、作業中の兵に声をかける。


「やあやあ、ご苦労様。これが俺の家かい?」

「い、いえ。これはミティラ様の家となる予定です」

「じゃあ俺の家は……?」


 確かにミティラも貴族のお嬢様だから特別扱いもわかるものだ。が、それと彼の家が作られないことは話が別だ。


 兵は言いにくそうに、おずおずと申し出る。


「リーシャ様曰く、当面はこのままでいいから、兵舎ができあがったら大きな屋敷を建ててくれ、とのことでございます」

「えっ……というかそれ、俺の家じゃないじゃん……」


 居住の自由すらないというのか。ゴブリンでさえ家があるというのに。

 ヴェイセルはしょんぼりしてしまう。


 なんだかそう思うとどこにも居場所がないようにも感じられて、ヴェイセルはもう王都に帰ろうかなあ、なんて思ってしまう。なかなかに落ち込むのも早い男だった。


 そうしてとぼとぼ歩きながら、


(いっそアルラウネに頼み込んで、ずっと寝させてもらおうか)


 などと考えていたときのことだ。

 家から出てきたリーシャとミティラに出くわしたのである。


「ヴェイセル。どうかしたのか?」

「あ、リーシャ様。その……兵から家の話を聞いたのですが」

「ともにこの村を管理するならば、同じ屋敷に住んでいたほうがいいだろう? あ、もちろん、部屋は別だからな……?」


 リーシャはちょっぴり恥ずかしがりながら、ヴェイセルを上目遣いで見る。


「ということは、俺の部屋があるんですね!」

「あ、あああ当たり前じゃないか! で、でもお前がその……どうしても一緒がいいと言うなら……考えてやらないこともないぞ?」

「無理しなくて大丈夫ですよ。それなら、俺が小さな家に住んで、代わりにミティラが一緒に住んだほうがいいんじゃないですか?」


 ヴェイセルが言うと、リーシャは頬をぷくっと膨らませた。


「ヴェイセルの馬鹿……」


 そう言われておろおろするヴェイセルだったが、くすくすとミティラが笑う。


「ヴィーくん。それじゃあ意味がないでしょう? 二人に用事がある人が訪ねてきたら困るでしょう?」

「そ、そう! ミティラの言うとおりだ!」


 狐耳をピンと立てて賛同するリーシャ。しきりに頷いている。そしてミティラは楽しげに尻尾を揺らしている。


 ヴェイセルはそんな二人の様子に首を傾げながら、


(そんなたいした距離じゃあるまいし。随分と面倒くさがりな人間もいるものだなあ)


 などと思うのだった。



    ◇



 その晩、ヴェイセルは新しいお昼寝スポットに期待しながら、部屋でごろごろしていた。


(どんな部屋にしようかなあ。やっぱりベッドは必要だよな。大きなベッド。ふっかふかの寝返りを打っても心地よい、大きいマットレスを置こう。それから、毛布はどうしようかなー)


 ヴェイセルは部屋といいつつもベッドのことばかり考えている。生活の半分以上を寝て過ごす以上、当然のことだったのかもしれないが、やはり「やる気なし魔導師」の称号に誤りなし、ということだ。


「ヴェイセル、いるか。暇だろう?」


 リーシャが入ってきて彼に尋ねる。その隣にはミティラ。


「そんな、俺がいつでも暇みたいに言わないでくださいよ」

「でも、寝てたんだろう?」

「今日は起きてましたよ。寝ころがってただけで」

「同じじゃないか」


 リーシャが肩をすくめ、ミティラはそんな彼を尻尾でぽんぽんと叩いた。


「ヴィーくん。お待ちかねのお風呂の時間だよ」

「それじゃあまるで俺が楽しみにしていたみたいじゃないか」

「違うの? 『俺はずっと、リーシャ様がお風呂に入るのを心待ちにしていたんです』って言ってたじゃない?」

「それはその、言葉の綾というか……」


 ヴェイセルはしどろもどろになる。と、リーシャがそんな彼の手を取って、ぐいっと立ち上がらせた。


「ほら、行くぞ。お前も言ってたじゃないか。好きなときに呼んでいいって」

「約束しましたし、ちゃんと守りますよ」


 そうして三人は家を出て、風呂のある小屋に向かった。そちらはすでに完成しており、テントの中に小屋がある二重の構造になっていた。


 万が一にも見えないよう、あるいは着替えなどのスペースが取れるように配慮したのだろう。


 早速、ヴェイセルは中に入ると湯船の中に水が入っていることを確認し、懐から取り出した竜の牙を向ける。レッドドラゴンの魔法を使用すると、魔力がそこで高まって、水を温めていく。


 彼は中に軽く手を入れながら、慎重に温度を測る。なんせ、この魔法道具だと沸騰してしまう可能性すらあるのだから。


 さて、そうして役目を終えたヴェイセルは帰ろうとしたのだが、その外套の裾が掴まれた。


「……リーシャ様?」

「不審者がいないか、そこで見張りしていてくれ」


 そう言われたので、ヴェイセルは素直にお役目に従うことにした。

 座って外を向き、衣擦れの音を聞く。それはやがて水音に変わり、賑やかな会話に。


「リーシャ様の肌、すべすべですね」

「そうか? ミティラと変わらないと思うぞ?」

「試してみますか?」

「そーいうことは、ヴェイセルに言わなくていいのか? いつもからかってるじゃないか」

「もう、拗ねないでくださいよ。そんなこと言ったら、本当に言っちゃいますよ?」


 ヴェイセルはどきりとした。


(からかわれてるんだよな? そうだよな?)


 何度も自問するが、それでもミティラに聞かれたとき、平静でいられる自信はなかった。彼女が冗談めかして言う姿は、いつも蠱惑的だったから。


 ジャブジャブと水から上がる音が聞こえ、足音がひたひたと近づく。ヴェイセルは思わず飛び上がった。


 そして続くリーシャの声。


「だ、ダメだ! ミティラ! そんなことしちゃダメ!」

「はい。ですから……ヴィーくん! リーシャ様が触ってほしいって」

「そ、そんなこと言ってないもん!」


 可愛く叫ぶリーシャの声。

 しかし次の瞬間――。


「きゃあっ!」

「リーシャ様、危ない!」


 ミティラの声が聞こえると同時。ヴェイセルは魔法道具を瞬時に起動していた。


 彼は俊敏さを増し、すさまじい勢いでドアを開け、状況を確認。


 足を滑らせたリーシャと、彼女を助けんとするミティラ。


(うぉおおおお! 間に合え!)


 飛び込んだヴェイセルはヘッドスライディングを決める。

 間一髪。見事、彼女と地面の間に入り込んだのである。そして素早く体を反転するとリーシャを抱きかかえた。尻尾がクッションのように働き、そこまで衝撃はないはずだ。


「リーシャ様、ご無事ですか!」

「あ、ああ……」


 ヴェイセルはその言葉を聞き、ほっと一息ついた。怪我はないか、と視線を落としたヴェイセルだったが、


「見るな、馬鹿ー!」


 頭から勢いよくお湯を浴びたのであった。

 ほかほかと暖まった魔導師は水をしたたらせながら


(うーん。リーシャ様と一緒のお風呂は温かいなあ)


 と、満足気味に頷き、濡れた魔法道具を乾かさねばならない手間暇を、頭の端に追いやった。


「ヴィーくん。感想は?」


 ミティラのそんな声に、ヴェイセルはうなだれた。


「次は服を脱いで入りたいと思ったよ」

「もう、ヴェイセルのえっち……」


 リーシャの言葉に、ヴェイセルはもう一度うなだれた。


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