16 ゴブリン畑で捕まえて
ヴェイセルが畑を見ていると、やがてぽこぽことゴブリンの頭が生えてくる。先ほど火傷を負った個体を埋めたものだが、肉体が修復されて元気になったものもあれば、転生したものもある。
それにしても、転生して抜け殻になったゴブリンの肉体をどうしようか。魔法道具の素材としても、なんらかに再利用しようにも、使い道がない。
「失敗したなあ。転生しないように策を講ずるべきだった」
そうして考えながらゴブリンを引っこ抜いたヴェイセルだったが、埋まっているゴブリンの頭の中には一つだけ赤いものがある。
ヴェイセルはそちらに行って、早速引っこ抜いてみせる。そうすると、真っ赤なゴブリンが出てきた。
「ゴブー!」
魔物はたまに、通常の魔物と若干異なる個体が生まれることがある。レアな魔物であり、繁殖させようにもレア魔物からは通常の個体しか生まれないため、得るには何度も畑に埋めて転生させ続けるしかない。
ランクに囚われず、個体ごとに特別な能力があったり、元の魔物とは比べものにならない力があったりするのだが、レッドゴブリンは元のゴブリンとなんら差がないと言われている。
「うーん。当たりなのに外れた気分」
ヴェイセルはぼやくが、ふと思い当たることがあった。
(レシアは魔物が好きだったな。可愛がるというよりは、研究したりするほうが好きって感じだったけど。……いつか王都だとレアな魔物が調べられないとぼやいていたなあ。ということは……)
レアな魔物をたくさん集めて、それを餌にすれば……。
(研究所だって、レシアの性格を考えれば内装は凝る必要もないだろう。荷物は機神兵に突っ込めば、全部持ってくるのも難しくない)
ヴェイセルはなんとなく今後の展望も見えてきたので、浮かれ始める。
(そうだ、エイネだって、工房を作ってたくさん素材を持っていけば……!)
ヴェイセルはこの村に研究所と工房を誘致することを決意する。そうすればきっと、この村は発展するだろう。
なにより得がたいものは優秀な人材であり、それさえ揃ってしまえばあとはなんとかなるものだ。
しかし、それはそれ、これはこれ。とりあえず今日は疲れたので休むことにした。なんせもう日が暮れそうになっている。今日はダンジョンの調査をしたり、水浴びに行ってきたり、レシアとエイネに手紙を出したり、とにかく働かされている。
「ゴブリンたち。とりあえず適当に村づくりを頑張ってくれ。それじゃあ」
ヴェイセルはゴブリンたちに兵を手伝うように告げつつリーシャの家に入ると、ベッドのすぐ横に布を広げ、横になった。もう明日まで絶対に起きない、と固く決意して。
◇
朝、コケッコーの鳴き声でヴェイセルは目を覚ますと、すぐにぱたぱたと足音が聞こえてきた。リーシャは元気に起きて、そのまま出て行こうとしたのだが、ドアに手をかけたところで慌てて足を止めた。
それから鏡の前で軽く身嗜みを整えてから、外に出る。
ヴェイセルは、
(リーシャ様は朝から元気だなあ)
と思いつつ、寝返りを打った。それからしばらく寝ていると、バタンと扉が勢いよく開かれる。
「おいヴェイセル! 見ろ! こんなタマゴが取れたぞ!」
彼女に呼ばれてしまっては寝ているわけにもいかない。ヴェイセルはゆっくりと目をこすりながら起き上がり、彼女が自慢するタマゴとやらに視線を向ける。
すると、そこには彼女が抱きかかえる、頭よりも大きいタマゴがあった。
「……コケッコーのタマゴですか」
「うむ。まさかこんな大きいのが取れるとはな。なあ、ここから新しい魔物が生まれてくるのか?」
「生まれませんよ。リーシャ様も知っているでしょう? 魔物は魔石に精霊が宿ることで生じると。そこには魔石もありませんし、魔力が特に高い場所で自然に生じるような環境でもありませんから」
「そっか……そうだな……」
しょんぼりしてしまうリーシャを見て、ヴェイセルは慌てて懐を漁った。
「ですから、魔石を埋め込んでみますか?」
「いいのか?」
「ええ。まだまだ契約するには余裕がありますから。そうだ、コケッコーを入れておく養鶏場を作りましょう」
ヴェイセルがそう提案したのは理由がある。二匹も家の近くで鳴かれては、毎朝、まだ起きる時間になる前に(といってもヴェイセルの起床時間は遅すぎるのだが)起こされてしまう。
要するに、自身の快眠を守るためである。
そんな彼の思惑もつゆ知らず、リーシャは大喜びである。タマゴを撫でて鼻歌を歌い、尻尾はぱたぱたと揺れている。
ヴェイセルは早速、外に出るとゴブリンを呼んできて近くの畑に穴を掘らせ、そこにタマゴを入れ、上部をくりぬいて小さな魔石を埋めた。そして魔力を込めて精霊契約を済ませると、土をかけておく。
「そのうちできてくるでしょう。ですが、これだとヒヨコからになってしまいますね」
「そうか、大事に育てよう」
リーシャはそれから、ゴブリンたちを起こして集め、鶏小屋を作らせることにした。それくらいなら、ゴブリンたちでも指示さえあればなんとかなるだろう。
そうしていると、ミティラがやってくる。
「リーシャ様、もう、髪も梳いてないのに出歩かないでください。そんな様子では殿方に、野良の狐が出てきたと笑われてしまいますよ?」
「む、それは困る……」
リーシャはちらりとヴェイセルを見る。が、彼はまったく気にした様子もなく、大きな欠伸をしていた。リーシャはちょっと頬を膨らませたかと思えば、今度はすぐに髪を撫でる。
「ヴェイセル、私はこれから身嗜みを整えねばならない。あとは頼むぞ」
「そんな……俺もこれからやることがあるんですよ?」
「む、こんな朝からなんだ?」
「二度寝です」
「よし、そこで指揮をしていてくれ、頼んだぞ」
ヴェイセルは行ってしまう二人の背中を見送った後、渋々ゴブリンたちの指導に当たる。
「気をつけろよ。コケッコーはお前たちより強いからな。……えっと、そうだな、大きさは、これから増えるだろうから大きめで。中には止まり木とえさ場と巣箱と砂場があればいいか」
そう言われてもピンとこないゴブリンたちは揃って「ゴブ?」と首を傾げた。
ヴェイセルとて、鳥の飼育経験などありゃしない。どうしたものかと困っていると、農家の息子らしい兵の一人がやってきて詳しいことを説明してくれる。
「……というわけで、止まり木は丈夫なものがいいでしょう。コケッコーは通常の鶏よりも体重がありますから」
「よし、君を飼育係に任命する。頼んだぞ」
ヴェイセルは彼の肩をぽんと叩いた。
「はあ……まあ、楽そうな仕事ではありますが」
兵はゴブリンが動くのを眺めている。その尻尾はゆっくりと揺れていた。なかなかに楽しくやっているようだ。動物が好きなのかもしれない。
それを見たヴェイセルは、愛玩動物として触れ合える魔物園でも始めてみるのはどうか、とまだゴブリンくらいしかいないにも関わらず思うのだった。




