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14 何事もほどほどに


「ねえヴィーくん、起きて。ねえってば」


 心地よく揺さぶられヴェイセルが目を覚ますと、ミティラがちょっとばかり慌てた様子で覗き込んできていた。


「うーん。そんなに慌ててどうしたんだ? そんなに慌てなくても、料理はすぐには冷めないよ」

「なに言ってるのよ。ご飯はあとで作るから、その前にお願いしたいことがあるの」

「もちろん構わないよ。俺は食った分は働く人間だからね。ああ、ミティラの作る料理が楽しみだなあ」


 呑気なヴェイセルはミティラに引っ張られていく。


「ところでお願いって?」

「ほら見て。ちょっと目を離したら、あんなになっちゃってて……」


 ミティラが示す先では、ゴミが山積みになっていた。そこはプールがあったはずの場所である。


「……どうしてこうなった?」


 さすがにいい加減なヴェイセルでも、なにをどうすればこうなるのか想像に難かった。

 プールの前では、兵士たちのほかに、慌てた様子のリーシャ。彼女はおもちゃを壊してしまった子供のような顔で、長い木の枝でスライムをつっついていた。


「なあ、お前。さっきまであんなに元気だったじゃないか。どうしちゃったんだよ。もう無茶させないから、動いてくれよ……」


 狐耳がぺたんと倒れ、尻尾もしょんぼり垂れ下がっている。

 そんなリーシャをいつまでも見ていたい気持ちもあったが、可哀想なのでヴェイセルは彼女の隣に行くと、スライムに手をかざした。


 途端、魔力が流れ込んでいき、スライムが動き始める。


「ヴェイセル! 動いたぞ、あいつ!」


 リーシャはヴェイセルの手を取って、ぴょんぴょん跳ねながら尻尾をぶんぶんと振って、全身で喜びを体現する。


 ただ魔力が減ってきて動かなくなっていただけなのだが、ヴェイセルは特になにも言わないことにした。


「人間も魔物も、そんなに働けるようにはできていないんですよ。何事もほどほどが一番なんです」


 ヴェイセルは言ってから、何度も頷く。


「それで、なにがあったんです?」

「実は……汚れたものを食ってくれるという噂が広がると、あっという間に次々と放り込まれてな。気がついたらこの有様だ」

「なるほど。じゃあ兵たちのものってことですね」


 ヴェイセルは満杯になったプールの山から一つつまみ上げた。指輪である。


「これは誰の?」


 尋ねると、一人の兵がおずおずと手を上げる。


「えっと……すみません。実は婚約指輪なのですが、北に派兵されると知った彼女が婚約破棄を申し出まして……。今まで捨てることができずにいたのですが、丸ごと消してくれるなら、と思い」

「それはなんかすまん。だが、やつらが食うのは有機物だ。さすがに金属は無理」


 指輪を返却して、ヴェイセルは別のものを取り上げる。すっかり汚れたパンツだ。


「あのさあ……こういうのは、燃やすゴミでいいんじゃないか? これ誰のだよ」

「ゴブッ!」


 ヴェイセルの視線の先では、ゴブリンが手を上げていた。

 兵の一人がパンツを見てはっとする。


「あっ。あれはジェラルドさんのだ。確かに捨てたはずなのに」

「おいゴブリン。ゴミを勝手に漁るなよ! というかお前らパンツいらねえだろ!」


 ヴェイセルが言うとそのゴブリンは肩をすくめ、「やれやれ、わかってないな」というリアクションをした。


「くそ、ゴブリンのくせに、なめやがって!」

「ヴィーくん、落ち着いて。魔物相手に大人げないわ」


 ミティラがすぐにヴェイセルをなだめると、彼もそれ以上の追求を止めた。

 そしてその代わりに頭を抱える。


「これは……ゴミの焼却場を用意しないといけないな」

「そうね。どうするの?」

「とりあえず当面の間は、簡易的に魔法道具でなんとかするよ。とりあえず王都から送ってもらう」


 そう言うヴェイセルをリーシャはまじまじと眺め、彼の外套の中に手を突っ込む。もぞもぞと動かすと、随分と道具が詰め込まれていることがわかる。


「この中になんでも入っているんじゃないのか?」

「確かに魔法道具を使って、通常よりも遙かに多い量をしまい込んでますが……いくらなんでも、使わないものまで持ってきてはいませんよ」

「ほう、それは意外だ。なんでもかんでも貯め込んでしまうタイプだと思ってた」


 リーシャが感心すると、ヴェイセルも苦笑い。


「これでも、魔導師としての仕事は真面目にやっているんですよ」

「それほど当てにならない言葉もないな」

「こんなにも毎日働いているのですから、信じてくださいな」


 ヴェイセルが言うも、リーシャもミティラもまったくそんな気分にはならなかった。仕事をすると決めればしっかりやるかもしれないが、基本的に寝てばかりなのだから。


 さて、そうして兵たちが燃えるゴミとそうでないものなどを分別をする中、ヴェイセルは今一度、リーシャの荷物がある馬車へと向かっていった。


 そうして中に入ると、そこには予想どおりアルラウネがいた。


「やあアルラウネ。今日は知人に手紙を出さねばならくなってね」


 とヴェイセルはすっかり慣れた素振りで彼女に筆と紙を要求する。

 彼女もまた、すぐに取り出せるところにしまっているらしく、さっと手渡してきた。


 ヴェイセルは自ら筆を取って、


『前にもらった魔法道具は故障もなく、問題なく使えている。機能性・芸術性ともにこれまでの中でも優れており、素晴らしい品々だ。ところで魔法道具の不足が判明したため、以下のものを送ってほしい』


 と、綴った後、大量の品名を書き連ねて、優先順位をつけていく。さすがに大量に輸送することはできないため、早く必要なものだけ持ってこさせればいいと踏んだのだ。


 それから魔法道具でヤタガラスを飛ばして、連絡が取れるまで、とアルラウネの花弁に寝ころがった。柔らかくて寝心地がよく、すっかりお気に入りの枕になったようだ。


 アルラウネになでなでされていると、なんだか眠くなってきたヴェイセルだが、仕事中は寝ないようにしている彼は必死に睡魔に抗っていた。


 やがて共有している視界から、王都の様子が見えてくる。鳥を王都の通りから外れたところに飛ばしていくと、煙突からもくもくと上がっている煙が見えてきた。


 そこは大きな工房。


 煙突から入っていけば焼き鳥になってしまうため、開けっ放しになっていた入り口から中に入る。すると、杖やら金属類やらが展示されているほか、愛嬌のある機械の顔がカウンターの上に乗っかっていた。


 その機械の魔物は変形して手をにゅっと出すと、ヴェイセルからの手紙を取る。全文を把握すると、優雅にお辞儀をして奥へと向かっていった。


 どうやら作業中であるらしく、これはしばらくかかるかなあ、とヴェイセルは思い始める。たぶん、頼み込んでも、作業を止めることはないだろうから。


 が、その予想に反してすぐに、奥から巨大な金属の集合体が現れた。ドリルやらチェーンソーやら、無数のパーツを無造作にくっつけた形である。その一番上には、先ほどの機械の顔が乗っかっていた。


 そしてそのあとから出てきたのは、赤毛の少女。


 燃えるような赤毛はやや癖毛で、邪魔にならないよう無造作に後ろで一つに束ねられている。赤茶色の目はくりくりとして、活発そうな印象を受ける。赤い尻尾は、透明なカバーがかかっていた。おそらく、加工中に巻き込まれないよう配慮しているのだろう。


 衣服は簡素なもので、引っかからないよう、あまりだぼだぼしていないものを纏っている。


 そんな少女は、袋を隣の機械にぽいと投げ渡し、ヴェイセルの鳥をぐしゃぐしゃと撫で回し、最後に頭をぽんぽんと叩いた。


 そうすると、機械の魔物はヴェイセルの鳥をむんずと掴み、少女に見送られながら、工房の外に出る。途端、上空へと舞い上がった。


 随分大きな袋を持っていると思ったが、まさか直接持ってこさせることになるとは、ヴェイセルも予期しておらず、風圧で鳥は半ばつぶれかけている。


 この少女はなかなかに無茶だなあと、自分のことを棚に上げて思うヴェイセルであった。


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