13 ぴかぴかになりました
水浴びを終えて帰ってくると、リーシャはすっかり疲れて、家のベッドに倒れ込んだ。
湖での出来事を思い返すと、顔から火が出る思いだが、果たしてヴェイセルはどう思っていたのだろうか、と不安になった。
あの男のことだから、まったく気にしていなかったかもしれない。
そんな不安に駆られるのだが、顔を赤くしながらあのときの様子を思い返してみると、ヴェイセルもなんとなく赤くなっていたような気がしてくる。
いつもけだるげな彼であるが、ちょっとばかり様子が違っていたようにも思えるのだ。
(よし、確かめに行こう)
早速、リーシャはヴェイセルのところに行くことにした。
行動が早い彼女はもうベッドから飛び降りて家を出ている。だが、行ってなにをどうすればいいのだろう?
結論も出ないままそんなことを考えていると、人だかりが見えてきた。その中心にいるのはヴェイセルである。
思わず笑顔で駆け出したリーシャであったが、彼のところに辿り着くと、足を止めてしまった。
そこにあったのは、四角くくりぬかれた地面に水が流し込まれた、いわばプール。しかもその中にはスライムが入っており、ミティラはスカートの裾を膝下まで上げて、そこに素足をちゃぷちゃぷと浸している。
(な……! まさか、先ほどのでは満足しなかったのか!? いや、味を占めて……!?)
混乱したリーシャは、告げるべき言葉を必死に探す。だが、ヴェイセルが振り向いた瞬間、口をついて出た言葉は。
◇
「お、お前たち、なにをやってるんだ」
やってきたリーシャが告げると、そこらにいた兵たちが一斉に振り向いた。
ヴェイセルは彼女を見て、つい肌色を思い出してしまったが、慌ててその記憶を頭の片隅に追いやった。
「リーシャ様。見てくださいこれ。スライムを持ってきたんです」
「そんなこと、見ればわかる。なにに使うっていうんだ」
「ええ、見ていてください。ここに茶色のゴブリンがあるでしょう?」
ヴェイセルが取り出したのは、薄汚れたゴブリンだ。そのゴブリンはヴェイセルに掲げられると、腕を組み胸を張って「ゴブッ」と鳴いた。なにがあるわけでもないが、なんだか偉そうだ。
「そんな汚いものどうするんだ?」
「ええ、汚いから綺麗にするんです」
ミティラが自らの足を引き上げ、布で拭く姿を横目に、ヴェイセルはプールへとゴブリンをぽいっと放り投げた。
水の中に入ったゴブリンは初めのうちは、混乱していたが、足がつくことがわかるとほっと一息ついた。なかなかあわてんぼうである。
が、その直後、大量のスライムがゴブリンに纏わりつく。
「ゴブブ!?」
慌てるゴブリンは、みるみるうちに色が変わっていく。茶色から緑色に変化していくのだ。
「汚れを食っているのか」
「ええ。そうです。お肌をつるつるにするのもそうですが、スライムはどんな環境でもだいたい生き延びますし、ものを食べて分解する能力があります。そこで下水の処理に使おうと思っています」
「なるほど……確かにこれまで無頓着だったな。名案じゃないか」
リーシャがうんうん、と頷いていると、
「ゴブー!」
ぴっかぴかの緑色になったゴブリンが飛び出した。
「というわけで、どんどん汚物を綺麗にしてしまいましょう。それに、なにかしら産業はあったほうがいいですからね。スライム足湯でも作って一儲けしましょう」
「汚物を入れるのは賛成だが……ヴェイセルよ、なにもせずに儲かる方法を考えているのではあるまいな?」
リーシャがそこらのゴブリンをぽいぽいと投げ入れながら、ヴェイセルに視線を向ける。
「リーシャ様、村を作るって言ってましたよね。それなら、収入がなければなりません。自給自足の生活を送るには、確かな基盤が必要になるんですよ。少人数でそれをまかなうのはあまりにも難しい。ですから、お金を稼いで、ないものを金でまかなうんです。長期的な目で見ると、ただ家を建てて王都から持ってきたもので暮らしているというのでは、村として今後も存在できていくと見なすのは難しいですから」
ヴェイセルが言うのは、この事件が片づいたあとのことだ。
こうして派兵されてきたからこそ、今は国からの仕事がある。だが、それがなくなったとき、なにを頼りに生活できるというのか。
兵が引き上げ、ただ家が残ったところで、その日の糧すら得られないようではどうしようもない。
「ヴェイセルに任せると言ったが……まさかお前がそこまで考えているとは思ってもいなかった。すまなかったな」
「謝られるようなことはありません。ですが、俺がリーシャ様のために頑張っているのは確かですよ」
ヴェイセルが言うと、リーシャはうつむいてしまう。すっかり顔は赤くなっていた。
「リーシャ様。こうして下水の処理ができるようになったことで、お風呂も問題なく使用できるようになりました。あまり見栄えがいいとは言えませんが……入浴用の小屋を作らせているところで、今晩には使えるようになるでしょう。お好きなときに呼んでください。魔法道具で湯を沸かしますから」
ヴェイセルが示す先では、兵たちがせっせと小屋を組み立てている。こちらは最悪、外から見えなければいいため、雨漏りなどを気にするほどではない突貫工事だ。
「……覗いたりするんじゃないだろうな?」
「心配でしたら、ミティラと一緒に入ったらどうです?」
「いきなり、飛び込んできたりしない?」
「あれは事故ですって。勘弁してくださいよ。俺はずっと、リーシャ様がお風呂に入るのを心待ちにしていたんです。もう完成が楽しみで仕方ないですよ」
「……ミティラじゃなくて?」
ヴェイセルはそう言われて、湖での出来事をつい思い出してしまった。艶めかしいミティラの肢体を。
そんな様子を見てミティラは、
「ヴィーくん。一緒にお風呂入りたい?」
なんて甘い誘惑をしてくるのだ。
ヴェイセルは反射的に頷きかけて、慌てて手で顎を押さえた。リーシャとミティラが一緒に入るというのに、そこに入りたいと言うのはまずい。覗いたりしないと言ったばかりなのだから。
理性の力で欲望を抑えたヴェイセルは、
「いえ、このヴェイセル、お風呂になど入りません。決して!」
そう堂々と答えたのだが、
「ヴィーくん汚い……」
「お前はもう少し気にしたほうがいいぞ」
と、若干引き気味の二人に言われてしまった。
(……どうしてこうなったのだろうか?)
ヴェイセルはそう考えていたのだが、理由はさっぱりわからなかった。せっかく、珍しくやる気を出して、いつだろうとリーシャ様のためにお風呂を沸かしてあげよう、と決意してきたのに。
しかし、やはりこの男は呑気なもので、
(まあいいや。これでお風呂問題は解決したんだ。もうやることもあるまい)
と、達成感に満足するのだった。ヴェイセルは兵たちに「あとは任せるよ」と言い置いて、てくてくと歩いていってしまう。
リーシャとミティラの視線を受けていたヴェイセルは、とある馬車の中に入っていく。そこでは花弁を纏った少女、アルラウネがいる。彼女はヴェイセルに「また来たのか」とでも言いたげな視線を向けるが、ヴェイセルは構わずに進んでいく。
「ああ、今日はあまりにも働き過ぎた。三日分は働いたから、少しくらい休んでも罰は当たらないだろう。リーシャ様のご機嫌もよくなったし、ああ、いいことずくめだ」
早速、ヴェイセルは慣れた様子でアルラウネの花弁を枕にする。アルラウネも嫌がる素振りをすることもなく、そんな彼の頭をぽんぽんと軽く撫でた。まんざらでもないようだ。もしかすると、ここにはミティラくらいしか来ないから暇なのかもしれない。
ヴェイセルはそうして間もなく、すやすやと寝息を立て始めた。




