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11 勘違い

 リーシャたちのところに戻ってきたヴェイセルは、まず手紙を書くことから始めた。

 アルラウネのいる馬車に行って紙を取るところまではこれまでどおりだが、その先の様子は異なっている。


 自ら筆を取って、すらすらと走らせていく。そんな様子を見て、アルラウネは花弁で彩られた頭を可愛らしく傾けた。


『北の土地でダンジョンが発見された。北の異変に関係している可能性がある。原因となったものが見当たらず、今のところ原因不明であるが、ランク1魔物しか出そうにないダンジョンにもかかわらずウンディーネが多数観測された。その湖の水を送るため、調査結果を返送してくれ。頼む』


 王に向けた字よりもずっと丁寧であることから、重要な役職の者かと思いきや、その相手はちょっぴり偏屈な錬金術師である。新人族であるヴェイセルが王都でなにかと世話になってきた相手だ。


 それからヤタガラスを魔法道具で生み出すと、その三本の足に小瓶とともに手紙をくくりつけた。そして魔力をこれまで以上に強く用いると、鳥は力強く羽ばたき、猛烈な勢いで王都へと向かっていった。


(さて、早めにやってくれると助かるんだが、どうなることか。あそこは閑古鳥が鳴いているくらいだから、いればすぐに返ってくるとは思うが……)


 ヴェイセルはそんなことを考えていたが、次第に眠くなってきたので寝ころんだ。それからふと思い出したように、


「アルラウネ、今から言うことを書いてくれ。北でダンジョンが見つかった。原因不明。危険は今のところなし。調査はこちらで行う。以上」


 アルラウネは彼に言われたとおりに文字を書くと、すぐに手渡してきた。ヴェイセルは寝ころがったまま魔力感応式ペンでサインを入れると、王に向けて鳥を放つ。こちらは呑気にぱたぱたと飛んでいった。


 それを見送った彼は、やがてヤタガラスから送られてくる王都の光景に意識を向ける。


 大通りを外れた小さなレンガ造りの家の窓は開いていたため、そこから中に入ると、薬品が置かれた棚がいくつか存在している。そして奥に続く扉をこつこつと何度かつつくと、やがて中から少女が出てきた。


 真っ白な髪はぼさぼさで、まったく手入れされている気配はない。眠たげな、灰色がかった茶色の目がその鳥に向けられるなり、さっと手紙と小瓶を受け取った。


 その中身を読むなり、彼女は僅かばかり白い狐耳を動かした。彼女はそれだけで奥に行ってしまうが、ヴェイセルもそれだけですぐにやってくれるのだと安心して待っていた。


 それからしばらく待っていると、彼女は手紙を持ってきて、鳥にくくりつけた。


 鳥はへこへこと情けない仕草で――ヴェイセルがよくそうするように――頭を下げると、少女は軽く頭を撫でた。


 さて、そうして鳥が戻ってくると、ヴェイセルは早速、中を読む。そうすると、ヴェイセルに当てた文章は一つもない。検査項目とその結果だけが載っている。


「飲用できるな、これなら。うん、リーシャ様のお風呂もなんとかなりそうだ」


 ヴェイセルがほっとしていると、


「ヴィーくん。今度はどんな悪巧み?」


 と、ミティラが入ってきた。

 悪巧みと言われるようなことをした覚えがないヴェイセルだったが、余所から見れば彼は、いつでもサボるためにしょうもないことを考えているようにも見えるだろう。


 ヴェイセルはミティラの姿をまじまじと眺める。あまりにもその時間が長いものだから、彼女は困ったように、くるくると髪を弄ぶ。


「なあミティラ。水浴びしない?」

「いきなりそのお誘い、ほかの女の子に言ったら、勘違いしちゃうよ?」

「大丈夫だ。ミティラにしか言わないから。心配ないさ」

「じゃあ私が勘違いしたらヴィーくんはどうする?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ミティラが顔を近づけてくる。先ほどまで余裕綽々といった態度であったヴェイセルは、すっかりたじたじになってしまった。


 じっと見つめる明るい茶色の瞳が妖しく輝くと、ヴェイセルは思わず仰け反りそうになる。が、元々寝転んでいたため下がることもできず、ミティラが上から覆い被さるような姿勢になると、ゴクリと息を呑んだ。


 が、直後。


「おーい、ミティラ。ヴェイセルのやつ、どこ……に……?」


 リーシャは二人の様子を見るなり、口をぽかんと開け、すっかり固まってしまった。が、すぐにわなわなと震え出す。その振動は尻尾の毛先が粟立つように動くことでことさらに強調されていた。


 そんな彼女にすっかり目を白黒させるヴェイセルに、ミティラは耳元で囁く。


「どうするの?」


 やけに艶のある声だった。ヴェイセルは、


(一体なにをどうすればいいのだろう)


 と、回らない頭で考え始める。が、リーシャはそんな隙を与えてはくれなかった。


「お、お前たち、い、いいい一体、そこでなにをしているんだ?」

「んー……ヴィーくんに強引に誘われちゃったんです。どうしてもって言うから……きゃっ」


 恥ずかしげな表情のミティラに、リーシャの尻尾がぴたりと止まった。完全にフリーズしていた。


 その隙にミティラは悪戯っぽい視線をヴェイセルに向ける。普段なら素敵な笑みだが、ヴェイセルには、地獄への誘いにも思われた。


「さ、誘われたって、なななななにを、なにをだって言うんだ」

「ヴィーくんが、どうしても、一緒に水浴びしたいって。私じゃないとダメって言うんです」

「そ、そうか水浴びか。うん、水浴び……一緒に水浴び!?」


 リーシャはうわごとのように繰り返していたが、その内容をようやく理解すると、尻尾が勢いよく飛び上がった。


 さすがにこのままにしておくわけには行かない。ヴェイセルはようやく覚悟を決める。

 キリリとした表情は、とてもやる気なし魔導師の名をほしいままにしている男のものとは思えない。もっとも、いまだにミティラに乗っかられたままなのだが。


「リーシャ様、違うんです、誤解なんです!」

「なにが誤解だって言うんだ! そんな体勢で! み、ミティラに水浴びって、言ったんじゃないのか!?」

「そ、それは……」

「……言ったんじゃないのか?」


 リーシャがヴェイセルの反応に、ほんの少しばかり期待を見いだしたようだ。狐耳が彼のほうへと全力で向けられている。


 ヴェイセルは大きく息を吸い、彼女に向かってはっきりと答えた。


「すみません、言いました」

「ヴェイセルの馬鹿ー!」


 嘘のつけない男だった。

 怒るかと思いきや子供のように泣きじゃくるリーシャ。ヴェイセルが慌てて駆け寄ろうとすると、ミティラはさっと避けてくれる。が、単にリーシャの扱いを彼に任せただけだろう。


「リ、リーシャ様。あの、そういうことじゃ……」

「ぐすん。もうヴェイセルなんて知らないっ」


 ヴェイセルの伸ばした手は、リーシャの尻尾にパシッと払われた。

 もう彼女はすでに、匂いのことなんて気にしてやいなかった。ヴェイセルは虚しく、手を伸ばしたまま、かける言葉もなくリーシャが泣き止むまでおろおろし続けた。


 そんなやりとりを見ていたアルラウネは、こいつらなにをやっているんだろう、とでも言いたげな視線を向けていた。



    ◇



「まったく、こういうことは先に言え」


 ふくれっ面でリーシャが言うと、ヴェイセルはへこへこと頭を下げる。ミティラと三人で湖へと向かっているところだった。


「すみません、確定するまでは、妙に期待を持たせてしまっても悪いですし」

「だからって、内緒でダンジョンの調査をするやつがあるか」

「王にも報告しましたし、リーシャ様はなにもしなくて大丈夫ですよ」

「む……そんなに私はお飾りか?」


 リーシャの狐耳がぺたんと倒れる。すっかりしょげてしまったようだ。そんな彼女を見たミティラがフォローを入れてくれる。


「ヴィーくん、リーシャ様がお風呂に入ってないことを知ってから、ずっと気にしてたんですよ。サプライズプレゼントをしたいって」


 ヴェイセルはうんうん、と頷く。さすがはミティラ、いいことを言ってくれる。もっとも、このトラブルの原因は彼女なのだが。


 ミティラの言葉を聞いたリーシャの狐耳は、勢いよくピンと立つ。


「そ、そうなのかヴェイセル?」

「それはもう、昨日からずっとリーシャ様のことで頭がいっぱいですよ」


 リーシャの顔がぱあっと明るくなる。尻尾なんか、もう激しく揺れて仕方がない。次のヴェイセルの言葉を聞くまでは。


「これでもう、匂いを気にしなくてよくなりますね」

「ヴェイセルのアホー!」


 リーシャの言葉が響き渡ると、野生のゴブリンが木々の合間からひょこっと顔を覗かせる。が、なにやら争っている雰囲気を感じ取ると、さっと踵を返していった。


 そんなゴブリンよりも空気の読めない魔導師は、


(うーん。そんなに匂いを気にしていたのか。今度から言わないようにしよう)


 と見当違いの結論を出すのだった。

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