Act96-狙撃手
「私たちは大丈夫だよ、っと。これでよし」
「どうしたの?」
ユズハは自らの端末を見せながら、ミユへの返信を行ったことをフィリアに伝えた。
一応辺りを見回し、安全なことを確認してから、ユズハは努めて明るい声を出す。
「さーてどうしようか」
「どーしよーか」
可愛らしくユズハの真似をするホノカだけが、今この場所での癒しだ。
いつ、また狙撃されるかわからないのだから。
さっきはたまたま見つけられただけで、今度も相手を視認できる保証は何処にも無い。
「下手に動かない方が良さそう」
「そうだね。どっちにしろ私たちじゃ近距離戦はできなーー」
ユズハの言葉が不意に止まる。
彼女は、何故か一点の木陰をじーっと見据えている。
「ユズハ?」
不審に思ったフィリアは、彼女の視線が向けられた方へと、自らの視線を合わせる。
ーーすると、明らかに何かが動いている。
「動物かな?」
「そもそも、この世界に動物っているの?」
顔は動かさず、二人で同じ方向を見ながら会話していたせいか、ホノカの行動に気づくのが一瞬遅れた。
「わぁー!」
「あっ……ちょっと!」
止めようとしたユズハの手は届くことなく、ホノカは木陰の方へと駆けていく。
二人にもわずかに好奇心があったが、ホノカを一人で行かせる危険性を考えれば、どちらが勝るかは決まっている。
しかし、ホノカを追いかけようとした二人は、その場に釘付けとなった。
「……動くな」
たった一言の、その言葉で。
木陰で動いていたのは、ユズハたちより少し若いくらいの少年だった。そして彼は今、ホノカの小さな身体へと銃口を向けている。
「動いたら撃つ。いいな」
「……うん」
さすがにホノカも自らの置かれた状況を理解しているのか、変な好奇心で行動することはなかった。
むしろ、こんな危機的状況でも泣き出したりしないことに、ユズハたちは驚いていた。
「あなたが、例の通り魔なのね」
「……だったら何だ」
フィリアはいち早く、少年の背中に装備されている大きな銃器が、今まで自分たちを狙っていた狙撃銃であることを悟っていた。
だが妙だ。
今、ホノカに向けられている銃は小型で、名前まではわからないが、おそらく連射に向いた銃器だ。
この世界のルールに則り、職業に与えられた数、種類しか装備することができないと考えるとーー。
彼は銃器を”二つ”装備できる職業だとでも言うのか。
「規格外……!」
「違うよフィリアちゃん。よく見て」
珍しく真剣なユズハの声につられるまま、相手のHPバーをじっと見る。もちろん数値まではわからない。
いや、ちょっと待って。そもそも……。
「プレイヤーじゃ……ない?」
「そう。彼はダンジョンボスなんだよ。二月にあったこと、覚えてる?」
「あの騎士さん?」
四人でダンジョン攻略をしていた時に一度、プレイヤーの姿をしたダンジョンボスと戦ったことがある。
しかし、彼と戦ったのはほとんどソウタなので、援護くらいしかしていないフィリアにとっては、せいぜい「レベルが高かったなぁ」くらいの記憶しか無かった。
「でも、ダンジョンって……ここ外じゃ……」
彼女たちの知る”ダンジョン”は、例外無く”地下”に存在する。
だが仮にこの森の中がダンジョンとして認識されているのならば、彼がダンジョンボスであることはもちろん、ダメージ計算が行われているーーつまり、昨日の噂話にも説明がつく。
「そう……だよね。通り魔の話にばかり意識が行ってたけど、そもそもダンジョンじゃないのにダメージが通るわけないよね……」
噂話では、狙撃された三人のプレイヤーは全員HPを失った、と聞いた。
もしこれが本当ならば、この森はいわば”地上ダンジョン”とも呼ぶべき場所だったのだ。
逆に、この場所が街と同じくダメージ計算の行われない場所だったなら、あの噂話はただの作り話ーーと、簡単に答えが出てしまうのだ。
「だから昨日の話の真意は、”この森がダンジョンであるかどうか”の答えだけで、結論が出てたんだよ。どう? 私の推理」
「……ユズハらしくない」
「ひどい!」
とはいえ、今はこんな漫才をしている場合ではない。
「で、目的は何?」
人質を取るからには、目的があるはず。
そう考えたフィリアだが、相手の解答は予想外ともいえるものだった。
「目的なんか無い。俺があんたらの言う”ダンジョンボス”っていうやつなら、きっとそれと同じなんだろうよ」
「あなたの意思は無いの?」
「この世界のことが、まだよくわからないからな。ただ、与えられた役回りを演じればいいんだろ? じゃないと消えるらしいぜ」
「消える……?」
フィリアは、言っている意味がわからなかった。それ以前に、なんで私は通り魔とこんな会話をしているんだろうなぁ、なんて考えたりもしていた。
少年はホノカに銃口を向けたまま、流暢に知らない情報をペラペラと喋っていく。
「あぁ。この世界に来るとき、なんか役を決めて来たんだけどよ。それ通りの動きをしなきゃこの世界から消されるって言われたぜ。こういうの、”ロールプレイ”って言うんだろ?」
「ん、まぁ、とりあえずその子、返してくれない?」
ユズハは交渉をするつもりなのか、一歩前に進み出る。
「いやせっかく捕まえたしなぁ」
「意味もなく捕まえたなら返してよ……」
「まぁいっか。ほらよ」
割とあっさりホノカから手を離し、小銃をホルスターへとしまう。
「うわぁぁぁぁ!」
「よしよし、怖かったねぇ」
ついに耐えきれず泣き出してしまったホノカをユズハが宥めている間に、フィリアは少しでも情報を引き出そうと会話を重ねる。
「あなた、名前は?」
「ん、セイヤだ」
「どこから来たの?」
「東京」
「何歳?」
「一四歳」
「生年月日は?」
「……それ聞いて何か意味あんの?」
「あ……」
つい気分が乗ってしまい、関係ないことまで聞いてしまったことを反省する。だが、昨日できなかったことが今日できたというのは、何だか気持ちのいいものだ。
「で、俺はどうすればいいわけ。あんたらと戦えばいいの? それとも逃げればいいの?」
もしここがダンジョンならば、入り口が封鎖されている可能性があり、ダンジョンボスとして扱われている彼を倒す必要がある。
まぁ、まずはソウタたちと会うのが先決か。彼やミユなら、この事態をどうにか収集してくれるだろう。
「とりあえず、今はまだわからない。この森ではぐれた仲間がいるから、合流できるまでついて来てもらえる?」
「わかったよ。もう通行人を狙撃するのにも飽きたしな」




