Act93-夜の街
「ちょっとユズハ、ちゃんと歩いて」
「うーん……」
酔っ払いのごとくヨタヨタと歩くユズハと、それを引っ張るフィリア。毎回ギルド会議の後に見る帰りの光景だ。
いつもなら軽いデコピンで目覚めるユズハだが、今日はむしろ、そのまま気絶してしまいそうな勢いになっている。
「ほら、寝る時間無くなっちゃうよ」
「やだぁ……」
言葉に反してだんだん歩くスピードが落ちてきたユズハを、最悪おんぶして連れて帰ろうか、などとフィリアが考えた時。
ーー背後から声がした。
「あの、そこのお二人さん」
「……!」
驚いて身構える。フィリアが夜の街で声をかけられたのは、まだこの世界に来たばかりの頃以来だ。しかもその時はPKされかけたこともあり、激しいデジャヴを覚えていた。
しかも、他の職業と違って、フィリアの武器は戦闘時以外はストレージに仕舞っている。咄嗟に反撃することができない。
思わず歯噛みするフィリアを見て、突然声をかけて来た人物は不安げな表情に変わる。
「もしかして迷惑でした?」
そこで初めて、フィリアは声をかけて来た人物が女性ーーいや、少女であることを悟った。
「あ、えと、ごめんなさい。何か用?」
「ちょっと道を聞きたくて……ここに行きたいんですけど、わかります?」
可愛らしいキーホルダーがつけてある端末の画面を指差しながら、少女はおずおずと尋ねた。
その場所は幸いなことに、フィリアたちのホテルに近い。
特に断る理由も無かったフィリアは、快くそれを受け入れた。
◇◆◇◆◇◆
「あなた、この世界に来たばっかりなのね」
”カスミ”と名乗った少女は、どうやら補填被験者のようだ。チュートリアルの内容を覚えていたこともあり、それがすぐにわかった。
「そうなんです。だから施設の場所もわからなくて……」
「へぇ……」
そこで会話は止まり、何度目かの沈黙が訪れる。
もちろん、色々気になる点はある。例えば、「いつ頃来たの?」とか「何歳なの?」とか。どんなに些細な疑問でも、今の気まずさを打開するためには必要に思える。
だがそういう会話は、隣で器用に歩きながら寝ているユズハの得意分野であり、私はいつも聞いているだけの役回りに徹していた。
「(ちょっと、起きて)」
反応は無い。今のユズハは頼りにならないようだ。
ーー何か話さなきゃ……、どうしようか。
「っ……。あの、私、もうここで大丈夫ですので」
「え?」
私は、突然少女が言った言葉の意味を、一瞬理解できなかった。
目的地の場所がわからないんじゃなかったのか。
「大丈夫? 着けるの?」
「え、えぇ。もう、大丈夫ですので!」
そう言い残して走り去っていく。
ーー不思議な子だったな。
そんな私の心中を読み取ったかのように、繋いだ右手の先から聞き慣れた声。
「空気読んだんじゃない?」
「……起きてたんだ」
「うん。なんか面白そうなものが見れそうだったからーー痛っ! 何で叩くの!?」
「自分の行いを振り返ってみて」
「わかった! わかったからとりあえず手を止めて!」
結局、ホテルに戻るまで、私のユズハを叩く手が止まることはなかった。




