Act79‐欠落
五月一〇日。
俺はホテルの自室で、自らの端末を眺めながら過去に思いを巡らせていた。
ーーあの事件から一ヶ月。
この「パラレルコネクト・オンライン」という巨大な世界からしてみれば、とてもちっぽけな一事件だったかもしれない。
しかし、その当事者たちの変化は”ちっぽけ”という単語で片付けられるほど、些細なものでは無かった。
そうーー、メイと高月さんだ。
事件に関わったとはいえ俺やショウヤ、そして主犯のアスカへの影響は皆無であり、今まで通りの生活を送ることに支障は無い。強いて変化を挙げるなら、俺が片方の武器を失って、ミユからの評価が一気に地に落ちたくらいだろう。
だが、二人への影響はそんな生易しいものではなかった。
まず高月さんについてだ。
ショウヤの話を聞く限り、彼女は”精神的に強くなった”らしい。
俺が今まで見てきた高月さんは、何をするにもショウヤの存在が前提条件だった。
現実世界での進路すらもショウヤに依存するっていうんだから、もはや病気レベルとも言えよう。直接言ったらどうなるかわからないけど。
でも、今の彼女は違う。
会話の中でも自分の意見をはっきり言い、ショウヤの作戦に異を唱えることもあるらしい。それが普通なのだが、以前が以前なので、一つの”成長”として喜ぶべきだろう。
問題は次だ。
簡潔に表すと、今の高月さんが記憶している人物は、ショウヤとメイの二人のみ、ということ。
現実で彼女がどんな人間関係を築いていたのかは知らないが、少なくとも俺のことは綺麗さっぱり忘れてしまっているのだ。
元々、こちらの世界ではショウヤ、メイ、高月さんの三人だけで過ごしていたため、特に今後の生活に支障は出ないだろうが、忘れられた身としては寂しい気持ちもある。
結論として高月さんへの影響は、割とプラスの要素が強かったように思う。ショウヤとしては何かと複雑な感情だろうが、そこはあいつの対応力を信じるしかない。
そして、もう一人の被害者であるメイ。
屋敷から脱出してこの世界に戻った後、ショウヤと高月さんで彼女を迎えに行ったらしい。
そして、合流した彼女が一言ーー「その女の子は、誰?」と。
高月さんは必死に「私だよ。ヒナタだよ」と話しかけるが全く相手にせず、真っ直ぐショウヤへと助けを求めたらしい。
このことから、メイの場合はショウヤのことは覚えているが、高月さんの記憶は失ってしまった、と考えるのが妥当だろう。
ちなみに、彼女がこっちの世界に戻ってきて俺と会った時、最初に「蒼ちゃん」と呼んだ。どうやら俺のことは覚えているようだ。まぁ話したくなさそうではあったけど。
それらの記憶の欠如に規則性は無く、何故”覚えている人”と”忘れてしまった人”が別々なのかはわからないが、今苦しんでいるのは彼女たち自身だ。
以上の問題が今、ショウヤ一人にのしかかっている。
ーーピンポーン。
「……来たか」
手動でドアロックを外しに行き、今まさに思い浮かべていた人物を出迎える。
「ごめんな、こんな夜遅くに」
「今さら気にすることか……、まぁ入れよ」
「お邪魔します」
ショウヤだ。
昼間だと、ギクシャクしているメイと高月さんを二人っきりで残してしまうことになる。だからこそ、彼女たちが寝静まった深夜を狙って俺の部屋までわざわざ相談しに来た、というわけだ。
小さなテーブルを挟んで向かい合わせに座り、俺たちは答えの見えない問題について、議論を始めた。
「ショウヤ。二人の行動に、何か心当たりはないのか?」
無論、彼は「無いな」とだけ答える。
そもそも、二ヶ月も会ってなかった二人の動向をショウヤが知っているわけが無い。もしこの質問をするのに適している人物がいるとすれば、それは高月さんだろう。
今になって、あぁ呼べばよかった……と後悔する。
「じゃあ……、高月さんには何か聞いてみたのか?」
あの屋敷での二ヶ月。いや、正確には屋敷内の”牢獄”らしいけど。
「一回だけ聞いてみたよ。けど、ダメだった」
「覚えてなかったのか?」
「一応覚えてはいるらしいけど、話したくないんだとさ」
なるほど。一度そういう返答をされると、しばらく同じ質問をすることを躊躇ってしまうだろう。
高月さんのことを大切に思っているショウヤならなおのことだ。
「そうか。じゃあメイは?」
「メイとは……ほとんど話していないな」
たった三人しかいないパーティメンバーなのに、話さないなどということがあるのか。
「なんていうか……すげぇ無気力状態なんだよな。メイのやつ」
「戦闘中もか?」
「いや。最近は自分から留守番したいって言うから、ヒナタと二人で簡単なダンジョンに潜ってるよ」
確かに、そんな状態のメイを戦いに連れていく方が危険だ。俺がショウヤの立場なら、留守番したいと言ってくる前に止めているかもしれない。
「会話もしないのか?」
「ほとんどな。”行ってきます”と”行ってらっしゃい”くらいのやり取りしかしてないよ」
「……重症だな」
俺が知るメイは、合鍵を使って俺の家に入り、ゲームを取り上げ、無理やり学校に連れて行こうとするお節介な少女だ。あの事件の時以来会ってないが、今の彼女に会うのは少し怖い気もする。
でも……。
「よし。いいこと考えた」
唐突に立ち上がった俺を見て、突然どうした? と言わんばかりの視線で見据えてくる。
「パーティやろうぜ!」
「そんな”一狩り行こうぜ”みたいなテンションで言われても」
今度は疑惑の声が完全にショウヤの口から漏れ出た。
「俺のギルドとお前のパーティ合同で、なんかやろうぜ」
「なんか……って、何だよ?」
「それはこれから考える」
「んな無茶苦茶な……」
無茶苦茶だとしても、やるしかない。
今のメイと高月さんには、何か刺激になるものが必要だ。
それがどんなに些細なことでも、もしかしたら記憶を取り戻す手がかりになるかもしれない。




